「米軍慰安婦に関する海外の報道と反応」というニセ科学に騙されないために

こんな増田がありました。
米軍慰安婦に関する海外の報道と反応

2014年6月25日に韓国の基地村慰安婦が韓国政府を相手に提訴しましたが、海外で報道されていないと増田はご不満な様子です。日本軍慰安婦についてはバイアスかけて報道しているくせに自分たちに関わる問題だと意図的に報じていない、と言った論調で、こんな感じです。

欧米メディアは「人権侵害を認めよ」と強い態度で日本を批判しつづけてきたが、自分たちに振りかかる問題、あるいは「日本の残虐行為」というフレームワークから外れた事件に関しては全く報じないということだ。
これは戦略的に報じてないとか、圧力がかかっているということも当然陰謀論抜きで考えられるし、単にこの「米軍慰安婦」が何を意味するのか掴みきれていないということも考えられる(その確率が高いと僕は考えている)。
何しろ、欧米メディアの慰安婦の捉え方というのははっきり言ってバイアスがかかっていて、韓国の研究者でさえ否定する「20万人の主に韓国人が日本軍によって強制的に性奴隷にされた」という情報を伝えているところが多数であるからだ。
背景は色々考えられるが、いずれにしろ、欧米メディアが米軍慰安婦訴訟を伝えなかったことには変わりはない。

http://anond.hatelabo.jp/20140702232542

さて、そもそも提訴自体が6月25日で7月2日時点で、海外で報道されていないのは「戦略的に報じてないとか、圧力がかかっている」とか考えるほど遅いのか、と言うとどうもそうは思えないんですよね。
大体、この増田は日本軍慰安婦の問題に関して、どの程度海外で報道されていると思ってるのでしょうか。
例えば、慰安婦問題を捏造扱いし関連書籍を捏造扱いした橋下一派に対して吉見教授は2013年7月26日に提訴していますがこれはNew York Timesでは報道されていません*1し、それより歴史的にさらに重要な金学順氏らによる日本政府に対する提訴は1991年12月6日ですが、これもNew York Timesでは報道されていません*2New York Times慰安婦問題で報道したのは、1992年1月14日で、日本政府が慰安婦制度に関与していた資料が発見されたことに対してです。

これらを踏まえると、今回の基地村慰安婦らによる韓国政府提訴について海外メディアが報道しないのは取り立てて騒ぐようなことではないと言えるでしょう。
言うまでもないですが、韓国内ではかなり報道されています。
ついでに言うなら、日本軍慰安婦問題は日本と韓国などの諸被害国との外交問題になりうる事案であって欧米にとってそれなりの関心が生じますが、現時点での基地村慰安婦問題は韓国人被害者が韓国政府を訴えるという韓国国内の問題に留まっており、海外が興味を持って取り上げるインセンティブに欠けるという面もあります。
さらに決定的なのは、現時点では「提訴」であって、判決はおろか被告である国側の反論も出ていない状況ではニュースバリューに著しく欠けるわけで、この時点で海外メディアが報道しないこと不思議がる方が不思議です*3

何しろ、欧米メディアの慰安婦の捉え方というのははっきり言ってバイアスがかかっていて、韓国の研究者でさえ否定する「20万人の主に韓国人が日本軍によって強制的に性奴隷にされた」という情報を伝えているところが多数であるからだ。

http://anond.hatelabo.jp/20140702232542

このあたりは、増田の勝手な思い込みでしかありませんね。
そもそも、20万人という被害者数は妥当な推定の範囲ですし、韓国人*4が多かったというのも良く知られた事実ですし、意に反した売春を強要されたのも事実で、その売春システムの元締めとして日本軍が存在していたのも事実です。「韓国の研究者でさえ否定する」というのは、一体どの研究者がどのように否定しているのか不明ですが、前記した意味での情報であれば否定している研究者がおかしいだけです。そのような情報を伝えている「多数」の「欧米メディア」とは一体どこなのか、どのように「バイアスがかかって」いるのか、その認識自体が増田のバイアスではないのか、と言いたいところです。

結局のところ、ある種のフレームワークが作られてしまうとそれをひっくり返すのは困難だ。
「人権侵害」というフレームワークを持っている米軍慰安婦訴訟が起きれば、これまでの「日本のみが慰安婦制度なるものを使った唯一の悪」というフレームワークが壊れるかと思っていたがそうでもないようだ。
既存のフレームワークを壊すような事件が起こったとき、それをどのように報じるか。それがメディアの役割だと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20140702232542

