中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性

尖閣だとか朝鮮半島だとか台湾だとか、まあそういう危機感もないではないんでしょうが、中国にとってみれば当面の火薬庫である南シナ海で紛争が起きたときに日本“軍”が介入してくることを当然に想定することになりました。
中国がベトナムやフィリピン、ことによるとマレーシアあたりと小競り合いを起こした際に、日本軍が介入して火種を拡大させる懸念ですね。特にフィリピンは歓迎しているようですが、それはそうでしょうね。フィリピンにとってみれば、日本は中国との対立を煽っているのだからいざという時は助けてくれるという保証が必要です。でなければフィリピンが中国と武力紛争に突入したもののどこからの協力も得られずフィリピンだけが貧乏くじを引くことになりかねません。安倍政権が集団的自衛権を容認したということは、フィリピンと中国の間で紛争が起きた際に日本が憲法を理由に派兵を断らないと宣言したに等しく、フィリピンとしては歓迎して当然と言えます。

 フィリピンは集団的自衛権の行使容認に対する支持をいち早く表明した。アキノ大統領は6月24日の安倍首相との会談で「警戒感は抱かない」と明言した。東南アジア諸国連合ASEAN)では領有権を巡る中国の挑発に対する警戒感が広がっており、一部の国では日本が安全保障面で存在感を高めることへの期待は根強い。

http://www.nikkei.com/article/DGXNZO73652930S4A700C1FF2000/

しかし、この宣言は一方でフィリピン政府から外交的慎重さを失わせる可能性があります。もし紛争が生じても日本が支援してくれるという安心感は対中外交において強気に出る動機付けとなり、結果として中比間の緊張を高めることになるでしょう*1。もし仮に南シナ海の離島を巡る中比紛争が勃発した場合、フィリピンは国際社会に支援を要請するでしょうが、常任理事国である中国に対する武力行使を容認する国連決議が出ることはまずありえませんので、国連憲章第51条に基づく自衛権を発動させることになります。

第51条〔自衛権
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国が措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

https://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/unch.htm

この国連決議の無い状態で、フィリピンが日本に対して対中軍事支援を要請してきた場合にどうするか、という問題が生じます。2014年6月までは1972年10月14日に出された見解である「我が憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、我が国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」(第69 回国会参議院決算委員会提出資料 昭和47 年10 月14 日)との解釈により要請を断ることが出来ました。
しかし、今後は中比紛争に日本軍が武力介入することが可能になります。

(2014年7月1日閣議決定
 (3)これまで政府は、この基本的な論理の下、「武力の行使」が許容されるのは、わが国に対する武力攻撃が発生した場合に限られると考えてきた。しかし、冒頭で述べたように、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等によりわが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、わが国の存立を脅かすことも現実に起こり得る。
 わが国としては、紛争が生じた場合にはこれを平和的に解決するために最大限の外交努力を尽くすとともに、これまでの憲法解釈に基づいて整備されてきた既存の国内法令による対応や当該憲法解釈の枠内で可能な法整備などあらゆる必要な対応を取ることは当然であるが、それでもなおわが国の存立を全うし、国民を守るために万全を期す必要がある。
 こうした問題意識の下に、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、わが国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201407/2014070101067

安倍政権は2014年7月1日閣議で、1972年10月14日見解を事実上破棄し、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」に他国間紛争に武力介入することが可能になりました。平和憲法が事実上放棄されたわけですが、産経新聞や読売新聞といったメディアは歓迎しています。
もちろん、フィリピンが日本に対中軍事支援を要請してきても断ることも理論上はできます。
しかし、断るということは、フィリピンに対して“わが国と密接な関係にはない国”、“フィリピンが攻撃されても「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」はない”と宣言するということになります。要するに、“南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージを日本からフィリピンに伝えるのと同義です。
その結果、フィリピンが離島の領有権を諦め中国と領有権について合意してしまえば、日本は中比紛争に介入することなくやり過ごすことができます。しかし、その場合、フィリピンは二度と日本を信用しなくなり、むしろ中国に傾斜していくでしょうし、フィリピン以外のベトナム、マレーシアと言った国も安全保障上、日本をあてにしなくなるでしょうね。散々、対中包囲網を煽っておいていざとなれば逃げ出す国、とレッテルを貼られ東アジアの地域大国の座は中国に奪われてしまう、と、そう考える政治家・軍人が日本政府内にいれば、中比紛争への介入を主張することになります。
というより、国際関係論における「現実主義」で考えれば、日本には中比紛争に介入する以外の選択肢はありません。必死でアメリカやベトナムなどを巻き込んで介入しようとするでしょう。その際にはフィリピンは「わが国と密接な関係にある他国」であり、中比紛争「によりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」と表明することになります。公明党の「成果」(笑)である制約など何の役にも立ちません。

これにてめでたく、日本は他国と戦争する普通の国にレベルアップし、多数の自衛隊員の戦死者と他国の兵士や民間人死者を出すことになります。戦死者は靖国神社に合祀され、首相の靖国参拝に反対する声は「非国民」との非難に圧殺されることになるでしょう。ついでに紛争介入と共に、憲法改正の声が高まり、平和憲法は名実共に消滅することになるでしょうね。

状況要約

尖閣有事、半島有事、台湾有事、あるいは中東・アフリカへの派兵よりも、むしろ中比紛争への介入の方が可能性としては高いと思います。
フィリピン単独であれば中国との武力衝突を回避しようとする判断も働くでしょうが、安倍政権の集団的自衛権容認によって日本の軍事的後ろ盾を得たとフィリピンは解釈し容認以前よりも対中国で強気に出る可能性が高まります。
フィリピンの強気姿勢が中国にとって容認可能なレベルを超えれば、現在の中越間のような緊張状態かそれ以上の事態へと推移するでしょう。
武力衝突に至った場合、フィリピンは日本に支援を要請するでしょうが、日本がこれを拒絶することは政治・外交的に困難です。
かくして中比紛争への武力介入へと至ります。

もっともフィリピンがもう少し理性的に行動して中比紛争を回避すれば良いのですが、結局日本が武力介入するかどうかの事実上の主導権は既に日本の手から離れているという状況には変わりありませんね。

集団的自衛権を容認したからと言って戦争になるわけじゃない、とか言っている人は

南シナ海の離島の領有権を巡って中比紛争が生じる可能性はないと思ってます?
それとも、中比紛争が起きてもフィリピンは日本に支援を求めないと思ってます?
それとも、フィリピンが支援を求めても日本は応じないと思ってます?

*1:いわゆるモラル・ハザードですね。