生活保護の不正受給の「暗数」について
生活保護費総額3.3兆円のうち、不正受給額は約130億円、率にしてわずか0.4%にすぎません。従って、厳格に運用して不正受給を減らしたところで、生活保護費総額に与える影響は誤差の範囲に留まります。
しかし、生活保護を攻撃する人たちのなかには、性犯罪発生件数の時には見向きもしなかった「暗数」という概念を持ち出して生活保護の不正受給額はもっと多いとみせかけようとしています。
性犯罪発生件数については、性犯罪被害を受けたことを被害者自身が周囲に知られたくないなどの理由で届け出ないことがあり、これが発生件数と届出件数との差、つまり暗数となっています。また、不正受給額の暗数は、被保護者が実態を偽って、あるいは報告の義務を知らずに、本来より多くの金額を受給することで生じます。
いずれも隠そうとする動機があるために暗数が生じる余地があるわけですが、両者の間には決定的に違う点があります。
公的機関の直接的な監視の有無です。
性犯罪被害者の場合、警察などに訴え出ない限り、公的機関が性犯罪の有無を直接的に監視すること(例えば、警官が女性宅を訪問して強姦の有無を問いただすなど)はありません。せいぜい逮捕した性犯罪者の余罪を捜査する際にそうしたことが行われるくらいで、それも被害者が協力を拒めばそれまでです。
一方、生活保護受給者の場合、受給されている間、必ず公的機関の直接的な監視がつきます。つまりケースワーカーですね。もちろん、ケースワーカー個人の資質や担当している被保護者の数*1によって監視の度合いは変わりますが、監視自体が存在しない性犯罪被害に比べれば、暗数を生じさせる余地が格段に少ないと言えるでしょう。
つまり、性犯罪被害のように調査されていないが故の暗数と、生活保護不正受給のように調査されてもなお生じる暗数を、同列に語ることがいかにバカげたことかということです。
「きちんと調査すれば」なんて言っている人は、きっとケースワーカーは仕事なんてしてないと主張しているんでしょうね。自衛隊以外の公務員はいくらバカにしても構わないと考えている人が特にネット上では多いようですし。
ケースワーカーのインセンティブ
ケースワーカーの役割は、自立できない人を生活保護によって支え自立を促すことです。
生活保護法第27条には、そのために必要な指導・指示の権限が与えられています。
(指導及び指示)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO144.html
第二十七条 保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。
2 前項の指導又は指示は、被保護者の自由を尊重し、必要の最少限度に止めなければならない。
3 第一項の規定は、被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。
ちなみに「保護の目的」とは以下の第1条になります。
(この法律の目的)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO144.html
第一条 この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
では、ケースワーカーの業績は、どのように評価されるのでしょうか?
自治体によって違いはあるでしょうが、基本的には被保護者を何人「自立」させたか、が指標になります*2。
「自立」とはつまり生活保護の打切りです。真面目なケースワーカーであれば、被保護者が自立できるように支援し、自立と判断できた時点で生活保護の辞退を勧めるでしょうが、そういうケースワーカーは当然ながら、多くのケースを抱え込むことになりますので評価されにくいでしょうね。仕事と割り切っているケースワーカーなら、「自立」ケースを増やすためにどんな職業でもいいからと適性を考慮せずに就職させたりして「自立」とみなして辞退届けを書かせるでしょう。こういうケースワーカーにとって、被保護者が収入の事実を隠していたりすれば、これ幸いと「自立」ケースにしてしまうでしょう。
つまり、ケースワーカーにとって被保護者が不正を行なっていないかどうかは重大な関心事なわけです。もちろん、全く手を抜いて不正チェックも自立支援も何もせず放っておくようなケースワーカーもいるでしょうが、簡単にわかるような不正であれば取り上げないわけにはいきません*3。
要するにケースワーカーにとって不正を見つけることが自身の利益にもつながるため、不正受給の暗数は生じにくいと考えられるわけです。
不正受給の判定
不正受給と簡単に言いますが、明確に線引きできるかどうかは微妙です。
厳しく判定すれば、生活保護家庭の子供が親戚や友人の親からお年玉をもらっても申告義務があります。
働いているけれど、その収入だけでは足りなくて生活保護を受けている場合、給料の金額を申告しなければいけません。また、一時的なアルバイトや、フリーマーケットやネットオークションなどで品物を売った収入も原則として申告しなければいけません。もっと厳密に言うと、子供がお正月にもらったお年玉や祖父母などからもらうお小遣いも申告しなければいけないと、自分の場合は言われました。
http://www.sh-jiritsuippo.com/03jukyu/todokede.html
しかし、現実問題として500円や1000円の小遣まで申告していたらキリがありません。また、扶養できる親族がいないかどうかについても、どの程度の収入であれば扶養可能と言えるのか明確に判断できるものではないでしょう。生活保護家庭から、子供が一人立ちして就職した場合、その子供が結婚資金を貯めていれば扶養する余裕ありと判定されるのでしょうか?
実際、ケースバイケースとしか言いようがない事案がほとんどでしょうが、逆に言えば厳しくしようとすればいくらでも厳しくできるわけです。
あら探しを始めれば、いくらでもグレーのケースは出てくるでしょうし、それらを不正受給だと決め付ければ、いくらでも不正受給の額は膨らむでしょう。一方でその結果生活保護を切られ、餓死する事例も出てくるでしょうね。それを「暗数」だと言うのなら、そのような「暗数」を考慮する意味はないと思いますし、むしろ保護打切りのために死んだ犠牲者の暗数こそ重要視すべきでしょうね。人として。
QandA的な
the_sun_also_rises
っ「暗数」/なぜか生活保護の不正受給の件になると統計が絶対視され暗数を指摘する人がいなくなるのだが。実態調査とはそういう疑念があるから行うものでしょ?きちんと調査すればそんな疑念も晴れるわけだし。 2012/05/30
なぜ生活保護の場合は暗数を指摘する人がいないか。生活保護受給者の状況については、ケースワーカーが定期的に調査しているからです。暗数が指摘されるような問題は全体調査をするシステムがないものです。
なので、常識的な知識があれば「そういう疑念」すら抱かないでしょうし、実態調査などという妄言も出てこないわけです。