韓国経済を語る前に日本経済を学ぶべき人

日韓通貨スワップ協定の記事をきっかけに色々経済面について調べることができましたが、調べれば調べるほど、ネット上にレイシズムに起因するとしか思えない悪質なデマが蔓延していることに気づかされます。

Yahoo知恵袋は、Yahooニュースコメント欄と同様、政治や歴史がらみの話題では、ヘイトスピーチがあふれています*1が、韓国の経済関連では以下のような記事を見つけました。

韓国経済の簡単な現状まとめ
ライター:dachshundofthegodさん(最終更新日時:2011/10/14)
(1)韓国の中央日報が「韓国の信用度に赤信号が灯った。米国と欧州の財政危機に驚いたグローバル資金が
 韓国をはじめとする新興国から資金を引き揚げる姿勢を見せているからだ」と報道。
(2)中国との通貨スワップが今年秋に期限を迎える。もし中国が期限延長を断れば韓国は保証人を失う。
 中国の短期外債の半分の約10兆円は9月償還。
 ちなみに韓国の国家予算は約20兆円。さらに借金の保証人が2011は日米から中国へ移った。
(3)韓国の外貨準備高は約3000億ドルだが、中身は80%は有価証券で、なかにはファニーメイ債のような
 評価額不明のものも多数含まれてる。それと海外からの借入で外貨準備を積み上げている。
 つまり借金による見せかけ。国年年金も殆ど使い果たした。
(4)追い打ちをかけるように「サムスン失速・アップルの本気」。ヨーロッパではほとんど販売禁止。
 サムソン特許侵害訴訟数は3800件を超え、損害賠償金が2011年には利益を超え、
 総額は何兆円の賠償になるか見当がつかない状況。もともとサムソンもLGも外資がほとんど。
 売り上げが上がっても国内にはほとんど還元されない。
(5)韓国GDPの22%がサムスン。外需依存の肥大化。総貿易額がGDPを超える。
(6)銀行などの金融機関は、ほとんど外資。その銀行の一部が取引停止になってる。

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n3181

このテンプレは知恵袋に限らず、ネット上では良く見かけるものです。
レベルの低い嫌韓厨やネトウヨの差別丸出しの主張に比べれば、表現が抑制されており、一部は事実に基づいていますが、事実に対する解釈・理解が誤っているため、結果としては間違った内容、あるいは誤解を招くような構成になっています。

例えば、報道そのものを確認していませんが、(1)については報道内容としては間違っていません。欧州財政危機に起因する新興国からの資金流出に関する件ですから、韓国にとって好ましい情勢を示すものではありませんが、これだけでいきなり経済危機に陥るわけではありませんし、そのために韓国政府として行動もしています。

(2)の中韓スワップの期限が今年秋に期限が切れて、韓国が保証人を失う、については、中韓スワップの意味を誤解しているように思われますが用語の使い方が不明瞭なので断言できません。ただし、中韓通貨スワップ協定の期限が、今年秋に切れるというのは明確に間違っており、今年10月に中韓通貨スワップ協定が拡大される以前の旧協定の期限は2012年4月です*2。上記記事の最終更新時点で、すでに「今年秋に切れる」との記載が間違っていました。
短期外債と国家予算を比較することもこの場合特に意味があるとは思えませんし、「借金の保証人が2011は日米から中国へ移った」に至っては意味不明です。おそらくは、通貨スワップ協定を借金の保証人だとみなしての発言でしょうけど、私人間の取引上での保証人とは意味が違うので誤読を誘っているか、書いている本人が良く理解していないかのどちらかでしょう。
なお、「中国の短期外債の半分の約10兆円は9月償還」(つまり短期外債全体では20兆円)についてはデータが古すぎで、おそらく2008年9月のリーマンショック時期のものでしょう。現在の韓国の短期外債は1500億ドル程度で11兆円程度です*3。注意を要する程度ではありますが、即危険領域と言うわけではありません。ちなみに日本も短期外債は2010年度末で30兆円近くあります*4ので、単純に金額で判断できる話ではありません。


(3)「韓国の外貨準備高は約3000億ドルだが、中身は80%は有価証券」という点については、何の問題もありません。通常、外貨準備のほとんどは現金預金の形ではなく、外貨建て証券の形で保有されます。
例えば、経済産業省のサイトには、東アジア各国の2004年時点の外貨準備に占める外貨証券の比率が載っています。

第1-5-9表 東アジア各国・地域の外貨準備に占める外貨証券の比率(2004年末)
(単位:百万ドル)

日本 韓国 香港 シンガポール タイ マレーシア フィリピン インドネシア
外貨準備保有高 (a) 844,543 199,066 123,569 112,808 49,832 66,209 16,029 36,320
外貨証券保有高 (b) 699,398 167,430 113,269 100,717 34,755 45,382 8,932 27,476
証券運用の比率(%)(b/a) 82.8 84.1 91.7 89.3 69.7 68.5 55.7 75.6

