産経新聞による首相の責任捏造・福島第一原発事故

産経新聞が政敵攻撃のためには捏造も辞さない新聞であることはよく知られていますが、福島第一原発事故に対する政府の事故調査・検証委員会による中間報告*1についても、意図的*2な曲解で菅首相(当時)に責任をなすりつけようとしています。

産経新聞としては、福島第一原発事故菅首相民主党政権による人災でなければ困るのでしょう。

「「『想定外』という弁明では済まない」政府原発事故調中間報告」
 事故調査・検証委員会の中間報告では、東京電力福島第1原発事故での原子炉への海水注入をめぐる生々しいやりとりが明らかになった。菅直人首相(当時)が事故対応への介入を続け、混乱を助長したことがまたも裏付けられた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111227-00000081-san-pol

と書かれていますが、中間報告をどう読んでも「菅直人首相(当時)が事故対応への介入を続け、混乱を助長したこと」を示す内容は書かれていません。菅首相が最高責任者として事故対応に介入したことは事実ですが、それは首相として当然の対応であり、それを逸脱して混乱を助長させたという産経新聞の解釈は、少なくとも中間報告を読む限りできません。

海水注入について(3月12日19時ごろ)

産経新聞が菅前首相に対する政治的ネガティブ・キャンペーンとして利用しようとしている事項のひとつは原子炉への海水注入に関する件です。

 中間報告によると、1号機の危機的状況が続く3月12日夕、菅氏は首相執務室で班目春樹原子力安全委員会委員長、武黒一郎東電フェローらと協議。午後7時すぎ、武黒氏が第1原発吉田昌郎所長に電話で海水注入の準備状況を聞いた。

 吉田氏が「もう始めている」と答えると武黒氏は「今官邸で検討中だから待ってほしい」と要請。吉田氏は「自分の責任で続けるしかない」と考え、作業責任者にテレビ会議のマイクに入らないような小声で「これから海水注入中断を指示するが、絶対に止めるな」と話し、大声で注入中断を指示したという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111227-00000081-san-pol

しかし、この件に関しては単純に意思疎通の問題で責任があるとすれば、武黒一郎東電フェローでしょう。武黒氏が吉田所長に電話した時、海水注入は始まっていたにも関らず、そのことについて菅首相に報告していません。

  • 報告書P168-169

武黒フェローは、吉田所長に対し、「今官邸で検討中だから、海水注入を待ってほしい。」旨、強く要請し、既に注水していた点については、海水がきちんと原子炉内に入るか否かを試すための試験注水であったと位置付けることにした。もっとも、前記議論再開後、菅総理がすぐに海水注入を了解したため、武黒フェローは、菅総理に対し既に海水を試験的に注水したなどと説明する機会を失った。

  • 報告書P169

さらに、ERC も、3 月12 日19 時27 分頃、本店対策本部から、「一旦海水注入を開始したものの、菅総理の指示待ちで停止している。」旨報告を受け、これを官邸地下の緊急参集チームに参加していた保安院リエゾンに伝え、緊急参集チームにおいて情報共有が図られた。しかし、この情報は、官邸5 階にいた菅総理らには伝達されなかった。

東京の方でも情報が混乱していたことが伺えますが、吉田所長はそう判断したからこそ海水注入を中止しなかったのでしょう。災害時の組織運営という意味での課題ではありますが、菅首相の人災と考え得る要因はありません。


ベントについて(3月12日9時ごろ)

 12日朝の菅氏の原発視察の際も吉田氏は「応対に多くの幹部を割く余裕はない」と困惑。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111227-00000081-san-pol

直接的に菅首相の介入らしい記述はこれだけです。しかし、報告書では吉田所長は以下のように淡々と対応し困惑した様子は伺えず、「困惑」は産経新聞による捏造である公算が高いです。

  • 報告書P149-150

3 月12 日早朝、吉田所長は、発電所対策本部において、原子炉格納容器ベントの実施準備等に向けて1 号機の現場対応の指揮を執っていたが、急きょ、本店対策本部から、テレビ会議システムを通じて、菅総理福島第一原発に来訪することを聞いた。しかし、吉田所長は、菅総理の応対に多くの幹部を割く余裕はないと考え、福島第一原発からは自分一人で応対しようと決めた。
(略)
このとき、菅総理は、吉田所長から、現場作業が困難を極めていることなどについて状況説明を受け、吉田所長に対し、原子炉格納容器ベントの実施作業を急いで進めるように言った。これに対し、吉田所長は、「現在、原子炉格納容器ベントの実施に向けて準備中であり、9 時頃を目途に実施したい。」旨答えた。同日8 時4 分頃、菅総理は、福島第一原発を後にした。