ここも馬鹿げた認識で「「日本のみが慰安婦制度なるものを使った唯一の悪」というフレームワーク」など増田の脳内にしか存在しないものを持ち出されてもね。「「人権侵害」というフレームワーク」はそのまま存在しているのですから、今回の訴訟で被告である韓国政府が日本政府同様の正当化を図るようなら、そこで非難すべきでしょう。
「既存のフレームワークを壊すような事件」というのは増田の脳内にのみ存在する「「日本のみが慰安婦制度なるものを使った唯一の悪」というフレームワーク」を前提としているので的外れな主張でしかありません。
一番重要なのは「「人権侵害」というフレームワーク」で基地村慰安婦も日本軍慰安婦も理解することであって、被告である韓国政府がどのように対応するかに留意しつつ安倍政権に対して日本軍慰安婦問題における日本政府の責任を追及するべきだということです。

もちろん、増田が日本軍慰安婦問題をちゃんと「「人権侵害」というフレームワーク」で理解し日本政府の責任と認識していれば、の話ですが。


参考

RussiaTodayの報道

Former 'comfort women' serving U.S. military file damages lawsuitJune 28, 2014

By TORU HIGASHIOKA/ Correspondent
SEOUL--A group of former South Korean “comfort women” who served in government-controlled brothels for U.S. soldiers filed a suit here, demanding state compensation for forced prostitution.
It is the first such legal action in the context of brothels sanctioned by the South Korean government for the U.S. military.
The plaintiffs are seeking 10 million won (1 million yen, or $9,850) in redress for being forced to serve as “U.S. military comfort women” after the Korean War ended in 1953.
The suit, filed in the Seoul Central District Court on June 25, claims that the South Korean government controlled the women's activities and infringed on their human rights.
According to a citizens group supporting the plaintiffs, the women were forced to provide sex to U.S. servicemen in government-designated “special areas” around U.S. military bases in South Korea since 1957.
The group claims that the women's activities were controlled by the government, which also required them to undergo mandatory medical checkups for sexually transmitted diseases. They also claim the existence of government-run camps to accommodate women infected with STDs.
The plaintiffs demanded that the government conduct an investigation to disclose the historical facts and issue an official apology.
By TORU HIGASHIOKA/ Correspondent

http://ajw.asahi.com/article/asia/korean_peninsula/AJ201406280035

補足

この増田のような論法を見たときにまず確認するべきなのは、対象事件(今回の場合、基地村慰安婦の提訴)が海外で報じられているかどうか、ではなく、同様の事件(例示したのは、吉見氏の提訴(2013)と金学順氏の提訴(1991))の時に海外でどうだったか、です。
要するに、適切な対照群が選択されているかどうか、を調べるべきというニセ科学に騙されないためのガイドラインに準じた判断が必要です。
増田記事では、基地村慰安婦に対する海外報道を槍玉に挙げるための対照群として、日本軍慰安婦の海外報道を出していますが、提訴されてからわずか1週間の反応と、1991年の提訴から20年以上経っている日本軍慰安婦の反応とを比較するのは、期間においても問題の性質(提訴と政府見解を否定する証拠発見、ではニュースバリューが全く異なる)においても適切ではないことにはすぐに気付いてほしいところです。

この記事では、基地村慰安婦に対する海外報道の対照として、吉見氏による提訴に対するNYT報道、金学順氏提訴に対するNYT報道を置いて比較したわけで、その結果別段、基地村慰安婦に対する海外報道が特異的であるとは言えない、という結論を出しています。

ニセ科学の見分け方は割りと最近ホットな話題だったはずなので、ちゃんと応用できるようにした方がいいと思います。


yasugoro_2012さんが関連記事を挙げていました。
英語メディアで報道されたニュースが日本語メディアで見かけないこともある。
この中の「自分達が高い関心を持っている話題がメディアに報じられないからと言って直ちに、報じないメディアを批判するのは筋悪だろう」も確かにその通りですね。

追加(2014/7/15)

7月11日付けで「Former Korean 'comfort women' for U.S. troops sue own government」という記事がロイターに出ています。提訴が6月25日ですから、2週間で海外で報道されたというのは、まあ早いほうでしょうね。

*1:2013年7月26日〜8月26日の期間で「comfort women」で検索

*2:1991年12月6日〜1992年1月6日の期間で「comfort women」で検索

*3:この点、金学順氏らによる提訴は、その半年前(1990年6月6日)に日本政府が「従軍慰安婦は軍・国家と関係なく、民間業者が連れ歩いたもの」と発言するなど提訴時点での日本政府の反応が明確だったわけですが、それでもNYTでは特段取り上げられていませんでした。

*4:朝鮮人