資料を読まない人、読解力のない人

随分前の記事にコメントをつけてきた人がいるのですが。
吉元玉氏の場合

あ 2015/02/10 15:54
非常に亀で申し訳ありません。
上のほうで >>「従軍慰安婦」が申し出てやめたという記録が有ります?
と言われるかたがありましたので、せっかくですからお答えしておきます。
『日本軍慰安所管理人の日記』
http://www.naksung.re.kr/xe/index.php?mid=sepdate&document_srl=181713
(下の方にPDFファイルがあるので、興味があればみてね)
この中では、20人程度の慰安所
3月3日慰安婦の○子とお○の二名が廃業
などなど、10人程度がおやめになって帰国しています。
あと、有名なMyityinaの米軍の調査報告でも
Some of the girls were thus allowed to return to Korea.
と、借金を返済してお帰りになったことが記録されています。
「辞める自由が無かった」のになぜでしょう。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20130521/1369146929

どうしてここまで読解力が無いのか不思議ですが、赤猫さんのコメントは娼妓取締規則に言及したうえで「「従軍慰安婦」が申し出てやめたという記録が有ります?」と聞いていますので、当然に借金完済などの条件なしに辞めることができたのか、という質問を意味することくらい理解できないのでしょうか。
なので「借金を返済してお帰りになったことが記録されています」とか言われても、はあ?って感じですし、そもそも“allowed to return”は、帰国が許されたという意味で、実際、この報告書で言及されている慰安婦は帰国しなかったんですけどね。
従軍慰安婦関連資料集成5」26.調査報告書 No.120の「AMENITIES IN THE JAPANESE ARMED FORCES」(1945年11月15日)「II AMUSEMENTS、9.Brothels、b.BURMA」には次のように書かれています。

When a girl is able to repay the sum of money paid to her family, plus interest, she should be provided with a free return passage to KOREA, and then considered free. But owing to war conditions, no one of prisoner of war's group had so far been allowed to leave; although in June 1943, 15 Army Headquaters had arranged to return home those girls who were free from debt, and one girl who fulfilled these conditions and wished to return was easily persuaded to remain.

http://ameblo.jp/scopedog/entry-10034014387.html

「日本軍慰安所管理人の日記」についても言及していますが、ちゃんと読んでるんですかね?
この史料について安秉直氏は以下の述べていますけど。

(略)問題となるのは、廃業許可の方である。廃業許可について最も重要なのは、慰安婦に動員されるときの契約条件であったが、それは主に前借金に関わる内容であった。捕虜審問報告もこのことを強調していた。問題は、前借金を返済した場合も廃業が容易でなかったという点にある。事例の性格として多少曖昧なところはあるものの、ラングーンでは、兵站司令部が「夫婦生活をすることになって慰安所を出た」一富士楼の慰安婦に再就業するよう命令を出している。前述したように、戦地のビルマでは軍から廃業の許可が下りたとしても、再就業するよう容易に説得されたことが記されているのである。このように廃業に厳しかった理由は数多くあったと思われるものの、慰安所が軍編制の末端組織として編入されており、軍部隊と共に移動するしかなかったためではないだろうか。それにも拘らず、慰安婦らはいつも「醜業婦」として蔑視されていたのである。
 このような軍慰安婦ら置かれていた上のような境遇を、「性的奴隷状態」と捉えても差し支えはないのではなかろうか。

http://www.naksung.re.kr/xe/index.php?mid=sepdate&document_srl=181713

もちろん、ここで「捕虜審問報告」と言っているのは心理作戦班日本人捕虜尋問報告(Japanese Prisoner of War Interrogation Report)四九号のことです。

In the latter part of 1943 the Army issued orders that certain girls who had paid their debt could return home. Some of the girls were thus allowed to return to Korea.
(一九四三年の後期に、軍は、借金を返済し終わった特定の慰安婦には帰国を認める旨の指示を出した。その結果、一部の慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。)

http://www.awf.or.jp/pdf/0051_5.pdf

廃業の自由というのは、借金があろうが無かろうがやめたい時にやめることが出来る自由のことです。借金返済を条件とした廃業の許可など廃業の自由とは言いません。
米軍が作成した捕虜尋問報告には、日本軍が廃業の自由を認めず、借金を理由に慰安婦らに売春を強要していた事実が示されています。