認知件数の意味も理解できない記者ってのはどうかと思うよ。


産経新聞が燃料を投下して嫌韓バカが舞い上がる構図には、今さら指摘するまでもないのだが。

”韓国は強姦大国”という嫌韓バカによって流布されている都市伝説を、産経記者が改めて流布しなおした記事がこれ。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/215729/

前半は、韓国では性犯罪被害者が届出の際に心理的抵抗が少なくて済むように警察・病院での体制が整えられていることを示しており、それらの取り組みは評価できるものと言える。
しかし、そこは産経、韓国を誉めたりなどはしない。

 センターの利用者は年々増加しているが、性犯罪件数が増えたためではなく、センターの認知度が高くなり、単に利用者が増えたことが理由だ。

 実は、韓国内で発生する強姦、強制わいせつといった性犯罪は日本よりも多く、米国並みだ。2007年に1年間で、韓国では1万5325件発生し、人口1万人当たり3・16件発生している。日本は9430件で、1万人当たり0・74件。つまり韓国の発生率は、日本の約4倍と高いことがわかった。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/215729/

さて、ここで述べられている性犯罪件数とは、認知件数のことである。認知件数とは、被害者らが警察に届け出たことなどにより政府が認知した犯罪件数である。決して”発生件数”ではない。

犯罪被害が発生しても、被害者が届け出ないために認知されていない事件の件数を暗数という。

この「暗数」は、犯罪の実態、特に犯罪発生の証拠が残りにくい性犯罪の実態を語る上で無視できない重要な要素である。

これを無視している時点で、水沼啓子記者は無能と言っていいだろう。

性犯罪をどう定義する?

殺人であれば、必ず死体が発生するわけで非常にわかりやすい定義となるわけだが、性犯罪の場合はどうだろうか?

日本の場合、強姦(刑法177条)や強制わいせつ(刑法176条)の他、迷惑防止条例違反などが性犯罪に該当する*1
では、それぞれの違いはどう定義されるのか?

強姦と強制わいせつの違いは割とわかりやすく、日本の場合は、男性器を女性器に挿入したかどうかで決まる。これは強姦をかなり狭く定義したもので、口淫などは含まれない。

そのため、

また日韓の性犯罪の件数でとくに差が出たのは、韓国の方が強姦の件数が異常に高いことだ。日本で起きた性犯罪のうち強制わいせつが8割ほどを占め、強姦の件数は1766件(2割程度)だったのに対して、韓国は全体の半数以上を占める8732件と、日本の5倍近くに達した。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/215729/

という主張は、韓国での強姦と強制わいせつの違いが明示されない限り全く意味がない。実際、韓国では性転換者に対する性的暴行にも強姦罪を適用している。韓国では強姦罪は、婦女が被害者の場合のみ適用されるため異例の措置として知られたが、挿入云々に関わる議論は見かけなかった。この他に文化的な違いも考えられる*2

そういった考察や区分基準の統一もせずに、強姦件数だけを日韓で比較しても意味はない。


次に、強制わいせつと迷惑防止条例違反(痴漢)の違いだが、これはかなり不明瞭。下着の中に手を入れれば強制わいせつになるらしいが、それが基準というわけでもない。
日本の強制わいせつに該当するのが、韓国では強制醜行(韓国刑法298条)にあたると思われるが、これに迷惑防止条例違反に該当する行為が含まれるのかどうかも不明瞭である。

そもそも強制わいせつにしたところで、痴漢行為から口淫などまで様態が多岐にわたり、被害者の心的負担の幅も大きいと言えるだろう。したがって、その内容を吟味することなく、「日本で起きた性犯罪のうち強制わいせつが8割ほどを占め」などと言っても、これまた意味がない。

簡単に言うと、強姦まがいの強制わいせつと痴漢まがいの強制わいせつを同列に論じても意味がないということ。

ちなみに韓国の場合、電車内痴漢行為でも相手が未成年なら強制醜行の対象となっている。日本では迷惑防止条例違反とされてもおかしくはない事例だ。

そのことを踏まえて、日本の性犯罪の統計を見てみよう。

迷惑防止条例違反については検挙件数しかわからなかった。
時期は2003年平成15年

分類             検挙件数 認知件数
強姦             1569件   2472件  
強制わいせつ         3893件   10029件  
迷惑防止条例違反(粗暴行為) 5496件   -    

