日本が集団的自衛権行使容認したことを中国以外が歓迎するのは当たり前の話

アメリカが尖閣日米安保の適用範囲と明言したことに対して日本政府や右派が喜んだのとほぼ同じ論理です。
フィリピンやベトナムなど中国との国境紛争を抱えている国で、日本・アメリカとのつながりが強い国では、有事における日本軍の支援が期待されることになりますから、当然歓迎されます。何より安倍政権は露骨に中国を敵視する政策を続けているわけですから、集団的自衛権行使容認=フィリピンやベトナムの後ろ盾、と理解されているわけです。
中国と直接対峙していない、あるいはそれほど対立が激化していない国にとっても、日本が介入できるようになったことは対中交渉の上でのオプションが増えるわけですから拒否感を示す必要性がありません。
中国とほとんど関係ない国にとっても、世界各地の紛争地へ軍を派遣して出血を強いられてきた国にとっては自国の負担を減らすことが期待できるわけですから歓迎します。
要するに日本以外の国のために日本人が代わりに血を流すことを日本政府が勝手に国内事情で宣言したわけですから、ほとんどの他国にとっては何のコストもかけずメリットだけ発生するおいしい事案であり反対する理由がないわけです。なので“海外では歓迎されている”という主張は、至極当然の話です。日本が前のめりで日本人の血を安売り(というかただでばら撒くに等しいですが)したわけですから、他国の国益という観点から見ればそりゃ歓迎されますよね。
産経新聞などの右翼メディアは「中韓除く環太平洋諸国は支持 周辺国反対論の「虚像」2014.8.3 13:12」などと報じるわけですが、まあその辺のところを理解していないというか無視しているわけですね。

ただ、日本の国益という点から見れば、わざわざ日本人の命を危険に曝すに値するメリットはあるのか、と言う話になりますが、まあ、愛国心を煽ることで国民の命の値段をダンピングするのはよくやられてきたことですから、日本と言う国家にとって日本人の命の値段は10年前・20年前に比べれば安くなっているのかも知れませんね。
その日本国民の命のリスクと引き換えに日本は何を得たのかと言うと、東アジアでの対中包囲網形成に向けた関係国の日本傾斜という外交的メリットくらいです。これをメリットと見るかどうかは考え方によるので何とも言えませんが、中国封じ込めや東アジア地域覇権掌握を絶対視する考え方を取るならメリットと言えるでしょうね。中国包囲網を夢見る安倍政権にとっては当然メリットだと認識しているでしょうし、だからこそ解釈改憲を強行したわけでしょうが。
結果として何が起こるかと言えば、可能性が高いのが東アジアの二極化です。日中双方とも関係国を自陣営に引き込もうと画策し、連携を強化し、結果として二極化した冷戦構造が出来上がると。もっともアメリカの影響によっては二極化が阻止される可能性は少なからずありますが、二極化が進む可能性の方がやや高いように思います。二極化しても冷戦のまま安定する場合もありますが、小事件が連鎖して全面対決になる場合もあり、予測は困難です。開戦から100年というのもあるでしょうが、日中関係第一次大戦前と比較されるのは、小事件から全面戦争へ発展という構図が懸念されるからでもあります。
第一次大戦の時は、ほとんどの列強は全面戦争など望んでいませんでしたが、サラエボ事件から連鎖する動きを止めることができずに大戦に突入したわけです。小事件が大戦へと連鎖した原因の一つが、強固な同盟関係でヨーロッパが二極化していたこと、もう一つが硬直した軍事計画です。オーストリアセルビアに宣戦するとロシアが総動員を開始し、ドイツはロシアに宣戦布告し、シュリーフェン計画に基づきベルギー・フランスへと侵攻を開始しました。三国同盟三国協商といった強固な同盟関係とシュリーフェン計画のような硬直した軍事計画が、参戦の連鎖の大きな原因ですが、日中二極化や中国脅威論というのはこれに近い構造を作り上げる傾向にあります。
これらの構造が必ずしも全面戦争へと至るわけではありませんが、その危険性は少なからずあるわけです。

