東電関連の産経記事の何が問題だったのか

以前書いた「産経新聞による首相の責任捏造・福島第一原発事故」について、よく読まずにつけたであろうブコメやTBがあったので補足的に書いておきます。

「「『想定外』という弁明では済まない」政府原発事故調中間報告」
 事故調査・検証委員会の中間報告では、東京電力福島第1原発事故での原子炉への海水注入をめぐる生々しいやりとりが明らかになった。菅直人首相(当時)が事故対応への介入を続け、混乱を助長したことがまたも裏付けられた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111227-00000081-san-pol

上記は前回も引用した産経記事の一部ですが、”菅首相の介入が混乱を助長したことが、中間報告によって裏付けられた”と書かれています。
しかしながら、中間報告には、産経の主張する菅首相の介入による混乱の助長を裏付けるような記述はなく、産経は中間報告以外の情報を断りなく補完した上、中間報告には産経の主張に都合のいい記述があるかのように偽装していたわけです。
独立委員会による中間報告の権威だけを利用し、内容については全く無視・曲解した記事を産経新聞が掲載したことを問題視し、指摘したのが前回の私のエントリーです。

菅は悪くない

産経が悪い

http://d.hatena.ne.jp/momo21C/20111229/1325126623

といった話じゃありませんし、そもそも菅は悪くないなどとは主張していませんので、書いてもいないことを非難されても困ってしまいます。
捏造・偽装を行った産経が悪いのは確かですが。

中間報告が全く誤りのない完全な真実だとはもちろん言えず、中間報告に書かれていないこと、書かれていても誤っていることも当然あるでしょうから、中間報告以外の情報と照らし合わせて、政府対応の批判をすることは間違ってはいません。根拠を明示した上でどんどんやればよいとは思います。
ただし、中間報告に書かれていないことを補完するのであれば、その根拠を明記し「中間報告では(略)裏付けられた。」などと嘘をつくべきではありません。当然のことですね。まして報道機関なんですから。



さて、TBされた記事ですが、「菅による東電乗り込み」は「愚行」*1と決め付けてますが、残念ながら根拠としている記事などが明記されておりません。
一方で、次のような誤りがあります。

報告書は清水の否定に言及する一方で『菅による東電怒鳴りこみ』に全く触れていない。

http://d.hatena.ne.jp/momo21C/20111229/1325126623

公式の報告書で「怒鳴り込み」などという表現は使いませんが、菅首相が3月15日朝に東電に乗り込んだことはちゃんと報告書に書かれています(P68)。

同日5 時30 分頃、菅総理らは、東京電力本店2 階に設置された本店対策本部を訪れ、本店対策本部にいた勝俣恒久東京電力会長、清水社長、武藤副社長その他の東京電力役員及び社員らに対し、自らを本部長とし、海江田経産大臣と清水社長を副本部長とする、福島原子力発電所事故対策統合本部(以下「統合本部」という。)の立ち上げを宣言した。

http://icanps.go.jp/post-1.html

清水社長が官邸に呼び出され、全面撤退を否定したのはこの約1時間前で、それ以降の流れも中間報告に記載されています。

これ(引用者注:清水社長の全面撤退否定の発言)を受け、菅総理は、政府と東京電力との間の情報共有の迅速化を図るため、政府と東京電力が一体となった対策本部を作って福島第一原発の事故の収束に向けた対応を進めていきたい旨の提案を行った。清水社長も、官邸との連絡体制を十分に図らなければならないと考えていたため、菅総理の提案を了解した。

その上で菅首相東電に乗り込んだわけで、「強い口調で「(事故の対応をするのは)あなたたちしかいないでしょう」「覚悟を決めてください。(原発から職員が)撤退したときには、東電は100%つぶれますよ」などと続けた」*2のは事実でしょうが、情報共有や意思疎通に問題があったわけですから、東電社員に対して釘を刺すのは当然の話*3で、「政府首脳が関係組織と意思疎通に失敗し、修正する機会がありながら間違った認識のまま思い切った行動に出た」*4という話ではありません。

東電乗り込みは「福島原子力発電所事故対策統合本部の立ち上げ」というちゃんとした目的のある行動であって、ただ単に誤解して怒鳴り込んだ、としか解釈しないのはどうかと思いますね。