*3

迷惑防止条例違反については検挙されても立件されていないのでは、などという主張が散見されるが、虚偽の訴えはともかく、人違いの場合は犯罪行為そのものは実際に存在したわけなので、そのまま認知件数に含めてもそれほど実態から外れているとは考えにくい*4

すると、2003年の日本の性犯罪認知件数は約1万8000件(強姦・強制わいせつ・迷惑防止条例違反)となるが、暗数については不明のため、これもひとつの参考数字でしかない。


比較することに意味はあるのか?

殺人や強盗など、事件の発生が第三者にも明確な犯罪ならばともかく、性犯罪のように暗数が大きい犯罪では認知件数の各国比較をしてもあまり意味はない。日本や韓国に限らないが、数字は嘘をつかないように思い込んでいるメディアは多い。しかし、数字に嘘をつかせることは難しくないし、そもそも数字を見る人が数字の意味を理解していなければ、数字の嘘以前の問題である。

産経の水沼啓子記者やそれに踊らされる嫌韓バカなどがいい例であろう。

強姦の件数という数字だけに振り回され「日本の5倍近くに達した」とか意味のない計算をして悦に入っているが、強姦の定義の統一という初歩的な点で抜けている。




定義の統一なしの比較例2

 ちなみに米国の性犯罪の発生は1万人当たり3・09件で、韓国とほぼ同水準だ。ただ韓国の方が性犯罪被害者が周囲の目を気にして被害届を出すケースは米国よりも少ないと予想されるので、実際は米国以上の発生率かもしれない。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/215729/

ここでアメリカの例を持ってきて、韓国の性犯罪はアメリカよりも多いと暗に示している。

しかし、これも定義の問題であろう。産経の水沼啓子記者が何を参照したか定かではないが*5、アメリカでの性犯罪件数を約9万件としている。

しかし、こちらのデータでは、異なった結果が出ている。
Scope of the Problem: Statistics | RAINN

12歳以下の被害者を除いた2007年アメリカの性犯罪被害者数は24万8300人(報告件数)。暗数についても推定されており、実際にあった性犯罪のうち40%程度しか報告されていないと言われている*6
この報告から、計算すると、アメリカの性犯罪認知件数は人口1万人あたり8.3人であり、「韓国とほぼ同水準だ」などとは言えない。

ちなみに、強姦のみについて言うなら、アメリカの強姦件数は1万人あたり約3件である。

もし、アメリカの1万人当たり強姦件数と韓国の1万人当たり性犯罪件数を比較して、「ほぼ同水準だ」などと言ったのなら、そもそも産経の水沼啓子記者はデータを読む能力に著しく欠けていると言えよう。と言うか普通に捏造といっていいと思う。

まあ、産経の記者だししょうがないかも知れんが*7




暗数をどう考える?

アメリカの場合は、性犯罪が報告されるのは40%程度と言われているが、日本では10%〜15%*8といわれる。韓国の暗数は定かではない*9

日本の法務調査研究所のデータにしても、どこまで推定値として信頼していいか、なんとも言えない。

例えば、平成18年版 犯罪白書 第6編/第4章/第1節/1では、回答者数は1099人だが、過去5年間に性的被害を受けたと答えた人は27人に過ぎず、このうち被害届けを出したのが4人、ということから約15%と推定している。
この場合、実質的なサンプル数はわずか27人であり、推定値としての精度は低く考えざるを得ない(ちなみに正確法で95%信頼区間を計算すると、4%〜34%の幅があるため、点推定値である15%(4/27)を一人歩きさせるのは解釈として適切ではない。例えば法務省では被害を受けた31人中3人が届出を出しており、その点推定値は10%、95%信頼区間は2%〜26%である。)。
また、そもそも27人以外の答えなかった女性の中に潜在的な犠牲者がいなかったとも言えないが、可能性は低いと言える*10

