「大艦巨砲主義」の語意

大艦巨砲主義」を巨大な艦船を造ることが目的化したみたいに理解している人を見かけることがありますが、「大艦巨砲主義」で重要なのは「巨砲」の方であって「大艦」ではなかったりします。言うまでも無く、巨大な艦艇は目立つ上に、狙う側からしても的が巨大な分当てやすくなります。艦が巨大であることは、国威の象徴的な意味はあっても軍事的にはあまり意味がありません。
要するに、必要なのは巨砲であって巨砲を積載できるのなら小艦で構わないわけです。
もちろん、現実問題として駆逐艦に46センチ砲九門積むのは不可能ですから、それなりに巨大な艦にせざるを得ず、だからと言って艦が大きくなれば目立ちやすく、機動力も低下するわけですから、造艦においては出来るだけ小さく、運動性能を落とさないように苦慮するわけです。
その結果、設計などに関わる人からは、大和は“小さい艦”と評されることがあります。全長250メートルを超える戦艦は、一般の感覚からすれば巨大な艦と感じられますが、46センチ砲を九門も積んでいるにしては“小さい艦”とも言えるのです。
だからと言って「大艦巨砲主義」がマボロシ*1だったかというと、そんなことはなく、大艦とせざるを得なかった巨砲の追及という事実は厳然と存在しました。

しかし、建造した戦艦の数で判断しようとするのは、「大艦巨砲主義」の意味を理解していないとしか言えません。

大艦巨砲主義ニッポン。戦艦何隻建造した?

では、第二次大戦中の日本はどのくらい大艦巨砲主義に毒されていたのでしょうか? 
第一次大戦後、列強各国は重い財政負担となっていた建艦競争を抑えるため、海軍軍縮条約を結び各国の戦艦建造・保有に制限をかけ、軍拡競争に歯止めをかけました。この軍縮条約以前の時代こそ、大艦巨砲主義と言える思想が世界に蔓延っていたと言っても良いかもしれません。
この海軍軍縮条約は1936年末に失効を迎えたため、以降は自国の好きなだけ戦艦を建造出来ます。大艦巨砲主義の日本は、きっとどこよりも大量に建造している事でしょう。軍縮条約失効以降に建造された戦艦を、日米英の3カ国で比較しました。
(表省略)
……あれ?建造数・進水数共に日本がブッちぎりで少ないですね。アメリカは12隻起工して10隻進水、イギリスは6隻起工して全て進水させているのに対し、日本は大和型を4隻起工して大和と武蔵の2隻進水、信濃1隻は空母に転用、もう1隻は建造中止で解体されています。戦艦として進水した数で見ると、日米英で2:10:6です。アメリカの5分の1、イギリスの3分の1の数です。さらに言えばイタリアが建造した戦艦(3隻)より日本の建造数は少なく、列強国の中で最低の数です。
こうして各国の戦艦建造実績を比較すると、日本が戦艦に偏重していた訳ではない事が分かります。もっとも、これは多国間の比較であり、工業力の差が現れただけ、という見方もあるかもしれません。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/dragoner/20150414-00044779/

戦艦建造数が少ない日本は「大艦巨砲主義」に毒されていない、とでも言いたげな記述ですが、dragoner氏が表に書かなかったデータを追加してみましょう。

艦名            起工 進水 主砲口径
大和            1937 1940 46.0cm
武蔵            1938 1940 46.0cm
信濃            1940 1944 --
111号艦           1940 -   --
ノースカロライナ      1937 1940 40.6cm
ワシントン         1938 1940 40.6cm
サウスダコタ        1939 1941 40.6cm
インディアナ        1939 1941 40.6cm
マサチューセッツ      1939 1941 40.6cm
アラバマ          1940 1942 40.6cm
アイオワ          1940 1942 40.6cm
ニュージャージー      1940 1942 40.6cm
ミズーリ          1941 1944 40.6cm
ウィスコンシン       1941 1943 40.6cm
イリノイ          1942 -   --
ケンタッキー        1942 -   --
キング・ジョージV      1937 1939 35.6cm
プリンス・オブ・ウェールズ 1937 1939 35.6cm
デューク・オブ・ヨーク   1937 1940 35.6cm
アンソン          1937 1940 35.6cm
ハウ            1937 1940 35.6cm
ヴァンガード        1941 1944 38.1cm

*2 *3

日本の46センチ砲が抜きん出た巨砲であることがわかりますね。つまり、工業力で劣り戦艦を多数建造できない日本は、仮想敵国よりも巨大な主砲を積んだ戦艦を作ることで対抗しようとしたわけです。日本の戦術思想が米英に比べても「大艦巨砲主義」に偏っていたと言っても大過ないでしょう。
dragoner氏は「巨砲」について一切触れることなく、建造した戦艦の数だけで「大艦巨砲主義」を否定しているわけですが、的外れとしか言いようがありませんね。

*1:http://bylines.news.yahoo.co.jp/dragoner/20150414-00044779/

*2:http://www.kasado.net/Battleship-Armament.html

*3:6/16 指摘によりキング・ジョージVからハウまでの主砲口径を修正。