さて、先にあげた産経新聞に「中韓除く環太平洋諸国は支持」とあるように、中国・韓国では集団的自衛権容認が支持されていません。中国が支持しないのは、集団的自衛権行使容認が対中包囲網を目的としているわけですから言うまでもなく当然ですが、韓国が支持しないのはなぜでしょうか。
嫌韓バカに言わせれば「反日だから」となるのでしょうが、そんな下らない理由ではなく、日本の集団的自衛権行使が想定される事態というのが自国本土を巻き込む事態であり、そこへ外国軍が介入してくることを事前宣言するに等しい集団的自衛権行使容認が歓迎されないのが普通です。理由は大きく二つあり、ひとつは現状の対峙状態における戦力均衡を崩すことにつながる懸念です。朝鮮半島で言えば、半島有事の際の日本軍介入の宣言は北朝鮮が軍備を増強する理由になり、それに韓国側も対応を迫られるわけで戦力バランスが安定するまで無駄な労力を強いられることになります。
もう一つは、米軍のように以前から協力関係が続いており有事の際の対応などが計画準備されており、北朝鮮もそれを織り込んでいる外国軍と違って有事計画の蓄積のない日本軍が介入してくる場合についての検討を強いられることです。日本軍と韓国軍が政軍レベルで有事対応の協調を時間をかけて準備してきたならともかく、勝手に有事の際に介入する可能性を示されれば*1歓迎されないのが当たり前です。もっとも安倍政権が韓国国民から嫌われているおかげで、韓国政府・軍が反共世論に押されて日本の集団的自衛権行使容認を歓迎し、北朝鮮との緊張を高めるようなことにはならずに済んでいるわけですが。
産経新聞は上記記事のタイトルに挙げていませんが、韓国と同様の事情は台湾にも存在し、台湾も日本の集団的自衛権行使容認には批判的です。

台湾で誤解氾濫、支持広がらず 集団的自衛権「アジアの安全を破壊」

2014.7.11 08:26
 【台北=田中靖人】日本政府が集団的自衛権の行使容認へ憲法解釈を変更したことに対し、台湾では当局や「知日派有識者の間でも支持が広がっていない。日本の新方針は「台湾有事」に来援する米軍への効果的支援を可能にし台湾の安全にも寄与するとみられるが、歓迎の声は小さい。閣議決定への誤解に加え、日中間の対立に巻き込まれる懸念や安倍政権への偏見が背景にありそうだ。
 「集団的自衛権はアジアの安全を破壊する」「反動安倍政権を打倒せよ」
 台北市内にある日本の対台湾交流窓口機関、交流協会台北事務所(大使館に相当)前で7日、反日デモ隊約100人が声を上げた。一部は安倍晋三首相の肖像を破り捨て、火を付けた。
 日本の閣議決定後、台湾当局が反応したのは現地時間で翌々日の3日。外遊中の馬英九総統が「関心」を表明したが、同時に日中の衝突への懸念も示した。1996年、日米安保条約のアジア太平洋地域への「拡大」を意義付けた日米安保共同宣言の発表直後、外交部(外務省)が「地域の平和と安全に積極的な意義を有する」と歓迎の意を表明したのとは対照的だ。
 台湾大で5日にあったシンポジウムでも知日派とされる識者3人が「日本は平和憲法を捨てた」「安倍首相は軍拡競争のパンドラの箱を開けた」と批判。馬政権で安全保障担当の高官を務めた一人は、台湾有事は「米中の直接対決で、日本の集団的自衛権は重要ではない」と切り捨てた。台湾紙の中国時報は、日本が「専守防衛」から「先制攻撃(主義)」に転換したかのような見方を紹介した。
 一方、野党、民主進歩党系のシンクタンク「新台湾国策智庫」などは7日、記者会見で、元駐日代表らが「アジアの平和に対する貢献は大きい」と評価した。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140711/chn14071108260003-n1.htm

韓国にせよ台湾にせよ、有事の際には最前線になりますので、どちらも有事を回避したいと思っているわけです。いずれも経済発展が進んでおり、今さら本土を巻き込む紛争など起こしたいとは思っていません。半島統一や国共合作が急速に進むことには拒否感があっても、対立を激化することも避けたいわけで、事実上は現状維持を望んでいると言っていい状況です。フィリピンにせよベトナムにせよ、あるいは日本にしても、争っているのは絶海の孤島で、そこで武力衝突が起きたとしても中東での紛争のように多数の民間人が犠牲になる事態というのはまず考えられません。紛争勃発が、ハノイやマニラ、東京への砲撃・空襲に直結するわけではない、フィリピン、ベトナム、日本とは、有事に対する危機感が異なります。

どうも、集団的自衛権行使容認に対する韓国の反応を、韓国自身の安全保障環境を踏まえずに民族差別に満ちた視点で侮辱的に評価する論調が強いように感じますが、そういう冷静さが日本社会から失われているのはかなり危険だと思いますね。

*1:あるいは、半島有事の際に在日米軍の出動の妨害まで示唆するような言動が