IMFに関すること

IMFに関してテレビでは只のお祭り扱いの報道で、ネットでは理解していない人がデマを拡げてる状況です。新聞は多少詳しいですが、視点が日本に固定されている上に何となく外しているような感じ。
なので、IMFに関する復習的な話を一つ。

IMFInternational Monetary Fund国際通貨基金)の略で、その名からわかる通り、国際通貨システムの安定化のための基金です。1945年にIMFが発足してから固定為替相場制度であった1971年までは、まずIMFはアメリカ主導の下で上手く運用されていたといえるでしょう。しかし為替制度が各国独自に採用できるようになる*1と加盟国の増加やGDPに対する貿易規模の拡大などもあって、IMFはその役割を充分に果せなくなりました。
1982年の南米通貨危機で積極的に動いたのはアメリカでしたし、1997年のアジア通貨危機でもIMFプログラムはその副作用の方が目立ったと言えます。ネット上では、「IMFの取立てが厳しい」などとの俗説から、日韓通貨スワップ協定の際に「IMFを入れろ」「IMFが関与していない部分に関してはとられっぱなし」などの反韓主張が極右政治家片山氏などから為されました。日本のネット民に関する限り、IMFに対する盲信は、韓国に対する差別感情の裏返しとして蔓延しているようです。

しかし、アジア通貨危機でのIMFの不手際*2は当のIMF自身も理解しており、コンディショナリティの緩和*3や支援規模の拡充、急激な資本逃避に対応できる融資制度の創設などの改革がなされています*4

IMFがタイ、インドネシア、韓国に対して融資したアジア通貨危機に関して言えば、厳しく取り立てたのではなく、融資条件としてのコンディショナリティの適用範囲が広範に及んだため、融資までに時間がかかりすぎたことが大きな問題で、遅すぎる融資に対して払った代償が大きすぎたわけです。実際には急速につなぎ融資できていれば早期に解決できたとも言われ、その後世界金融危機も踏まえ、FCL*5やPLL*6を創設しているわけです。

さて、1990年代から2000年代になるとIMFの存在感は低下していました。元々アメリカ主導の組織で、冷戦時は西側世界の通貨の安定化に貢献したものの冷戦が終結し、東側各国が加盟すると運営に関してアメリカの思惑とのずれも生じ、さらに硬直した運用と巨大化する貿易規模への対応能力の不足が露呈してきたわけです。

IMFの資金は主要通貨のバスケットであるSDR建てですが、1983年は900億SDR*7アジア通貨危機を経た1998年には2120億SDR*8に増資されましたがその後2010年までその額はほとんど変わっていません。
もっとも増資ではなくIMFへの融資という形のスタンドバイ取極(バイ。加盟国とIMFの二者契約)やGAB(一般借入取極*9 )で融資枠を拡大し、後に5000億ドル規模のNAB(新規借入取極)へと発展させています。
この一部が2008年に麻生政権が表明した1000億ドル規模の取り決めです*10。言うまでもなく、あくまでもIMFの緊急時の融資契約なので、実際に1000億ドルが動いたわけではありません*11
これらは2008年の世界金融危機に対応する動きですが、その後さらに欧州で金融危機が起きたことから、IMFはさらなる融資枠の拡大を模索したわけです。
この頃になると、IMF新興国の資金がなければ実質的な活動が難しくなっており、中国をはじめとする新興国に発言権を分けていかざるを得なくなっています。中国にとっても欧州危機の対応は必要ですが、EU自身もヨーロッパ安定化機構(ESM)を作る*12など自主防衛に動いていることから差し迫った危機はないと判断したのでしょう。中国自身も各国との通貨スワップ協定を通じた独自の通貨防衛のネットワークを構築していることから、IMFに対して強気に出ているようです。
その意味で、中国が今回のIMF総会に出席しなかったことを単純に「尖閣問題で世界に背を向けた」と解釈するのは実態を見誤っていると言えるでしょう。

さて、IMFは2012年4月時点で貸付可能な資金残高は3800億ドルしかありませんでした。このため、追加で新規バイ契約として4300億ドルを計画したわけです。これに対して日本から600億ドルが表明されたわけです。これが今回契約された600億ドルです*13
もちろん、これも緊急時に融資するという額であって、別に今現在資金を出すわけではありません。

