saloth_sar氏(61氏)のコメントに対する反論2


いやあ、コメント欄で返すべきかどうか悩んだのですが、引用とか示すのが便利なのでエントリーにしました。

saloth_sar氏のオリジナルコメントは以下です。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20090123#c1232742331



(saloth_sar氏)

>毒性化学物質に白燐が含まれ得ることは了承済みでしょうかね。
「含まれうる」というのが可能性のことを指しているのならば同意。蓋然性のことを指しているのならば不同意。

えーと、蓋然性が低いと言いたいのでしょうか?
では、そう考える根拠はなんでしょうか?

まさか、白燐が表剤に含まれていないから、ではないですよね?
包括的な規定になっているのはご理解しているようですし。


化学兵器禁止条約の案文作成にあたって、なぜ白燐を含めなかったのか?という疑問自体は、頭の体操としては興味深いですが、白燐が条約上の毒性化学物質に含まれるかどうかを考える上では、意味がありませんし。

JSF氏が好んで使う「字句通り」の解釈をする限り、論争の余地は無いと思うんですけどねえ・・・。

2 「毒性化学物質」とは、生命活動に対する化学作用により、人又は動物に対し、死、一時的に機能を著しく害する状態又は恒久的な害を引き起こし得る化学物質(原料及び製法のいかんを問わず、また、施設内、弾薬内その他のいかなる場所において生産されるかを問わない。)をいう。
(この条約の実施上、検証措置の実施のために特定された毒性化学物質は、化学物質に関する附属書の表に掲げる。)

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/mt/19930113.T1J.html

表は、あくまでも検証措置の実施のために特定したものにすぎませんし。

(saloth_sar氏)

それに関しては、単純に表3に含めば良いんじゃないか?と思うのだけれども。
現に表3にあるシアン化水素やクロロピクリンは農薬用途などに現在でも数万トン単位で使われているわけだし。
http://www.safe.nite.go.jp/management/data/129/4.html

なるほど、表3に含めるべき、というのは面白いアイデアと思います。

なぜ含めなかったのか、どのような検討をしたのか、については、条約作成時の議事録などをあたれば分かるのかも知れませんが、まあ、関係者でも専門の研究者でもない私として荷が重いですね。

想像するに、毒性や兵器実績・性質・生産性の他、民需での使用状況、などを考慮したのは、もちろんでしょうが。時代的な背景もあるかもしれませんね。例えば、あくまでも仮説ですが、1993年には”白燐弾の害と言えば焼夷目的使用であり、既に1980年の特定通常兵器使用禁止条約で規制済み”と考えていたのかもしれません。
もちろん、1993年時点で白燐弾が煙幕として多数市街地などで使用され、白燐弾によると見られる犠牲者が多数出ていることが知られていたなら、この仮説は成り立ちませんけどね。

(saloth_sar氏)

まあそっちが書いているように黄燐がそれらに比べて大量に使われているとしたら、そういう理由で含まれていないということも考えられなくもないが、どうも現実味があるとは思えない。多数ある基準の中で、付属的と言える1つの基準が他の基準を凌駕するほどに重点的に考慮されたとも余り考えられないのだが。

単に量だけの話ではなく毒性や化学兵器としての使用の容易さなど、色んな点を考慮した上で判断しているとは思いますよ。

ちなみに、日本の黄燐の輸入量は年間約3万トン、黄燐の原料ともなるリン鉱石の輸入量はリン換算で7万トンですね*1。世界最大のリン鉱石生産国である中国は、2006年にリン鉱石3000万トン(リン換算で約400万トン)生産してますね。2位のアメリカ、3位のモロッコも同レベル。
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/jouhou/material/2007/P.pdf

世界的に見て、白燐の生産量がシアン化水素などと比べてどうなのかはちょっとよくわかりません。多そうな気はしますけどね。

(saloth_sar氏)

まあ、もし表に記載するに当たってリンを扱う業者などから各国政府へのロビー活動などがあったとかそういう事実があるならば信じるに吝かではないが・・・

うーん、そういう話は知りません。そりゃあ、別にリンに限らず化学系の会社からコスト高を嫌ってそういう要望を伝えたことくらいはあるかもしれませんけどねぇ。

(saloth_sar氏)

もちろん戦場で白リンが全て理想的に酸化するとは思えない。しかしそういう話になるのならば、その酸化していない白リン片がどれくらい発生するのか、そしてその量がどれくらい深刻な問題になり得るのか、ということを考えねばならなくなる。クラスター爆弾が問題になった際も、その最大の問題点は不発弾が10%以上の高い割合で出ることが最大の問題点だった。

クラスター爆弾の問題については詳しくは無いですけどね。クラスター爆弾に対する非難って、別に不発弾の割合を明らかにした後にされたわけじゃないのでは?クラスター爆弾を問題視する人権団体が各国政府に禁止を訴えていく中で調査された結果として、10%以上の不発弾率というのが提示されたのでは?
いや、この件には、詳しくないので違うと言うなら指摘してもらいたいのですけどね。

(saloth_sar氏)

>なぜsaloth_sarさんは、そのコンセンサス*2を変えることに反対なのでしょうか?
まず第一に、これで白リン弾保有などに規制がかけられた場合、代替兵器の開発・調達や現有リン弾の処分が必要になること。そしてこれは自衛隊も例外ではないこと。
これらにかかる費用は財政を揺るがすほどに巨額になるとは思えないが、それでも「余計な費用」が掛かることには変わりがない。財政難に苦しんでいる自衛隊ならば尚更の話。そしてそのコストに見合うだけの利益が得られるとは自分は思わない。

なるほど、そういった費用について定量的な評価を下せるような資料を持ってないのですが、JSF氏は「白燐煙幕弾の代替となるものは幾らでもあるので、例え使用が禁止されてもさほど困らない」と言ってますね。

