資料

東京12区の得票数の推移 2019

以前の記事に追加。 (2000年衆院選) 候補者名 政党 得票数 割合 藤田幸久 民主 64,913 (24.7%) 山岸光夫 共産 45,482 (17.3%) 栗本慎一郎 自由連 20,902 ( 8.0%) 八代英太 自民 90,208 (34.3%) 合計 -- 221,505 - http://www.senkyo.metro.tokyo.jp/data/d…

現場海域についての簡単な情報整理に対する追加情報

以前「現場海域についての簡単な情報整理 - 誰かの妄想・はてなブログ版」という記事をアップしましたが、その後1月22日に韓国国防部が公表したプレスリリースに現場海域についての情報が追加されていました。 ㅇ일 초계기 저공 위협비행 일측은 동해 한일 …

韓国駆逐艦はちゃんと国旗掲げてるんだが

韓国駆逐艦が日本哨戒機に火器管制レーダーを照射したとされる事案について、“韓国艦は軍艦旗(国旗)を掲げていなかった”とか主張してる連中がちょいちょいいるんですが、下記の通りちゃんと掲揚してるんですよね。広開土大王艦赤丸で囲った部分に国旗が映…

ラブロフ外相による国連憲章第107条に関する言及の件

ブコメに国連憲章の第何条に違反してるのか、的なやつがあったので。ラブロフ(С.В.Лавров)外相は、2019年1月14日の記者会見と1月16日の記者会見の両方で国連憲章第107条に言及しています。1月14日の記者会見は河野(Т.Коно)外相との会談後のものですから…

現場海域についての簡単な情報整理

韓国駆逐艦が日本哨戒機に対して火器管制レーダーを照射したとされる事件ですが、その現場海域の具体的な座標については公表されていません。初期の日本側公式発表では「能登半島沖」(2018年12月21日防衛省プレスリリース)とだけあり、後に公表した動画で…

「脅威」というよりは海難救助作業中の爆音として目障りだったんだろうなとは思うけどね。

韓国側が日本哨戒機の低空飛行に対して謝罪を求めたわけですが、韓国国防部「反論映像」全テクストの記載を見ると、低空飛行そのものに対する謝罪ではなく「人道主義的な救助作戦の妨害行為」に対する謝罪を求めています。日本側が低空飛行を否定する根拠と…

どうでもいいけど「参峰号」ではなく「三峰号」ではないかと

韓国海洋警察庁所属の5000t級警備艦艇であるサンボンギョ(삼봉호)ですが、これに「参峰号」という字を当てている人が何人かいましたので。 驚いたのは韓国海軍の駆逐艦「クァンゲト・デワン(広開土大王)」とすぐ傍に居た韓国海洋警察の警備救難艦「サン…

安倍政権による非常災害対策本部の設置時期の評価について

今回の災害に対する非常災害対策本部の設置が過去の事例と比べて遅くないという説が流れていますので、一応指摘しておきます。まず基本的な事実として非常災害対策本部は災害時に必ず設置されるものではありません。 例えば、長野県北部地震(2014年11月)と…

「抗日テロ」の用法について

1930年代後半に中国での反体制活動を「抗日テロ」と呼ぶ流れがあったことがはうかがえる。 http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20170927/1506496105 こちらでは別の資料として神戸大学の新聞記事文庫を検索してみました。 「抗日テロ」で検索すると31件ヒッ…

日本海軍による虐殺行為を示唆する戦史叢書の記述

戦史叢書にこういう記載があります。 (「戦史叢書 中国方面海軍作戦<1>昭和十三年三月まで」P468-469) 南京突入後の各隊の行動 十四日、第一警戒部隊各艦艇は敗残兵の掃蕩、航路の啓開を続行した。その概要は次のとおりである。掃四は蕪湖に進出。「二…

1944年から敗戦までの日本陸軍師団数の推移(歩兵師団)

1943年末の時点で、日本陸軍の歩兵師団数は70個に達しています。 太平洋戦争開戦時(1941年12月)から1943年までの日本陸軍師団数の推移 四単位師団が2個、三単位師団が58個、独立歩兵大隊から成る治安師団が10個という内訳です。 四単位師団 G1D, 7D 三単位…

太平洋戦争開戦時(1941年12月)から1943年までの日本陸軍師団数の推移

1941年12月 「日中戦争開戦(1937年7月)時から太平洋戦争開戦(1941年12月)の日本陸軍師団数の推移」で見た1941年12月時点の日本陸軍師団の状況ですが、総数51個師団、うち三単位師団が44個、四単位師団が7個でした。 師団名に対応する歩兵連隊は以下の通…

多分の既知の史料である「時局利用婦女誘拐被疑事件に関する件」(1938年2月7日)のこと。

この件。 「婦女子を誘拐して慰安婦として動員せよ」 文書発見 7/10(月) 9:22配信 中央日報日本語版 1930年代、日本軍が女性を誘拐して慰安婦として送り込んでいたという内容が記されている日本政府の内部公式文書をkbc光州(クァンジュ)放送が入手…

23年間何の進展もないのに「我が国の決議が核兵器のない世界に向けた現実的な道筋を示した」とか何とか

日本政府によるいつもの空疎なスローガンです。

1938年8月時点の陸軍省新聞班の認識

「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C11110809700、支那事変関係小冊子集 昭和13年3月〜昭和14年10月(防衛省防衛研究所)」 十二月十四日 一、午前十一時田代、両角部隊幕府山砲台を占拠す 二、午後二時四十分安達部隊楊州を占拠す(江北) 三、添田…