菅による東電乗り込みという愚行の実態は
政府首脳が関係組織と意思疎通に失敗し、修正する機会がありながら間違った認識のまま思い切った行動に出たという話だ。
政府の危機管理として非常に危うい事態である。

http://d.hatena.ne.jp/momo21C/20111229/1325126623

とTB先では書かれていますが、その根拠ときたら、

報告書はこの誤った判断と行動をズバリ指摘していないけれども
まあ政治的配慮なのだろう。

http://d.hatena.ne.jp/momo21C/20111229/1325126623

とまあ「政治的配慮」による隠蔽のせいにしています。結局は陰謀論ですね。

そもそも、3月15日4時に官邸に呼び出した清水社長から東電全面撤退の否定を聞いた後、官邸はどう対応すべきだったと考えているのでしょうか?
官邸と東電の意思疎通に問題があるのだから、それを解消するために統合本部を立てるというのは、至極当然の対応でしかありません。統合本部を立てるなら、情報が集まりやすい東電本社しかないでしょう。で、5時半に東電に乗り込んで、撤退はあり得ないと叱咤して、統合本部を立ち上げた。これに何の問題があるのでしょうか?

そういったことを曖昧にしたまま「間違った認識のまま思い切った行動」「政府の危機管理として非常に危うい事態」などの抽象的な表現で政府対応を非難するのは、百害あって一利なし、だと思います。


ちなみに、中間報告にはちゃんと政府対応の問題点を取り上げられています。

? これまでの調査・検証から判明した問題点の考察と提言
3 事故発生後の政府諸機関の対応の問題点
(2)原子力災害対策本部の問題点
a 官邸内の対応
原子力災害が発生した際、政府における緊急事態応急対策の中心となるのが、内閣総理大臣を本部長とする原災本部である。原災マニュアルによれば、原災本部は「官邸」に設置するとされており、情報の集約、内閣総理大臣への報告、政府としての総合調整を集中的に行うため、官邸地下にある危機管理センターに官邸対策室が置かれることとなっている。また、緊急事態が発生した場合には、各省庁の局長級幹部職員が同センターに参集することとされており、これを緊急参集チームと呼んでいる。同チームには、緊急時において迅速・的確な意思決定がなされるよう、各省庁が持つ情報を迅速に収集し、それに基づいて機動的に意見調整を行うことが期待されている。
3 月11 日15 時42 分に行われた東京電力からの原災法第10 条に基づく通報を受けて、原子力災害対策に関する官邸対策室が危機管理センターに設置されたのは、同日16 時36 分頃であった。一方、地震津波が発生して以来、事故対応についての意思決定が行われていたのは、主として官邸5 階においてであった。
ここには、関係閣僚のほか、原子力安全委員会(以下「安全委員会」という。)委員長などのメンバーが参集し、東京電力幹部も呼び出され、同席していた。官邸5 階においては、東京電力本店又は吉田昌郎福島第一原発所長(以下「吉田所長」という。)と直接連絡を取り合うなどして、東京電力から直接情報を収集することもあった。
しかし、ここでの議論の経緯等を地下に詰めていた緊急参集チームは十分把握し得なかった。政府が総力を挙げて事態の対応に取り組まなければならないときに、官邸5 階と地下の緊急参集チームとの間のコミュニケーションのあり様は不十分なものであった。

官邸内における5階と地下のコミュニケーション不足*5に対する指摘で、こちらの方が「東電への怒鳴り込み」などよりもよほど重大事ですが、菅首相への個人攻撃に執着する人たちは、こうした真っ当な指摘に目を向けようとはしません。
再発防止の観点からも、とても残念なことです。

*1:http://d.hatena.ne.jp/momo21C/20111229/1325126623

*2:http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/16/kiji/K20110316000434510.html

*3:実際に、伝言ゲームで東電の全面撤退という誤解が生じているわけですから、清水社長が否定したからといって、東電がそれで意思統一されているとは限りません。

*4:http://d.hatena.ne.jp/momo21C/20111229/1325126623

*5:考察ですが、官邸5階と地下とのコミュニケーション不足の原因は、民主党政権に対する官僚側の反発・反感やそれに伴う日常的な関係構築の不足にあるように思えます。短期政権が続いているということも原因のひとつではあるでしょう。閣僚と幹部職員との間で阿吽の呼吸での意思疎通が必要だったのかもしれませんが、それは本来官僚制度になじまないものですから難しいところではあります。自民党の長期政権になじんだ官僚機構が政権交代という事態に充分に対応できていなかった時期に、大災害が起きたことが不幸だと言えるかもしれません。