白燐に近い種類でありながら毒性が無い赤燐(ただし燃焼して発生する煙は同じ五酸化二燐であり、発煙や焼夷効果を問題視する場合は白燐と意味合いは大きく変わらない)や、六塩化エタン発煙弾(HC発煙弾)など、白燐煙幕弾の代替となるものは幾らでもあるので、例え使用が禁止されてもさほど困らないのです。

http://obiekt.seesaa.net/article/112210585.html

現有リン弾の処分や調達はともかく、「代替兵器の開発」は特に問題にならないのでは?
もちろん、煙幕以外の目的で使う白燐弾の「代替兵器」を指すのであれば別ですが。

(saloth_sar氏)

またこれは仮定の話になるが、仮に以前述べたように白リンの煙を理由に化学兵器として規制される場合、ほぼ全ての煙幕機材が規制されること(もしそうでないとするならば、他の煙幕機材が規制されない理由を教えてほしいくらいだ)。

私は「白リンの煙」(酸化りんのことですよね?)を理由として、白燐弾を規制すべきとは言ってませんよ。
酸化りん自体の影響も否定はしませんが、未酸化の白燐が直接あるいはヒュームとして人体に害を与えているのでは?と考えてます。

白燐そのものを理由にすれば、白燐弾以外の煙幕機材は規制されませんよね?

なぜ、そう「白リンの煙」(酸化りん)にのみこだわるのか理解できません。

saloth_sarさんは、白燐弾の攻撃(煙幕と置き換えても可)の際、未酸化の白燐が「生命活動に対する化学作用により、人又は動物に対し、死、一時的に機能を著しく害する状態又は恒久的な害を引き起こし」ている可能性についてどう考えてますか?

1.絶対にありえない。
2.ほとんどありえない。
3.わからない。
4.ありそうに思える。
5.確実

5択で理由もつけてお願いします。理由がない場合は、「3.わからない」と判断しますがご了承ください。

ちなみに私の意見は「4」です。
理由は、純粋に煙幕目的であっても、長時間発煙させるには、地上に落下した後も煙を吐き続ける量の白燐が残ることが望ましいからですね。地上到達前に燃え尽きてしまったら、煙幕は短時間で拡散してしまうでしょうし*3。マーカー目的もそうですよね。
そして白燐の害自体は言うまでもありません。


(saloth_sar氏)

戦争において、煙幕の展開が禁止されるなどナンセンス極まりないし、またそのような状況を、軍隊に保護されている人間としては許容できない。

私は煙幕展開の禁止を主張するつもりはありませんし、そのように主張している論者もいないでしょう。
白燐弾を規制しようとしている人も、別に酸化りんのみを理由としているわけでもなく、酸化りんのみで大した害がないのなら、赤燐煙幕弾を規制しろとも言わないでしょう。


(saloth_sar氏)

あとこれはこの記事を読むまで気づかなかった論点だが、白リンを扱う業者から、白リンが化学兵器として見なされた場合、規制などが敷かれて困るという意見もあるかもしれない。最も、化学兵器禁止条約やその前身である国内法の特定物質に関する規制について、農薬業者から圧力があったという話は寡聞にして聞かないし、自分は懐疑的だが。


細かいことだけど、「化学兵器禁止条約やその前身である国内法の特定物質に関する規制」は表現がおかしいよ。

化学兵器禁止条約は1993年に署名され、日本では、条約を批准するために、化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律(平成七年四月五日法律第六十五号)を1995年に成立させて、同年に批准、1997年に条約が発効されている。
つまり、国内法*4は、別に化学兵器禁止条約の前身というわけじゃありません。

白燐関連の圧力については、私も知りません。



最後に、法律の制定過程について調べてて興味深いものを見つけたので載せておく。

平成07年04月25日 参議院外務委員会での政府委員発言

○政府委員(林暘君) 今御指摘の広島県のいわゆるくしゃみ剤の原料でございます*5
 まず第一点目として、これがこの化学兵器禁止条約の対象になっているかどうかでございますけれども、当該化学物質につきましてはこの条約のいわゆる附属書の表には掲げられてない物質でございます。ただ、先生御案内のとおり、この表というのは検証措置を実施するために化学物質を特定するものでございまして、掲げられてないものは化学兵器でないという定め方をいたしておりませんので、そういう意味では、この条約によって禁止されてない目的のためのものであって、かつ種類、量が当該目的に適合する場合が除かれますけれども、そうではないものについて化学兵器になるかどうかということについては検討しなくちゃいけないということはあろうかというふうに思っております。

化学兵器禁止条約の批准に向けて日本政府の理解は、

「(附属書の表に)掲げられてないものは化学兵器でないという定め方をいたしておりません

というものだったらしいですね*6

まあ、この点については、JSF氏と違ってsaloth_sar氏には了解済みのことと思いますが。

*1:但し、最近ではリン鉱石から黄燐を経ずにりん酸を精製する湿式法が多い。従来の技術では、りん酸の品質を高くするには乾式法による黄燐経由の精製が優れていたとのこと。(ラサ工業)http://www.rasa.co.jp/s_P.html

*2:白リン弾化学兵器として看做していない」という現在の国際社会のコンセンサス

*3:そういう使い方をしたい時もあるでしょうけど。

*4:化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律

*5:化学兵器禁止条約当時、日本の抱える問題としては、オウム・サリン事件関連と、中国での旧日本軍の遺棄化学兵器関連があり、この頃の国会議事録ではその話題が多数出てきて興味深い。くしゃみ剤は旧日本軍関連。

*6:もちろん、日本政府の理解が常に正しいわけでもないでしょうけどね。