表になくても化学兵器たり得る例


化学兵器禁止条約の表に載ってないから白燐弾化学兵器じゃないとかのたまっているおっちょこちょいな某軍オタと愉快な信者たちが跋扈しておる今日この頃*1

調べ物の途中で拾った情報をあげてみます。

化学兵器禁止条約の眼目はイラク化学兵器でしたが、日本の場合には別の問題がありました。日中戦争中(1937年〜1945年)に旧日本軍が中国戦線で使用し、戦後撤退にあたって遺棄した各種毒ガス弾の問題、いわゆる遺棄化学兵器問題です。


さて、日本軍が中国戦線で使用した毒ガスには、「きい剤」と呼ばれた糜爛性ガス、と「あか剤」と呼ばれたくしゃみ剤があります。大久野島で生産された毒ガスの9割はくしゃみ剤であり、残り1割がイペリットルイサイトと言われます*2

「きい剤」は明示的に化学兵器禁止条約で禁止されていますが、「あか剤」については表の中にはありません。

表にないから、化学兵器じゃないというJSF解釈法を適用すると、「あか剤」は化学兵器ではないという解釈になりますが、さてどうでしょうか?

ちなみに「あか剤」はひどいくしゃみを誘発させる毒ガスですが、致死性の高いものではありません。致死性が低ければ化学兵器とみなさないのか?という視点でもこの「あか剤」がどう取り扱われているかは興味深いはずです。



まず、1995年時点での日本政府の認識。
ジフェニールシアンアルシンとは「あか剤」のことです。

衆議院商工委員会
1995年平成07年03月30日

○高松説明員 ジフェニールシアンアルシン、いわゆるくしゃみ剤でございますが、これにつきましては御指摘のとおり化学物質に関する附属書の表には掲げられておりません。他方、これらの表は検証措置を実施するために化学物質を特定するものでございまして、条約上の化学物質とは、これらの表に掲げられていない物質であっても、条約上の毒性化学物質またはその前駆物質に該当し、条約上の化学物質として扱うべき物質が存在する可能性は排除されていないと理解しております。ただし、この条約によりまして禁止されていない目的のためのものであり、かつ種類及び量が当該目的に適合する場合は除かれるという条約の規定ぶりになっているわけでございます。
 したがいまして、ジフェニールシアンアルシンが条約上の化学兵器に該当するか否かを判断するためには、本条約上の毒性化学物質またはその前駆物質の定義に該当するか否か、またその保有の目的、量等につきまして判断することが必要となってまいります。これにつきまして私どもといたしましては、有識者の意見や各国の考え方等も参考にいたしまして今後鋭意検討したいと考えております。


この時点では、「あか剤」を化学兵器扱いすると断言はしてませんが、表にないからという理由で化学兵器じゃないとは言えない、という態度をとっていることがわかります。

実際、日中間では化学兵器禁止条約の枠組みで「あか剤」も処理したわけですから、事実上化学兵器扱いしているとも言えます。



そして最近2007年の政府見解では・・・

衆議院外務委員会
2007年平成19年11月02日
○松原委員 ここに、おたく、遺棄化学兵器処理担当室から平成十四年十月に出された資料があるんですが、この中に、「化学兵器の定義」というのが十六ページに書いてあります。この定義の中に「「化学兵器」の定義は、化学兵器禁止条約第二条に示されている。また、同条約検証付属書の表には、これに該当する毒性化学物質名及びその前駆物質名が示されているが、この表に載っていない場合でも第二条の定義に合致すれば化学兵器として扱われる点に注意する必要がある。例えば、旧日本軍の化学兵器に含まれる化学剤のうち、「あか剤」については検証付属書の表に載っていないが第二条の定義に合致するため化学兵器として扱われている。」こういうふうに書いてありますが、これは御存じですよね、もちろん。
 ということは、赤剤等はこの検証附属書の表に載っていないということになるわけでありますが、これは要するに、「化学兵器の定義」の中で化学兵器として認められている薬剤というのは、通常の国際的な化学兵器で決められている薬剤の中に、この赤剤等の、これは入っていないということですか。お伺いしたい。

民主党松原仁の質問というのが興味深い。
松原議員は、赤剤を化学兵器に含むのが気に入らないご様子。


政府委員の回答。

○西政府参考人 お答え申し上げます。
 先ほど先生お読みになられた資料にございます、赤筒、緑筒、これは化学兵器とは言えないのではないかという議論、これまでもございました。先生、今おっしゃられますように、化学兵器禁止条約二条において毒性化学物質及び前駆物質などと定義されるものでございますが、赤剤及び緑剤について、ここの中の記載云々、これは従来から先生御指摘のとおりでございます。
 ただ、それに関しましては、これまでもお答えさせていただきました。赤剤及び緑剤については、生命活動に対する化学作用により、人または動物に対し一時的に機能を著しく害する状態を引き起こし得ることから、条約上の毒性化学物質、すなわち化学兵器に該当するということで、私ども、これを判定いたしております。

ここでは、赤剤が化学兵器であると断言しています。1995年の回答で言っていた「検討」の結果でしょうか。
*3



遺棄化学兵器問題についてここでは深入りしませんが、化学兵器かどうかの判断は化学兵器禁止条約の表に記載されているかどうかではなく、また表に追記することを必須とすることもなく、関係国政府の判定のみで構わない、という事例として示しておきます。

*1:誰も某氏に教えてあげないとは意地悪な話だ

*2:132 - 衆 - 商工委員会 - 8号 平成07年03月30日 斉藤(鉄)委員の発言

*3:ちなみに直後の11月7日内閣委員会でも民主党泉健太が同様の質問を行っている。