白燐弾関連のやりとり・完結編


完結編というのは、アルバイターさんとのやりとりに関してです。

で、アルバイターさんとしばらくやりとりをしてきましたが、いくつかの点で進展が見られたものの、基本的な認識で合意が得られないことがわかりました。

進展した部分

表が定義ではないことは、何度も指摘してきましたが、アルバイターさんもこれに同意していただきました。
JSF氏のブログを真に受けてる人はまだまだ大勢いるでしょうけど、デマの被害者を一人でも減らすことができてよかったと思います。

  • 白燐による火傷が化学火傷であることの合意

白燐が燃える際の熱による普通の火傷で化学火傷ではない、と言った内容のコメントがいくつかありましたが、アルバイター氏は化学火傷である点に同意していただきました。
私が提示した資料は以下の医学論文です。

JST COPYRIGHT
整理番号:09A0519439
和文標題:黄リンによる化学熱傷の1例
著者名:武川力, 櫻井敦 (新日鉄広畑病院 形成外科), 梶田智 (神戸大 大学院医学系研究科 形成外科学)
抄録:黄リンによる化学熱傷の1症例。症例は23歳,男性。工場で作業中に黄リンが自然発火し受傷した。頚部・腹部・左大腿部にII度熱症。両側前腕手部の熱傷はIII度で特に損傷が強かった。臨床検査は白血球数の軽度高値以外は異常なし。可及的すみやかに水道水による洗浄を1.5時間行い,リンデロンVG軟膏による密閉療法を施行し,入院加療とした。受傷後9日後に,両側手部は分層シート状植皮,左前腕部は3倍メッシュ植皮を行い,受傷37日後に両側手指に分層シート状植皮を行った。術後2カ月で退院した。その後3度の瘢痕拘縮形成術とリハビリ加療を施行し,術後11カ月で経過良好である。黄リンは自然発火するので取り扱いには注意が必要である。黄リンによる熱傷は深達性になりやすく,不整脈,肝腎障害に注意する。特殊治療として,低濃度硫酸銅や5%炭酸水素ナトリウムも使用されるが,本症例のように水洗浄を十分に行い,可能な限り早期にリンを除去することが肝要である。

http://jdream2.jst.go.jp/jdream/action/JD71001Disp?APP=jdream&action=reflink&origin=JGLOBAL&versiono=1.0&lang-japanese&db=JMEDPlus&doc=09A0519439&fulllink=no&md5=16f768783493370bddabee0b3fd3c25d

アルバイター氏も別系統で白燐の火傷が化学火傷であることに辿り着いたようです。


合意できなかった部分

  • 化学火傷は「生命活動に対する化学作用」か否か

私としてはこの是非を検討する意義すら見出せないほど自明のことと思ってますが、アルバイター氏はそうではなかったようです。

アルバイター氏の見解はこんな感じです。

(略)
これらを見れば化学火傷とは細胞が<化学作用>によって死ぬことであり<生命活動に対する化学作用>では無いのですこれは細胞の壊死です
(略)
化学火傷が生命活動に対する化学作用と言えない理由はこれが細胞(の構成分子など)に対する化学作用であり生命活動に対する阻害ではないからです
(略)
要は化学火傷も生命に対する害ですがこれらの意味を考えれば化学火傷だけでは白燐弾は<生命活動に対する化学作用>により害を及すことはありませんので化学兵器にはあたりません

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20090813/1250180440

要は、細胞に対する化学作用であって、生命活動に対する化学作用ではない、という判断でしょうか。

この説の是非は、読者個人に委ねますが、私は了解できませんでした。そのような解釈を取り入れている公的機関があるなら考えを改めますが、細胞に対する化学作用は生命活動に対する化学作用の一部であるのは当然のことと考えますので。


結論

”化学火傷を「生命活動に対する化学作用」とみなさない”というのは、化学兵器禁止条約上の「毒性化学物質」の定義を狭く解釈するわけですが、この場合、論点は”白燐は毒性化学物質か”という点であるのとほぼ等価です。
もし、白燐が毒性化学物質*1でないとするなら、白燐弾はどのように使用されようが、化学兵器の定義を満たしようがありません。例え、大量の白燐を民間人の頭上で撒き散らして多くの化学火傷犠牲者を出したとしても、です。

したがって、「化学火傷は「生命活動に対する化学作用」か否か」の論点で合意に達しない以上、白燐弾化学兵器たりうるかをいくら論じても意味はありませんので、アルバイター氏との議論はここで終了となります。
ありがとうございました。


その他

今回は単純化して、論点をひとつに絞ってますが、他の点についても意見はあります。例えば、白燐の害として化学火傷を挙げましたが、上記論文で「黄リンによる熱傷は深達性になりやすく,不整脈,肝腎障害に注意する」とあるように単純に細胞に対する害とだけ言えるわけではありません。白燐の害のメカニズムについては不明な点も多いのですが、それは害がないことを意味しません。かつて「悪魔の薬」と呼ばれたサリドマイドがなぜ催奇形性をもつか、そのメカニズムについては不明な点も数多くありますが、サリドマイドの害については誰も否定する者がいないのと同じです*2

これら、他の点については、おいおい別エントリで取り上げる予定なので、こちらにコメントされても返答しないこともありますがご了承ください。

*1:あるいはその前駆物質

*2:最近、抗がん剤として復活しましたが、使用にあたっては十分な注意が必要とされてます。