中国の核兵器先制不使用宣言の曖昧化が意味するところ

核の「先制不使用」外す 中国、国防白書 政策を変更か
2013.4.23 02:01 [中国]

 中国政府が先週、2年ぶりに発表した2012年版国防白書で、核兵器を相手より先に使用しないとする「先制不使用」政策が明記されていないことが22日分かった。これまで五大核保有国の中で率先して中国が強調してきた核先制不使用の政策変更を示唆しており、今後、大きな議論を呼びそうだ。
 国防白書は、ほぼ2年ごとで8回目の発表。中国は初回の1998年版から先制不使用政策を平和発展路線の象徴として毎回アピールしてきた。
 今回の国防白書は、初めて先制不使用が記されていないだけでなく、核攻撃に関し「中国もミサイル核兵器を使用して敵に反撃する」と強調。核攻撃の威嚇に対しては「(核兵器で脅し)敵が中国に核兵器を使用するのを抑止する」と踏み込んだ。(共同)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/130423/chn13042302010001-n1.htm

まあ、中国が先制不使用と言っても信用しないような人たちの反応を見ると笑えますが、4月18日付のNYT記事でも言及されていますので共同の飛ばしというわけでもなく、割と重要な事態です。

倫理的な意味では、これまで中国のみが核兵器先制不使用を宣言していた唯一の国でしたから、ある意味“普通の国”になったと言え、反中ウヨに非難する資格はありません。とは言え、核兵器廃絶を目指す立場としては好ましい事態ではありません。

さて中国側の意図ですが、はてブの反中ウヨに見られる内容ほど単純ではないでしょう。

「核攻撃に関し「中国もミサイル核兵器を使用して敵に反撃する」と強調」と記事中にありますが、これ自体は別に驚くべきことではありません。核保有国が核攻撃を受けた際に核兵器で反撃するのは最も基本的な核戦略であり、明言せずとも核兵器保有するというだけで成立する抑止力です。しかし、この存在抑止力を減殺するのがミサイル防衛です。
つまり、アメリカが中国に対して核兵器を先制使用し、中国がその報復として核兵器で反撃しても、その反撃が迎撃されてしまう可能性が高ければ*1、中国側の核戦力はアメリカに対する抑止力を著しく削がれることになるわけです。アメリカから見れば中国側からの核報復を迎撃できる安心感から、核兵器先制使用の選択肢が現実味を帯びたと言えます*2
アメリカは核兵器先制不使用を宣言していないことを踏まえると、中国側が上記事態を懸念するのは当然とも言えます。
物理的な対策としては、中国側もミサイル防衛を進める、迎撃不能なレベルの核攻撃態勢を整備するなどでしょうが、これには時間と費用がかかります。簡単に実行できるのが宣言政策であり、核兵器先制不使用の曖昧化と核報復の明示という形で行ったのが今回の国防白書ということでしょう。
すなわち、中国からの先制核攻撃があるかも知れない、と思わせることで、迎撃態勢を整えた上で中国に対して先制核攻撃を仕掛けるというアメリカ側の選択肢のインセンティブを低下させることが目的なわけです。

例えるなら、「俺は楯を持っているからいつでもお前に斬りかかれる」というアメリカに対して「お前が楯を構える前に斬りかかるかもしれないから気をつけろ」と中国が警告している状況です。

もちろん中国が核兵器先制不使用の方針を放棄したと確定したわけではありません。4月19日の軍縮局長の発言は核兵器先制不使用の継続をにおわせるものでもあります。

中国軍縮局長「日本に核兵器を決して使わない」
ジュネーブ=石黒穣】中国外務省の●森・軍縮局長は19日、ジュネーブで「日本に対して核兵器を決して使わない」と述べた。(●は、「庁」の丁の部分が龍)
 核拡散防止条約(NPT)再検討会議準備委員会を前にした米露など他の核兵器国代表との共同記者会見で、「中国は核軍備の透明性をどう確保していくのか」との質問に対し、同局長は「中国は非核兵器国への核兵器不使用を明確にしている。これこそが最高水準の透明性だ」とした上で、日本に言及した。
(2013年4月20日20時25分 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20130420-OYT1T00851.htm

白黒つけない灰色の曖昧な状況だと言えます。

では、アメリカ側としてはどう対応するかというと、(1)ミサイル防衛を強化して核兵器の先制攻撃を受けても迎撃できる態勢を整える、(2)緊張を緩和する宣言政策をとる、(3)静観する、の三つの対応が考えられます。現実的な危機が高まったわけではないので、静観して少なくとも表面上はこれまで通りの外交を続けるというのが可能性としては一番高いでしょうが、軍事産業サイドは防衛体制強化を主張するでしょうね。
(2)の宣言政策ですが、対応としてこれが一番簡単ですが政治レベルで統一できるかが難しいところでしょう。つまり、アメリカ側から核兵器先制不使用ないしそれに類する宣言を行うという対応です。
軍縮の方向としてはこれが一番望ましく、アメリカからの核先制攻撃のリスクが減れば中国側が核先制攻撃の選択肢を誇示する必要が減るため、全体としてリスク低下につながるのですが、軍事産業タカ派に比べ政治力や資金力に劣るので政策への反映はあまり期待できません。急激に悪化するわけでもないでしょうが、さりとて改善される方向性も見出せない状況です。

ともあれ、ミサイル防衛を「防衛」の側面だけ見て推進した結果が今回の宣言政策であり、無責任な自己正当化の結果であるとは言えるでしょう。

周辺

特に軍オタ系ネトウヨに見られる傾向かと思いますが、宣言政策を理解している人はあまり見かけません。
しかしながら、例えば日本は憲法で戦争を放棄している、や、非核三原則というのも一種の宣言政策であり、こういった宣言があるからこそ、世界的に見れば強大な軍隊である自衛隊や兵器転用容易な核施設を大量に保有していても、リスクとしては実態以下に評価されてきたわけです。その意味では宣言政策は身近なものです。自国が行っている宣言である改憲非核三原則放棄などの宣言政策の変更、あるいはそれを匂わす政府レベルの言動が周辺国にどのような影響を与えるか、今回の中国の核兵器先制不使用宣言の曖昧化に対する反応を見ればある程度予測できると思います。

まあ、周辺に武力紛争を抱え、時に爆弾テロが起きるような“普通の国”がお好みの方々には意味のない話ですけどね。

*1:実際にどの程度の可能性があるかは問題ではなく、関係各国の担当者がどう評価しているかという問題で、軍事政策者にありがちな敵の脅威を過大に見積もり、味方の能力を過少に評価する傾向などを踏まえる必要があります。

*2:ミサイル防衛導入の頃、こういった問題を非核反戦団体が指摘していましたが、「ミサイル防衛は防衛のためのもので攻撃ではない」と言った詭弁がまかり通りました。ネット上では軍オタ系ネトウヨがこれに同調していました。