冷戦末期から兵員数を半分に減らした上で徴兵制を廃止したドイツと一貫して兵員数を変えていない日本では事情が異なる

ドイツなどを挙げて徴兵制は廃止する傾向にあるから、日本でも徴兵制はありえないという主張がありますが状況がまるで違うので比較できるものではありません。
冷戦末期の1990年におけるドイツ連邦軍兵士数は約52万人でした。徴兵制でなければ到底確保不可能な人数です。これが2011年には22万人にまで減りさらに18.5万人にまで減っていきます。冷戦末期の3分の1近くまで削減された状況で徴兵制の廃止が決まっています*1。志願制でも人数確保できるという見通しがあれば、軍事的に徴兵制は必要ありません。
社会的・政治的には、市民の参加する徴兵制は軍隊の暴走を抑止する役割がありますから、一概に軍事的理由だけで決まるわけではありませんが*2、安全保障環境というものが徴兵制の有無の重要な要因になることは間違いありません。

徴兵制が非合理的だという主張は間違いだらけであり、何度も指摘済みですのでここでは省略します。
興味ある方は下記記事を読んでください。
徴兵制って別に軍事的合理性がないわけじゃないと思いますが。
徴兵制に関すること
「なぜ徴兵制が現実的ではないのか?」といって挙げている内容が現実的でない件

さて。
翻って日本の自衛隊ですが、兵員数は1990年以前から一貫して22〜25万人程度で若干漸減傾向で推移しています。兵員構成のアンバランスや兵員の高齢化という問題があるものの、現状傾向を維持するなら別に徴兵制を導入する必要性は薄いと言っても大過ないでしょう*3。しかし、徴兵制非合理論者が見落としている、というかあえて避けているのが安全保障環境の変化です。

もちろん、中国やロシア、北朝鮮との関係が改善して日本周辺の安全保障環境が改善されるのであれば、自衛隊は現状のままか削減しても問題ありません。しかし、徴兵制非合理論者の多くは、日本周辺の安全保障環境が悪化していると散々主張してきた人たちです。不思議なことに、この手の人たちは、日本周辺の安全保障環境の変化が与える徴兵制の必要性への影響については一切語りません。

周辺国の脅威が増加した場合や自国軍の役割が拡大した場合に必要な軍備の変化について検討を避ける人たち

ある意味「平和ボケ」とも言えます。
中国や北朝鮮の脅威を実態以上に煽ってきた人たちは、もう少し自身の言動に責任を持つべきです。私は過去数十年にわたって年5兆円規模の予算で装備を拡充してきた自衛隊は、現状拡張している中国軍に対峙できないほど弱体だとは思っていませんし、軍隊規模として見る限り中国や北朝鮮が脅威だとも思っていません。ですが、中国や北朝鮮を脅威だと言い募ってきた人たちはつまり、今の自衛隊では駄目だと言っているわけですから、何らかの軍拡が必要だと言っているに等しいわけです。
22〜25万人規模の自衛隊で人数的に足りるのか、足りないのか、人数を減らして装備を更新するか、人数そのままで装備を更新するか、人数が足りないとすれば不足分は志願制で賄えるのか、賄えないのか、それらについて冷静に先入観なしに語るべきでしょう。
もっとも、日本が個別的自衛権のみ認める状態であれば、兵員数よりも海空装備の充実の方が防衛上の有意義でしょうね。ただ、その場合は無駄な陸自要員はリストラして予算の圧迫を軽減すべきですが、そういった主張も徴兵制非合理論者界隈からはほとんど聞きません。

重要なのは集団的自衛権容認によって自衛隊の任務の性質が変わる点です。海外派兵の可能性が飛躍的に高まりますし、湾岸地域の警備駐屯など陸自要員が多数必要な任務もありえます。集団的自衛権容認への賛否はともかく、現に戦闘が行われていない地域に広範囲に駐屯する場合、陸自要員が大量に必要になることくらいは理解できるでしょう。
そういった場合に、22〜25万人規模の自衛隊で人数的に足りるのか、足りないのか、人数を減らして装備を更新するか、人数そのままで装備を更新するか、人数が足りないとすれば不足分は志願制で賄えるのか、賄えないのか、それらについても冷静に先入観なしに語るべきでしょう。

現在の自衛隊には兵卒クラスは4万人足らずであり、任期制自衛官に限定すればわずか1.7万人程度です。3万人程度の駐屯を“日本を守ってくれる大事な同盟国”から求められた場合、30代・40代の下士官クラスばかり送り込むのか、下士官・兵同数で送り込むのか、日本国内の兵卒をほとんど空にして兵を送り込むのか、一体どう考えているのでしょうか。

どうも徴兵制非合理論者は、徴兵制否定という先入観だけで論理を後付けでこじつけているように見えてなりませんね。

ちなみに自衛隊の士官・下士官・兵の比率の年次推移については以下にまとめていますので、先入観だけ反論する前に読んでおくことをお勧めします。
低い充足率に合せるように定員を減らすも現員も減ってしまう“いたちごっこ”

と言っても理解できないでしょうけどね。自分の頭で考えられない人は周りのネガコメ見て安心してDisるということを平気でやります*4が、周りのネガコメも何も考えていないので、集合無知としか言いようがなかったりするわけですが。

*1:「ドイツおよびスウェーデンの防衛産業政策に関する調査ミッション報告」2012 年2 月22 日(社)日本経済団体連合会 防衛生産委員会」

*2:ドイツ軍の役割が国防から海外派遣にシフトしている点も徴兵制から志願制にする理由の一つと言えます。つまり、国防は国民の義務だが海外での武力行使までは義務ではない、という考え方です。海外派遣が主目的の軍隊を義務兵役で賄うのはおかしい、どうしても必要ならば志願兵で、という考え方ですね。

*3:厳密に言うと、兵員数を大胆に減らすか新陳代謝を図るかして構成のバランスをとる必要はあり、場合によっては徴兵しないと賄えない可能性はあります。

*4:自分の頭で考えられない例:「hima-ari なるほどなーと納得しかけたけど、ブコメ見て即刻手のひらクルーした。そういや太平洋戦争ってめっちゃ外征してたね。戦線延ばす気が無いなら兵卒ばっか居てもしゃーない。 2014/07/20」http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/scopedog/20140718/1405705378