南京攻略直後の掃蕩における日本軍による中国軍捕虜虐殺の記録いくつか

独立攻城重砲兵第2大隊の戦闘詳報 「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C11111857800、独立攻城重砲兵第2大隊 戦闘詳報 昭和12年12月3日〜12年12月15日(防衛省防衛研究所)」 (P228-230、pdf47-49/65) 連絡掛将校 冨山中尉ノ行動 (略) 敵ヲ殲…

第二次上海事変における呉淞上陸(1937年8月23日)に関する件

vergilさんが小林よしのり「戦争論」にある呉淞上陸時のデマを指摘していましたので、少し便乗します。vergilさんが引用している小林「戦争論」の記載がこれ。 第三師団の先鋒部隊が上海の呉淞ウースン桟橋に上陸したおりであった 桟橋近くには 日本人の婦人…

日中戦争開戦(1937年7月)時から太平洋戦争開戦(1941年12月)の日本陸軍師団数の推移

備忘用として。 1937年7月時点 17個師団(近衛師団、第1師団、第2師団、第3師団、第4師団、第5師団、第6師団、第7師団、第8師団、第9師団、第10師団、第11師団、第12師団、第14師団、第16師団、第19師団、第20師団)

“面会交流なし6割、養育費不払い8割”という話

千田氏の記事に対する突っ込みを続けます。 現在面会交流を行っていない親子は、6割だという。しかし養育費を支払っていない親は8割である。原則的に、面会交流の権利は、養育費の支払いとリンクしてない。つまりお金は払わないのに、子どもに会うというのは…

察南南境反撃作戦(百団大戦)での損害

「百団大戦での日本軍の毒ガス使用の記録」は、独立混成第2旅団独立歩兵第4大隊第2中隊の記録ですが、独立混成第2旅団(人見与一)自身も淶源に殺到した八路軍と激しく交戦しています。 (「岡部直三郎大将の日記 (1982年)」P373-374) (1940年)十月四日(…

百団大戦での日本軍の毒ガス使用の記録

百団大戦は1940年8月20日から1941年1月24日まで続いた華北における中共八路軍(第18集団軍)による攻勢と日本軍による反撃、それに続く日本の掃蕩作戦と中共の反掃蕩作戦の総称です。 中国側は129師(劉伯承)、120師(賀竜)、晋察冀軍区(聶栄臻)等が参加…

ネトウヨと大差なかった支那駐屯軍司令官・香月清司

「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C11110925200、北支那作戦史要 −支那駐屯軍 2/3 昭和11年5月6日〜昭和12年8月31日(防衛省防衛研究所)」より。 (38/48) 元来小官ハ支那ノ民族性及其ノ歴史ヨリ考察シテ、支那人ニ対スルニハ紊リニ恩ヲ売ラ…

通州周辺の地図

通州事件/通州起義(1937年7月29日-30日)に関する地図をテキサス大学の資料から。 China City Plans U.S. Army Map Service, 1942-1945 List of map images in this collection: Chieh-Yang 1:12,500 1945 (3.6 MB) Ch'in-Wang-Tao & Pei-Tai-Ho 1944 1:63,…

楊天石論文の参考文献記載のちょっとした誤りに対する指摘

「日中戦争の軍事的展開 (日中戦争の国際共同研究)」に掲載されている楊天石氏による「1937、中国軍対日作戦の第1年」という章(訳:陳群元)(P97-125)に以下の記述があります。 P101 (略)これと同時に、乍浦と嘉興の間に乍嘉線を修築し、これを呉福線と…

植村氏に対する名誉毀損事件に関するメモ的なもの

「植村氏裁判の日程」より。 被告・西岡力、文藝春秋 (東京地裁) 東京訴状(要旨抜粋) 東京訴訟・第一回口頭弁論(2015/4/27) 東京訴訟・第二回口頭弁論(2015/6/29) 東京訴訟・第三回口頭弁論(2015/10/26) 東京訴訟・第四回口頭弁論(2016/2/17) 東…

上海停戦協定の効力に関する件

前記事に関連。 そもそも上海停戦協定第2条の効力はいつまで有効か 停戦協定の文言上は「正常状態の回復後に於て追て取極ある迄」となっています。字面をそのまま解釈すれば「追て取極」されない限り未来永劫続くとも取れます。しかし、この協定は第一次上海…

大山事件(虹橋飛行場事件)の背景としての上海停戦協定第2条における“非武装地帯”に関する件

上海停戦協定(淞滬停戦協定;Shanghai Ceasefire Agreement)は1932年に起きた第一次上海事変の停戦協定です。1937年8月9日の大山中尉事件(虹橋飛行場事件)について日本側が言及する際、中国軍による停戦協定違反があったと主張することがよくあり*1、そ…

連合軍翻訳通訳部局(ATIS)関係文書「AMENITIES IN THE JAPANESE ARMED FORCES」の日本語要約部分

「米国国立公文書館・国立国会図書館所蔵資料」の記事に「I.連合軍翻訳通訳部局(ATIS)関係文書」のリストを載せていますが、「26.調査報告書 No.120(1)」については長文のため略しています。 ネット上でこの資料が少し話題になったため、ビルマ関連部分に…

連合軍翻訳通訳部局(ATIS)関係文書「AMENITIES IN THE JAPANESE ARMED FORCES」のビルマ関連部分

「【従軍慰安婦問題】93年に日本政府が軍の関与を認める決定打となった米グッドマン教授所有の米陸軍調査報告書の経緯が二十数年の歳月を経て明らかに」の記事で紹介されている資料ですが、追記でも記載されているように吉見氏の「従軍慰安婦資料集」(大月…

政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料関連

個人的な資料整理のため。 ■政府調査「従軍慰安婦」関係文書資料 第1巻から第5巻まであり、それぞれ以下のような資料が収集されています。 第1巻「1.警察庁関係公表資料」「2.外務省関係公表資料」 第1巻PDFファイル(アジア女性基金サイト) 掲載文書の…