火病について・事前準備的な話

韓国・中央日報の記事(2007/11/12)

韓国語の記事「火病とFコード」(http://healthcare.joins.com/master/healthmaster_article_view.asp?contCode=011000&total_id=2945064)を翻訳したものとして、以下の投稿が翌2007年11月13日に掲示板になされた。

【韓国】 火病とFコード〜火病を隠して育てて来た韓国の風土変えよう[11/13]

1980年代末のアメリカ。ある精神科診療室で医師が首を振っている。韓国人の患者が尋ねて来たが、まったく病名が分からなかったからだ。「胸が息苦しくてたまには痛くてひりひり痛むこともあり、お腹の中に火の玉があがってくるようでもあって、全身から熱が出るような感じ」だというが、内科に行って見たら身体にはどんな異常もない、と言うのだ。

アメリカ人医師は結局、両手をあげてしまい、韓国人患者はさらに切羽詰って胸をつかみながら病院を出なければならなかった。しかし、同様な症状の患者が繰り返し訪れ、92年に初めて米医学界に報告され、96年には米精神科協会の精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-IV)に精神疾患の一種として公式登載された。その病気の名前が『火病』だ。英語でも私たちの発音のまま‘Hwabyung’と書き、特に韓国人にだけ症状が現われるという。

DSM-IVには「韓国人にだけ現われる珍しい現象で不安・鬱病・身体異常などが複合的に現われる怒り症侯群」と規定されていると言う。隣りの日本にも中国にもない病気がどうして我が国にだけあるのだろうか。悔しくてしょうがないが、一方ではまたうなずかざるをえない。つきつめて見れば、そんなこともあるということだ。火病は、ストレス発散ができずに起きる病気だ。それで、従順で良心的で責任感が強くて感情をよく抑える内気な人々に発生しやすいと言う。過去の火病患者の80%が女性だったのもそのためだ。

長年の歳月、家父長的マッチョ(macho)社会と家庭でずっと耐えて暮して来たのだから無理もない。ところが、このごろは男性患者が大きく増えていると言う。日々に劣悪になる勤務条件の中で上司と部下に板ばさみになる苦痛を他人に打ち明けられずに、一人でうんうん苦しんだら真っ黒に焦げるしかない。小学校の時から受験地獄を抜けて、塾を走り回らなければならない子供達も安全地帯にない。

火病で病院を訪れる患者は、共通して長い間押えつけられて来た悔しさと怒り・諦め・敵がい心・劣等感などを表現すると言う。そして、自分がどれくらい大変な暮しをして来たのかを専門家に充分に打ち明けるだけでも治癒効果があると言う。この意味で見れば、地球上で精神科診療が一番必要な国が我が国という話になる。

ところで、我が国では精神科診療を受ければ、それがまるで前科の記録のように残って、円滑な社会生活を邪魔する足かせになっており、開いた口が塞がらない(本紙11月8日付け11面)。精神科診療を受けて‘精神行動障害’と判明すれば「Fコード」(訳注:国際疾病分類(ICD)の第5章「精神および行動の障害」をさす)の烙印を押されて保険加入や就業などに不利益を経験するというのだ。

このごろ子供達に少なくない過剰行動障害(ADHD)は言うまでもなく、不眠症、神経性頭痛、小児たちの夜尿症もすべてFコードに分類される。新しい職場に適応が下手でも(適応障害)、多くの人の前に出る時、言葉が震えても(不安障害)すべてFコードだ。専門医と何回か相談すれば治る、このような症状が前科の記録(?)として残るなら、恐ろしくて隠れて病気を育てるような話になるしかない。

少なくともいつ裂けるかも知れない火病因子を抱いて暮す私たちは、それではだめだ。元気な人でも定期的に専門医の相談を受けるのがインフルエンザ予防注射のように思われる風土にしなければならない。それでこそ身も心も元気な社会になる。そうせずに火病を隠して育てて来たのが私たちの「恨ハン)」ではなかったのか。

イ・フンボン論説委員

ソース:中央日報(韓国語)[イ・フンボンの時々刻々]火病とFコード
http://healthcare.joins.com/master/healthmaster_article_view.asp?contCode=011000&total_id=2945064

http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1194963721/


このイ・フンボン論説委員もろくに調べてはいないようだが、DSM-IVに記載されている、ということを過大評価しすぎている。

そもそもDSM-IVとはなんだろうか?
DSM-IVというのは、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,Fourth Edition,Text Revisionの略で、米国精神医学会が精神疾患の診断基準をまとめたマニュアルである。現行の第4版は2000年に発行され、解説を若干更新した、TR(Text Revision)となっている。この日本語版は「DSM‐IV‐TR精神疾患の診断・統計マニュアル」として2002年に発行されている。

