法的措置のハードルの問題

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離婚時の親権問題。養育費と面会交流は論理的には別だが、実際にはリンクしている。養育費支払は法的に認められた話というのはわかるが、実際に法的措置をとるにはハードルが高く、不払いがまかり通っているのも事実 2012/04/10

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/scopedog/20120405/1333644673

このような指摘を頂きました。
養育費不払い8割という話はshea氏からも出ていますが、この8割の中には別居親と関りたくない等の理由から請求していない同居親*1も含まれていますので、その数字を持って実効力ないというshea氏の指摘はおかしいです。
一方で上記指摘にある「実際に法的措置をとるにはハードルが高く、不払いがまかり通っているのも事実」というのは確かです。

養育費の場合

離婚時に判決・調書・公正証書といった形で養育費の合意を取っているケースは離婚全体の半数以下です。そして離婚成立後、実際に生活に困窮してから養育費を求めてもなかなか難しいというのは確かです。
ただし、その理由は法的強制力の問題ではなく、第一に、離婚成立後に当事者同士で話し合いをすること自体が難しいという問題があります。離婚時に財産分与などの話し合いがあった場合はなおさらでしょう。離婚時の交渉で双方ある程度譲歩しているのが普通ですから、成立後の後出しでの金銭要求は別居親側から見れば「何を今さら」という話になるでしょう。
当事者同士でまとまらなければ、裁判所に調停や審判を求めることになるでしょうが、第二の問題がここで生じます。別居親が引っ越したりして現住所不明の場合、調停や審判を起こすことが出来ません。月数万の養育費を請求するために何十万かかけて相手の住所を調査するのは、さすがに無意味に近い行為です。
別居親の現住所を把握して、調停や審判を起こせたとしても、今度は弁護士への依頼料などでやはり10万円単位での費用が必要になります*2。裁判所での調停や審判になる以上、別居親は今さら養育費など払いたくないと考えているというのが普通で、可能な限り抵抗してくるはずです。別居親の抵抗手段の一つが、収入の過少申告です。要は、生活に余裕がないから払えないというものです*3
さらに、調停・審判で養育費支払いが合意できたとして、別居親が払うとは限りません。無理やり飲まされた合意であれば、なおのことです。しかし、この場合は履行勧告や履行命令・強制執行などの法的手段が使えます。
とは言え、最強の手段である強制執行の場合でも、別居親が自営業などであれば取立ては不可能ですし、転職されて現職が不明の場合も取立てできません。もちろん、自己破産した場合にも取り立ては不可能です。

そういう意味での不払いというのはあり、裁判所に訴え出る際の心理的・経済的ハードルという問題はありますが、これらについては面会交流の申立にも同様のハードルがあります。

面会交流の場合

面会交流の実施状況については、政府レベルの統計は見当たりませんが、養育費の場合と同様に、同居親や子どもと関りたくないという理由で面会していない別居親も多くいるでしょう。
離婚時に判決・調書・公正証書といった形で面会交流の合意を取っているケースは、養育費同様に離婚全体の半数以下、もしかするとそれより少ないでしょうね。
離婚時に合意を取らずに離婚成立した後に別居親が子どもとの面会を求める場合、基本的に同居親の善意による必要がありますが、養育費の場合と同様に当事者間の話し合いは難しいと言えます。財産分与などでもめたケースであれば感情的な対立が残っておりなおさらです。
同居親の感情としては、「相手の顔を二度と見たくない」「私を苦しめたのだから子どもと会えなくて苦しむのは当然の罰」「勝手に出て行って何を今さら」などがあるでしょう。

このように当事者間でまとまらなかった場合は、別居親が裁判所に面会交流を求める訴えを起こすことになりますが、養育費と同じ第二の問題があります。つまり、同居親が子連れで転居していた場合、現住所不明で訴えを起こすことが出来ません。
仮に同居親の現住所を把握して訴えを起こせたとしても、弁護料が数十万かかります。そして、同居親側の抵抗もあります。同居親側の最強の抵抗手段は、子どもが会いたがっていない、というものです。これは、過去の別居親の問題行為による真実の嫌悪感の場合もありますし、同居親によるプログラミングによる可能性もあります。また、実際には子どもは何も言っていないのに、言っていると同居親が嘘をついている可能性があります。
いずれの場合でも、同居親にこの主張をされた場合、別居親がこれを覆すのは非常に難しいです。家裁調査官が真面目に子どもとの面接や試行面会をやってくれれば、まだマシですが、これは家裁として別に必須事項ではないので、実施しないこともあります。仮に実施したとしても、同居親が心配だからと常に子どもにくっついている状態であれば、子どもが同居親の意思に反した自分の意見を正直に言う*4可能性は極めて低く、面会に肯定的な結果は得られないでしょう。
このあたりは、収入状況などで判断・評価しやすい養育費の調停・審判と違って、面会交流事件の難しいところです。

それら諸々のハードルをクリアして、面会交流の判決が出たとしても、最後のハードルである同居親が面会交流の約束を守るかどうかという問題が残ります。
同居親が面会交流を妨害した場合、別居親が取りうる手段は、履行勧告と間接強制くらいです。履行勧告は家裁の調査官が同居親に電話するだけで、何の強制力もありません。間接強制は面会を妨害した場合、1回につき数万円の罰金を取るといったものですが、お金を払っても会わせたくないとかお金がないから払えないと同居親が主張すればそれまでです。
何より、面会交流を意図的に妨害していることを証明すること自体が困難です。「子どもが風邪をひいたから」「急な用事ができたから」「私は会わせたいと思っているが、子どもがどうしても会いたくないと言っているから」と言われれば、同居親に責任を問うのは難しくなります。
子どもが実際には健康であること、急な用事などないこと、子どもが会いたくないとは言っていないこと、これらのことを別居親が証明することは、同居親の家庭を盗聴でもしない限り不可能です。

考察

養育費について法的措置のハードルが高いのは確かですが、面会交流についても同じくハードルは高いのです。
そして、上記の事情を考慮すれば、同居親が別居親に養育費を求める際のハードルに比べ、別居親が同居親に子どもとの面会を求める際のハードルの方が高いと言えるでしょう。

もちろん、それは養育費を求める際のハードルの問題を無視してよいということにはなりませんし、同時に面会交流の話題に対して養育費の問題を持ち出し、面会を求める際のハードルの問題を無視・軽視すべきではないということでもあります。

*1:資料中では母子家庭を対象

*2:調停で当事者だけで話し合えれば、ほとんど費用は発生しませんが、それでまとまるくらいなら当事者間でまとまることが多いでしょう。

*3:事実の場合も虚偽の場合もありますが、別居親の主観的には事実だということが多いのではないかと思えます。

*4:もちろん、真実、根拠を伴って嫌っている場合もありますが、その場合は嫌われている原因を同居親が割りと明確に説明できるはずです。