日中戦争

大山事件と第二次上海事変の背景・1

8月9日にアップするつもりだったのが、色々あって11日にアップ。 盧溝橋事件 2014年7月7日は盧溝橋事件から77周年です。盧溝橋事件から始まる日中両軍の衝突は、正確には日本側が支那駐屯軍という海外駐留軍であり、中国側が冀察政務委員会という河北省・チ…

初年兵二等兵から大尉まで進級した住岡義一大尉の供述

1940年に二等兵として中国戦線に送られた住岡氏は、終戦間際の1945年8月に大尉に進級しています。捕虜を使った新兵の刺突訓練から始まり、略奪・強姦・虐殺と日中戦争における戦争犯罪の典型例が供述として述べられています。 (P6-8、13-14、16) 一九四〇…

北坦村虐殺事件に関連する冀中作戦についての上坂勝少将の供述

中国が公開した歩兵第53旅団長の上坂勝陸軍少将の供述調書です。内容的には研究者には既に知られているものですが、一応一部テキスト化しておきます。 P6-8 (一)『冀中侵略作戦』 一九四二年五月下旬河北省安平県安平北方滹沱川及潴龍川中間地区に於て北支…

現在(2014年7月31日)公開されている日本戦犯の自供

名前 身分 鈴木 啓久 第117師団長 藤田 茂 第59師団長 上坂 勝 第53旅団長(第59師団) 佐々 真之介 第39師団長 長島 勤 第54旅団長(第59師団) 船木 健次郎 第375連隊長(第137師団) 鵜野 晋太郎 第232連隊 中尉 榊原 秀夫 関東軍防疫給水部林口支部長 富…

通州事件に関する簡単な説明

通州事件とは、1937年7月29日から30日にかけて通州及び順義*1で起きた冀東防共自治政府所属保安隊の駐留日本軍に対する反乱に巻き込まれた日本人・朝鮮人民間人に対する虐殺事件を指します。中国側では、通州・順義での保安隊反乱全体を通州起義、あるいは「…

2014年7月7日は盧溝橋事件から77周年

1937年7月7日、中国の北京*1郊外の盧溝橋付近で日中両軍が衝突しました。盧溝橋事件です。 夜間演習を繰り返していた日本軍に対して中国側(国民政府系の第29軍)の兵士が発砲した偶発的な事件というのが通説です。偶発発砲説については秦郁彦氏の研究がよく…

三灶島事件に関する記述

長いですが、関連部分を引用します。 (「日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦」NHKスペシャル取材班、P344-354) 大井元大佐が言及したサンソウ島事件 サンソウ島という名前を聞いて、何らかのイメージが湧く人はほとんどいないのではない…

1945年頃の日中戦争の情勢に関する学問レベルの基本的な認識

参考までに引用。 (「中国抗日戦争史」石島紀之著、青木書店、P184-185) 日本軍の大陸打通作戦も、解放区の局部的反攻に有利な条件をあたえた。支那駐屯軍*1は約半数の兵力を京漢作戦に投入したので、華北における日本軍の「治安」能力が大幅に低下したか…

日中戦争・中国に負けていないという日本の虚構

日本で敗戦と言えば、太平洋戦争での敗戦を指すことが多いと言えます。一般人が映画などで触れる日本の戦争映画は、戦艦大和や本土空襲、原爆、せいぜい南方占領地などを主題にしたものが多いため、中国戦線に関する認識がかなり希薄だと言えるでしょう。こ…

大山事件に関連する場所の位置関係

「歴史学研究で使えるのは三等史料まで」と言った東中野氏が五等史料を使っている件 - 誰かの妄想・はてな版でさらっと書きましたが、地図を示した方がわかりやすいと思いましたので、アップしときます。A:大山海軍中尉が1937年8月9日に遭難する直前に待機…

北平近郊における通州事件直前の日本軍による虐殺事件

「日本人は差別されているという右翼の言い分もまた、きちんと聞かなければならないということだな」*1と言われたからではありませんが、主に南京事件否定派が「中国人による日本人虐殺」と大騒ぎしている通州事件について、これまで結構調べてきました。今…

別宮暖朗氏の記述による通州事件

別宮暖朗氏も歴史修正主義者としてはそれなりに知られています。軍事関係の資料については数多くあたっているため、一部軍事クラスタでは人気があるようです。一方で利用する資料、あるいはその解釈が偏っているため、おかしな主張も数多くあります。 通州事…

通州事件関連エントリー

通州事件の歴史的な意味は、日本が日中戦争にまい進していくにあたっての国民動員のためのプロパガンダとして利用されたという点にあります。正当性のない中国侵略を、どうして日本国民が支持したのか、というのは歴史研究の重要な論点ですが、(軍部の責任…

歴史修正主義者の通州事件認識

通州事件に関しては以前、いろいろ調べた上で巷間言われているような猟奇的な集団虐殺ではなく、南京事件をはじめとする他の虐殺事件と同様の軍民虐殺であることを記事にしました。通州事件の歴史的な意義は、日本が対中全面戦争に突入するにあたっての国内…

通州事件に関する日本側証言は正確か?(東京裁判での日本擁護のための弁明)

通州事件関連のウヨ記事でよく引用されているのが、東京裁判時の支那駐屯歩兵第2連隊関係者の証言です。しかし、支那駐屯歩兵第2連隊は、通州事件翌日(7月30日)夜半に通州に到着しており、実際の虐殺の様子をどの程度見たのかは疑問です。通州滞在も2〜3日…

通州事件に関する日本側証言は正確か?(Sさんの体験談3)

「Sさんの体験談」における事実誤認部分の指摘です。長いので分割し、3回目です。その5を取り扱います。 Sさんの体験談 Sさんの体験談その5 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100929/p1

通州事件に関する日本側証言は正確か?(Sさんの体験談2)

「Sさんの体験談」における事実誤認部分の指摘です。長いので分割し、2回目です。その3以降を取り扱います。 Sさんの体験談 Sさんの体験談その3 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100901/p1 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100915/p1 http://d.h…

日中戦争における中国側犠牲者数の考察

こと歴史、特に近代史に関する限り、wikipediaが当てにならないのは今に始まったことではないのだが。反中バカが、中国人犠牲者数が年々増えている、と主張している根拠(らしきもの)がこれ。 発表年 犠牲者数 調査・出典 補足 終戦時 132万 GHQ調査・発表 …

百団大戦における日本軍損害評価の差の疑問

百団大戦は、日本軍占領下の華北一帯で1940年8月20日から12月5日まで続いた中共八路軍の一大攻勢です。