(備考) IMF Webサイトの「Special Data Dissemination Standard」に基づく2004年末のデータを使用。
(資料)各国中央銀行 Webサイト等から作成。

http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2005/2005honbun/html/H1522000.html

日本も韓国も同様に外貨準備の80%を証券として保有していることがわかります。
これはある意味当然のことで、利息もつかない預金の形で大量の資金を眠らせておくなどということは、国家や企業では考えられない行為である意味で背信行為とも言えるからです。この辺は、家計とは全く違う考え方をするところで、短期的に貸し借りを頻繁に行って資本を滞留させないのは現代の経済活動としては当然の行為で、家計の貯蓄のように銀行預金を積み立てる行為は、企業や国家の経済活動としては無駄が多すぎるわけです。

なお、2011年10月末時点の日本の外貨準備は1兆2100億ドルですが、そのうち証券として保有しているのは1兆1291億ドルで92%以上になります*5

ファニーメイ債のような評価額不明のものも多数含まれてる。」という点ですが、これは2008年のリーマン・ショック以前の話です。そもそもファニーメイ債は米政府系金融機関の債券でありリーマン・ショック以前は安全性がそれほど低いとみなされていたわけでありません。評価額不明に陥ったのはリーマン・ショックによるもので、この影響は別に韓国にかぎらず、日本でも受けています。例えば、日本の農林中金三菱東京UFJ日本生命、みずほなどは、1兆円規模でファニーメイ債を持っていました。さらにファニーメイ債の発行元である米連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)は2008年9月から公的管理下にあり、2010年に上場廃止となっています*6
現時点で、韓国政府が外貨準備としてファニーメイ債を保有しているとは考えにくいですし、持っていたとしても評価額以上に水増しして外貨準備に見せかけることなどできません(外貨準備については公開するのが原則*7で、ファニーメイ債の発行元が米政府管理下である以上、韓国がどの程度同債券を持っているかは簡単にわかるはずです)。

「それと海外からの借入で外貨準備を積み上げている。つまり借金による見せかけ。国年年金も殆ど使い果たした。」これも通貨スワップを借金と勘違いしているとしか思えないデタラメです。


(4)については「ヨーロッパではほとんど販売禁止」というのが根拠不明ですし、特許訴訟に関しては日本もやられた経験がありますので特筆するようなことではないでしょう。「サムソンもLGも外資がほとんど」というのはそうかも知れませんが、「売り上げが上がっても国内にはほとんど還元されない。」というのはデタラメですね。従業員などの給料や取引会社を通じて韓国内に還元されますし、もしほとんど全ての利益が外資に取られるのなら、「ほとんど販売禁止」になるのは外資が自らの利益を損ねる行為をしていることになり矛盾します。

(5)について「韓国GDPの22%がサムスン」については典拠不明ですが、財閥的な独占傾向が強いこと以外にこれ自体が韓国の経済状況を示す上で問題があるとは言えないでしょう。「外需依存の肥大化」についても、国内市場が小さいためのことなので、これもこれだけで問題とは言えません。「総貿易額がGDPを超える」については根拠不明です。JETROの2008年〜2010年のデータ*8を見る限り、名目GDP=1兆ドルに対して、輸出入とも4500億ドルで貿易総額は9000億ドルでしかなく、GDPを超えているようには見えません。


(6)の「銀行などの金融機関は、ほとんど外資」というのは、アジア通貨危機の際のIMF管理による負の遺産ですが、それ自体が韓国経済に対する悪材料となるわけではありません。「その銀行の一部が取引停止になってる」というのは真偽不明ですが、それが連鎖的に影響を及ぼさない限り特に問題とは言えません。

*1:あからさまなヘイトスピーチでも削除とかはほとんどされていませんし、デマも非常に多い状況です。知恵袋はともかく、Yahooニュースに関してはヘイトコメントを管理できないなら閉鎖すべきと思うんですけどね。

*2:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20111031/1320065157

*3:http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2011080940848 「韓国の外貨健全性指標は外見では良好だ。7月末現在、外貨準備高は金融危機の真っ只中だった08年9月末の2397億ドルより700億ドル以上多い。外貨市場不安の雷管とされる満期1年未満の短期外債は、3月末現在、総外債の38%の1467億ドルぐらいだ。08年9月には短期外債が1896億ドルで、総外債(3651億ドル)の52%だった。 」

*4:http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2011/data/ron110526b.pdf

*5:http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/official_reserve_assets/2310.html

*6:http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-15853520100616

*7:IMFガイドライン

*8:http://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/stat_01/