以上のようにマクロ的に暗数を推定することはできるが、実態としてどの程度まで信頼できるかが難しい。

常識的に考えて、同じ性犯罪でも強姦と痴漢では届出率が異なるだろうし、示談などの文化的な問題が関わることも考慮しなければならないだろう。
また、セクハラなどを性犯罪と考えるかどうかは文化的な進歩の度合いにもよる。一方の国では問題とされないような(表面化しない)セクハラでも、他方の国でも性犯罪とみなされることがある。あるいは男女間にも捕らえ方に相違がある。

そういった複雑な要因を無視して安直に比較すれば、実態を見失う可能性が高い。


個人的見解

ここからはscopedogの個人的な見解・仮説である。

韓国の強姦認知件数が日本より多いのは、韓国の強姦判定基準が日本の基準より広いからだと思う。
韓国の性犯罪全体の人口当たり認知件数が日本より多いのは、企業文化の違いから日本では届出されないセクハラなどでも韓国では届出される、韓国企業の男性が民主化前の男尊女卑的傾向から抜け切れていない、韓国は示談より訴訟で片付けようとする傾向が日本より強い、などの理由によるのではないか?

日本も韓国も、性犯罪実態としては大して差はないと思う。

少なくとも韓国が整えつつある、

強姦(ごうかん)などの性犯罪被害にあった場合、病院や警察などで何度も事件について説明させられた揚げ句、法廷での証言の際も被害現場の再現を強いられるなど「第二の性的被害」を受けるケースが多い。こうした問題を解消するため、韓国では応急治療から事情聴取、法律相談までを1カ所で無料で行う警察庁管轄の「ワンストップ支援センター」が整備されている。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/215729/

こういった性犯罪被害者支援の体制を、日本は整備しなくてもいい、と言えるような状況ではなかろう。

末文を↓こんなくだらない一文でまとめるようでは、心もとない限りだが・・・

韓国では性犯罪の発生が高い分、性犯罪の被害者支援体制や再発防止体制が日本よりもずっと進んでいる。こうした分野で先を行く韓国から日本が学ぶことは多い。ただGPS付き足輪などは、日本では人権侵害などと反対する声が大き過ぎて、導入は難しいだろう。日本には、被害者よりも非道な罪を犯した者の人権をなぜか声高に叫ぶ人たちがいるから…。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/215729/


ところで、「被害者よりも非道な罪を犯した者の人権をなぜか声高に叫ぶ人たち」ってのは、南京事件従軍慰安婦を否定して証言者・被害者を罵倒したり「父祖を犯罪者呼ばわりするな」とか言ったりする人たちのことですか?

*1:準強姦や準強制わいせつや公然わいせつなどもありますが、簡単のためこの三つのみ示す。

*2:例えば、通常の性交ではない性的暴行の方が社会的に冷たく見られる、など。実際、日本でもアダルトビデオを通じて普及するまで、口淫が変態的とみなされた時期がある。この場合、口淫だけでも強姦として主張することが考えられるし、被告もそれを受け入れる場合がありうる。

*3:http://www.gender.go.jp/danjo-kaigi/boryoku/houkoku/hbo04d-1-1.pdf

*4:虚偽の訴えの動機としては示談金目当てがまず考えられるが、その場合むしろ表ざたにならないだろう。

*5:おそらくは性犯罪のうちの強姦のみの件数を使っていると思われる

*6:つまり、実際には60万人程度の被害者がいるということ

*7:これはこれで差別的発言だなあ・・・反省。

*8:法務総合研究所http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/52/nfm/n_52_2_6_4_1_1.htmlhttp://www.moj.go.jp/PRESS/000331-2.html

*9:ソースや条件が不明なデータはあったのだが、信用していいのかどうかわからない。

*10:被害者となりうる女性人口を約2000万人と仮定すると、日本の性犯罪認知件数が年間1万8000件、5年間で約9万件、届出率を15%と仮定すると、実際には5年間で60万件発生していたと推定できる。つまり2000万人に対して60万件であり、1000人中30人となり、サンプルとよく一致する。ただし、サンプルの年齢構成などで差異が出る可能性はある。