菅首相の視察がベント作業の妨げになったかのような記述は見当たりません。実際、ベントは予定通り9時ごろに実施され、律速となっていたのはむしろ周辺住民の避難状況でした。

  • 報告書P151

その後、同日8 時37 分頃、発電所対策本部は、福島県に対し、同日9 時頃の原子炉格納容器ベント実施作業開始に向けて準備していることを連絡したが、福島県の要請により、避難が完了してから原子炉格納容器ベント実施作業を開始することで調整がなされた。

東電撤退(3月14〜15日)

14日夜には自らの死も覚悟し、必要な要員以外は退避させようと判断、総務班にバスの手配を指示した。菅氏が15日朝、「撤退したら百パーセント潰れる」と東電本店に怒鳴りこんだのは、この指示を勘違いした公算が大きい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111227-00000081-san-pol

まるで、吉田所長の決断を菅首相が勘違いして怒鳴ったように産経新聞は書いていますが、報告書には菅首相ら官邸が「東電が撤退する」と認識するに至った経緯が書かれています。

  • 報告書P68

清水正孝東京電力社長(以下「清水社長」という。)は、同月14 日夜、吉田所長が、前記のとおり、状況次第では必要人員を残して退避することも視野に入れて現場対応に当たっていることを武藤栄東京電力副社長(以下「武藤副社長」という。)から聞かされ、同日15 日未明にかけて、寺坂保安院長等に電話をかけ、「2 号機が厳しい状況であり、今後、ますます事態が厳しくなる場合には、退避もあり得ると考えている」旨報告した。
このとき、清水社長は、プラント制御に必要な人員を残すことを当然の前提としており、あえて「プラント制御に必要な人員を残す」旨明示しなかった。
東京電力福島第一原発から全員撤退することを危惧した関係閣僚らは、3 月15 日未明、班目委員長、伊藤危機管理監、安井保安院付らを官邸5 階に集めた。
その場で、「清水社長から、福島第一原発がプラント制御を放棄して全員撤退したいという申入れの電話があった」旨の説明がなされ、仮に全員撤退した場合に福島第一原発がどのような状況になるのかについて意見を求められた。このとき、参集した者らは、「全員撤退は認められない。」との意見で一致した。
その報告を受けた菅総理は、同日4 時頃、清水社長を官邸5 階に呼び、関係閣僚、班目委員長、伊藤危機管理監、安井保安院付らが同席する中で、同社長に対し、東京電力福島第一原発から撤退するつもりであるのか尋ねた。清水社長は、「撤退」という言葉を聞き、菅総理が、発電所から全員が完全に引き上げてプラント制御も放棄するのかという意味で尋ねているものと理解したが、その意味での撤退は考えていなかったので、「そんなことは考えていません。」と明確に否定した。

東電が全員撤退すると官邸が誤解したのは、清水社長が寺坂保安院長に電話をかけた際に必要な人員を残すことを明示しなかったためですが、産経新聞はこの部分を無視して「菅氏が(略)東電本店に怒鳴りこんだのは、この指示を勘違いした公算が大きい。」と勝手な憶測を述べています。

報告書に明記してある内容を無視して憶測を記事にするというのは、さすがに不誠実すぎますが、産経新聞は「どうせ報告書を直接確認する奴はいない」と読者を舐めているのか、それとも、産経記者自身が報告書をろくに読んでいないか、とにかくメディアとしてひどい有様です。

考察

産経新聞は当初から、原発事故を菅首相の人災と決め付けた上で、それに都合のいい記述を報告書に求めたのでしょう。しかし、産経にとって都合のいい記述は少なくやむなく印象操作に使えそうな部分を切り取って「困惑」や「公算が大きい」などの文言を追加して、政治的プロパガンダ記事を作成したという感じです。報告書から教訓を読み取り事故の再発防止を考えるような真摯な態度は全く見受けられません。

きっと産経新聞にとっては、原発事故がシステム上の問題や災害想定の問題であっては困るのでしょう。
何が何でも民主政権による人災というようにこじつけたかったように思えます。


教訓

新聞社が勝手に解釈を付け加えた記事を読むくらいなら、報告書現物を読んだ方がいい*3

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 中間報告

*1:http://icanps.go.jp/post-1.html

*2:としか思えない

*3:とは言え、現物に書かれている内容を理解できる程度の知識は必要で、わからない場合は新聞などで解説を読むしかないわけですが。あと産経新聞に限らず、専門性の高い内容については、記者が誤読・誤解していることが結構あります。自分の仕事や専攻に関する専門分野の内容を一般紙が扱っているのを読むと、何となく主旨を外してるなあ、と感じることがあるかと思います。今回の産経新聞のように悪意に満ちた誤読はともかく、悪気無いんだろうけど間違ってるよね、的な記事が、自分の専門分野以外でも結構あるものと踏まえておくべきでしょう。