連行時の直接的な強制性しか見ない日本、連行から使役全体を通じた強制性を見る韓国

日本で慰安婦問題に言及する場合のほとんどにおいて、強制連行とは連行時の直接的強制のみを指し、それ以外は問題としない傾向が極めて強く存在します。したがって、騙されたり、威圧によって同意せざるを得ずに慰安所に連れて行かれ日本兵相手の売春を強要される行為に対して、多くの日本の論者はそれが何の問題もない行為であるかのように無視します。
「AV出演を強要される被害」など被害とみなさない自民党と池田信夫」で書いた通り、日本では欺罔によるものであっても契約書にサインさせれば意に反する売春・AV撮影であっても合法なものと許容されてしまいます。例えばこんな感じです。

写輪眼のアオイ
‏@dentsu ·8月18日 契約の項目に書いてあるなら騙されてない。
「AV出演を強要される被害」など被害とみなさない自民党池田信夫 - 誰かの妄想・はてな版 ((id:)scopedog) http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20140818/1408380738

https://twitter.com/dentsu/status/501482480294043648

この日本的論理で言えば、岡山での少女拉致事件は問題だが、姫路での少女誘拐事件*1は問題だとは認識できません。岡山の事件でさえ、問題として認識されるのは、少女を連れ去った行為のみであり、その後自宅に監禁し続けたことは問題とされません。それが日本的あるいは安倍政権的論理です。
連れ去り時に強制力が用いられたかどうかだけが問題であり、それ以外では何が起きようと関係ないという論理、それが慰安婦問題において「強制連行」の有無だけにこだわる人たちの論理です。

まともな認識を持っていれば、この日本的論理が間違っていることは容易に理解できるでしょうが、安倍政権を支持しているような人にまともな認識を期待しても無駄でしょう。

そういう人は以下のニュースを見て嘲笑します。

慰安婦強制連行、十分な証拠ある」 韓国大使、ワシントンのシンポジウムで発言

2014.8.20 12:10 [「慰安婦」問題]
 韓国の安豪栄駐米大使は19日、米シンクタンクがワシントンで開いたシンポジウムで、慰安婦の強制連行に関し「十分に確立された数多くの証拠がある」と述べ、疑念の余地はないとの考えを示した。
 慰安婦を「強制的に動員した証拠はない」とする日本人記者の質問に答えた。安倍政権が1993年の河野洋平官房長官談話を検証したことには「少なからず失望した」と述べた。
 同時に、対立が続く日韓関係の修復には「日本の指導者による行動」が不可欠だと指摘。安倍晋三首相が慰安婦問題の解決に向けて指導力を発揮するよう求めた。(共同)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140820/kor14082012100004-n1.htm

1993年に韓国の慰安婦支援団体が出した報告書には以下のように書かれています。

 当時の国際慣例に従い、「詐欺、暴行、脅迫、権力濫用、その他一切の強制手段」による動員を強制連行であると把握するならば、本調査の19名のケースは殆ど大部分が強制連行の範疇に入る。本調査は、暴行、脅迫、権力濫用を一つに括って暴力的手段による動員と分類し、その他に就業詐欺、誘拐拉致、身売りの場合に分けてみた。暴力による連行は、軍人や憲兵により行われた場合が大部分であり、軍属とみられる(国防色の国民服を着た)人による場合もあった。就業詐欺は、大部分日本に行けば良い仕事を得ることができるという話に誘われたケースであり、最も多くの部分もを占めている。これは大部分民間人によって行われたが、官(官、班長)や町内会の人の勧誘による場合、軍人と軍属によって行われた場合もある。誘拐拉致や身売りの場合も民間人による場合が多かったが、軍人が行った場合もある。民間人による連行の場合にも、軍が船やトラック等の交通の便宜を提供したり、途中で軍人が慰安婦たちを体系的に強姦する等、軍隊の干渉と統制が加えられた。また、軍が慰安婦「募集過程での騒ぎを防ぐため、募集を行う者の人選に慎重を期すること」と明記した軍文書から見て、募集を行った民間人も軍で指定または許可をした者であるものとみられる。このような事実は、慰安婦募集に全般的に軍隊が体系的に介入したという事実を明らかにしている。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20140310/1394384568

韓国側の認識としては、「「詐欺、暴行、脅迫、権力濫用、その他一切の強制手段」による動員を強制連行である」というもので、連行時の直接的強制の有無のみで判断してはいません。そしてこれは韓国だけではなく国際的な認識でもあり、日本でさえ、慰安婦問題以外ではそのように認識しています。
日本では、慰安婦問題の場合のみ選択的に非常識に狭い解釈が適用され、問題の所在は連行時のみに限定されてしまいます。その異常な認識に立って、韓国側の発言を嘲笑しているのが今の日本人の姿です。

ちなみに河野談話当時の日本人は今ほど異常ではありませんでした。

(1993年8月5日 読売新聞)
 また、同じ「強制」という言葉でも、日本と韓国では解釈の違うこともわかった。
 民間業者による元慰安婦の募集(徴用)の実態は、(1)力ずくで無理矢理連れていかれた(2)言葉巧みにだまされた(3)ある程度の自由意志はあったが、仕方なく応じた―などと、程度に応じて分類できる。日本では、旧軍人らが(1)のみを強制連行としたいのに対し、韓国側は広く、(2)と(3)も当然、強制性があると訴えたのである。

http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20130804/p2

「旧軍人らが(1)のみを強制連行としたい」という表現は異常な解釈にこだわったのが一部であることを示しています。当時“一部”だった異常な認識は今や日本のマジョリティと化しています。

慰安婦強制連行、十分な証拠ある」と韓国側が主張する時、それは「「詐欺、暴行、脅迫、権力濫用、その他一切の強制手段」による動員」、意に反した売春強要を指しており、それは当然に「十分な証拠ある」と言えるわけです。
もちろん、“韓国人は自ら望んで売春した”と主張する極右否認論者はそれを否定するでしょう。
しかしそれ以上に問題なのは、慰安婦は意に反する売春を強いられた被害者であるという認識を持っているはずの論者でさえ、“なぜ韓国は強制連行にこだわるのか”と嘯き慰安婦問題の人権侵害性を訴えるよりも強く強制連行否定の主張を行い、事実上、極右否認論者と同じ側に立って排外差別を助長している点です。

「強制連行」という語の意味にずれがあるにも拘らず、日本側の意味のみを採用し“強制連行は無かった”論に与する*2、それも慰安婦問題は人権問題であると認識している論者がそれをする、そしてそれを誰も指摘しない。まあ、日本の論陣はほぼ終わってると言うしかありません。
まあ、個々の論者にも生活があるわけで、安きに流れるのを責めても仕方ないのかも知れませんが、日本の知識人層がまるでアルツハイマー患者の脳細胞のごとく徐々に死滅していく様をただ見ているしかないのは何とも辛いことですね。

*1:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140807-00000517-san-soci 「「中3女子失踪2週間」監禁、自力脱出…“無関心”学校は何も知らなかった」この事件では普段から容疑者宅に遊びに来ていた少女が帰宅させてもらえなくなり監禁されています。

*2:もちろん、日本側の意味に限定しても強制連行はあったわけですが、それへの言及もほとんどされません。