精神疾患の診断基準のマニュアルなのだから、そこに「火病」が記載されたということは「火病」と診断される基準が載っているかと言うと、さにあらず。

実は、巻末付録「文化的定式化の概説と文化に結び付いた症候群の用語集」のところに載っている程度に過ぎない。
この巻末付録は、世界中の変な”病名”を博物学的に取り上げている部分であって、精神疾患の診断基準に該当する部分ではない。病気ではなく”病名”と言ったのは、DSM-IVの診断基準を使えば、別の国際的に通用する病名に診断できるからである。

例えば、日本の場合、対人恐怖症がこの「文化的定式化の概説と文化に結び付いた症候群の用語集」に載っているが、このDSM-IVの診断基準を使うと、多くは「社会不安障害」と診断される。
日本国内では未だに「対人恐怖症」という言い方は残っているが、国際的には「社会不安障害」と呼ぶのが普通だ。実際、MedDRA(the Medical Dictionary for Regulatory Activities *1)には、「対人恐怖症」なる病名は載っていない。
載っているのは、「社会恐怖症」や「社会不安障害」という記載だ。

同様に、韓国の「火病」についても、DMS-IVの診断基準に従うと、「全般性不安障害」や「大うつ病」などの既存の精神疾患に分類されることが多いようだ*2
「文化的定式化の概説と文化に結び付いた症候群の用語集」では、「火病」と「憤怒症候群」と呼んでいるが、実際に「自分は火病だ」と自己診断してきた患者は上記の既存の精神疾患に分類されているので、韓国で一般に認識されている「火病」=「憤怒症候群」とするのは適切ではないだろう。むしろ、「憤怒症候群」を含めた「全般性不安障害」「大うつ病」など様々な精神疾患を包含する概念として「火病」と呼ばれていると考えるのが自然だ。

ちなみに「憤怒症候群」に該当するMedDRA名は「間欠性爆発性障害」(IED*3)であるが、これはまさに突然怒り出すという症状を示す。中央日報の論説で火病患者は「胸が息苦しくてたまには痛くてひりひり痛むこともあり、お腹の中に火の玉があがってくるようでもあって、全身から熱が出るような感じ」と訴えているが、別段怒り出しているわけではない。つまり、中央日報の論説での火病患者を「憤怒症候群」と診断するのは無理がある。*4


日本でも、赤ちゃんの夜泣きなどを”疳の虫が騒ぐ”などと体調・精神の状態を”虫”で表現する言い回しが残っているように、韓国では”火”で表現している。と、それだけのことに過ぎない。

これが嫌韓レイシストの手にかかると、差別表現に早変わりしてしまう。

火病を簡単に言うと

既知の「全般性不安障害」、「大うつ病」、「強迫性障害」、「パニック障害」、「間欠性爆発性障害」などの精神疾患を、韓国では伝統的にその根源を体内の火と考えており、それによる病気全般を「火病」と呼んでいる。
このうち、「間欠性爆発性障害」だけを「火病」と呼ぶこともある*5
火病」という表現は韓国特有だが、その表現に含まれる疾患は韓国人以外にも普通に見られる疾患である。

火病」という韓国特有の表現に基づく愁訴*6をするのは、当然韓国人に限定されるから

DSM-IVには「韓国人にだけ現われる珍しい現象で不安・鬱病・身体異常などが複合的に現われる怒り症侯群」と規定されていると言う。

と書かれたに過ぎない。

怪しいWikipedia

Wikipediaの「火病」の項目では、

韓国の民俗的症候群で(憤怒症候群)英語ではanger syndromeに当たる。

と書いているが、anger syndromeの症状は怒ることそのものなので、前後の説明と合致しない。少なくとも「韓医学の中の火病」の項で書く内容としては誤っている。書くとすれば、米国精神医学会が、火病の中の一側面を捉えて「anger syndrome」とあてた、というのが近いだろう。

*1:Ver.11.1について確認した。病名の標準記載辞書として最もよく使われている。 http://www.meddramsso.com/MSSOWeb/index.htm

*2:http://www.flc.kyushu-u.ac.jp/~michel/exhibitions/20070510_0517/exhib5.htm

*3:Intermittent explosive disorder

*4:さらに、ちなみに、このIEDの患者は全米で1600万人いると推定されており、韓国人特有の病気などではない。http://www.news-medical.net/?id=18272 、 http://www.excite.co.jp/world/english/

*5:DSM-IVの巻末付録

*6:「お腹の中に火の玉があがってくるよう」など