日本の融資枠は2008年の表明分とあわせて合計で1600億ドルになりますが、秋には2008年の1000億ドル分は500億ドルに削減される見込みです。

•本年秋頃にも見込まれるIMFの増資発効時には、我が国のIMFに対する貸付枠(現在約1,000億ドル)が約500億ドル縮減される予定。
リーマンショック後には、我が国はIMFと1,000億ドルの融資契約を締結。
•今回の我が国の貢献額600億ドルは、IMFに対する融資枠であり、直ちに実際の融資が行われるわけではない。(前回の1,000億ドルの貢献も同様に融資枠であり、このうち実際に融資が行われているのは約110億ドルのみ。(2012年6月27日時点))

http://www.imf.org/external/oap/pdf/mof0625.pdf

日本がなぜIMFに融資するのかと言うと、”純粋な世界貢献”などではもちろんなくアジアでの通貨防衛の枠組み作りで中国に遅れを取りつつあり、さらにはIMF内における中国の発言権拡大も必至な状況で、日本は有効な外交戦略を見いだせずIMFでの発言権を確保したいと消極的な狙いがあるからでしょう。
日本の外交は伝統的に、アジア重視か対米追従か、の間で揺れ動いてきましたが、小泉政権頃からは露骨に対米追従外交を取っています。一つには日本の言う「アジア重視」とは日本がアジアのリーダーとしてアメリカやEUに対抗できるアジア共同体を目指す類のもので、中国が台頭した現在、その付き合い方がわからず*14、消去法的に対米追従せざるを得ないという事情があるように思えますね。何とも情けない話ですが。

*1:自由変動相場、他国通貨連動、複数通貨バスケット、他国通貨の採用、複数国での共通通貨採用、など

*2:IMFは融資に際して借入国に対しコンディショナリティと呼ばれる経済調整政策の合意と実行を求める。このコンディショナリティとは、加盟国の経済政策強化の手段として、財政・金融等マクロ経済・構造面全般にわたり、対象国が一定期間内において実施する政策を盛り込んだものである。委員会においては、IMFアジア通貨危機の際に支援対象国に求めたコンディショナリティは過度に広範にわたるものであり、厳しすぎたとの批判があったことについて指摘され18、今般の金融危機における対応についても質疑が行われた。/こうした点に関して、「融資条件に関する反省を踏まえ、IMFは平成14 年に融資条件に関するガイドラインを策定し、融資条件の設定に際しては支援対象国自身の自主性を重視することや、融資条件を最小限に限定すること等を明確にしている」19 との説明が与謝野財務大臣からなされた。」 (IMF改革の必要性と金融危機の影響、 財政金融委員会調査室 武井哲也、立法と調査 2009.8 No.295) http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2009pdf/20090801029.pdf

*3:アジア危機時の反省を踏まえ、IMFはコンディショナリティの合理化を表明。(2000年)http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/customs_foreign_exchange/sub-foreign_exchange/proceedings/material/gai210515/02.pdf

*4:IMFへの日本の貢献、2012年6月25日、財務省IMF世銀総会準備事務局長 仲浩史、P3、http://www.imf.org/external/oap/pdf/mof0625.pdf

*5:フレキシブル・クレジットライン。経済状況が良好で健全な政策運営を行っている加盟国に対して、引き出しに際しての条件を課すことなく、一度に多額の資金を支援する。http://www.imf.org/external/oap/pdf/mof0625.pdf

*6:FCLに準じる健全な政策運営を行っている加盟国に対して、引出しに際しての条件を課すことなく一度に多額の資金を支援する。http://www.imf.org/external/oap/pdf/mof0625.pdf

*7:1SDR=1.5ドル換算で、1350億ドル

*8:1SDR=1.5ドル換算で、3180億ドル

*9:IMFがG10諸国から一定額の通貨を借り入れることを可能とする制度(62年10月発効) http://www.mof.go.jp/about_mof/councils/customs_foreign_exchange/sub-foreign_exchange/proceedings/material/gai210515/02.pdf

*10:日本以外に、アメリカとEUが各1000億ドル、ノルウェーが45億ドル、カナダ、スイスが各100億ドルを表明しています。

*11:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20111112/1321100986

*12:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121009/k10015600461000.html

*13:http://www.imf.org/external/oap/pdf/mof0625.pdf

*14:民主党政権になって、アジア重視を模索したものの上手くいかなかった原因の一つと言えるでしょう。