ガイアナ・スリナム事件は「紛争地域内かつ中間線を越えないで行われた資源開発がなお違法とされた事案」(by 仁ロボ)ではありません

以前の記事にわけの分からぬコメントが付けられていました(関連記事)。

仁ロボ 2015/07/31 12:38
名指しで指摘されているので反論しておきます。
1,前段について
?海洋法63条を根拠にした点は間違いでした。
?日本政府は沿岸から200海里の範囲に権限を主張していますので、「日本が、日本側200海里全域を自国側と主張するのならば、別」にあたります。よって、日中に紛争地域は200海里のEEZが重なる部分です。なお、この日本の主張は法の根拠を持つ正当でなものです。
2,後段について
この文献はガイアナスリナム事件を参照できない段階で書かれた文献であるので、もはや妥当しません。この事件は紛争地域内かつ中間線を越えないで行われた資源開発がなお違法とされた事案であって、中国のガス田開発と同様の事案です。よって本件ガス田開発も違法となります。



仁ロボさん「「日本が、日本側200海里全域を自国側と主張するのならば、別」にあたります。」←あたりません。

境界線に関する日本側の主張は以下。

2 東シナ海排他的経済水域及び大陸棚は境界が未画定であり,日本は日中中間線を基にした境界画定を行うべきであるとの立場である。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/higashi_shina/tachiba.html

「日本が、日本側200海里全域を自国側と主張する」というのは、日本が日本側200海里全域を基にした境界画定を行うべきであるとの立場、をとる場合です。日本が日中中間線を境界として主張する以上、日中中間線より中国側の海域は“争いのない中国側の海域”とみなされるのが普通です。したがって係争海域は、日中中間線沖縄トラフの間であって、それ以外の領域は係争海域ではありません。
日本自ら主張している日中境界の向こう側での中国による開発に文句を言っている日本側の論理が狂ってるわけです。
「この日本の主張は法の根拠を持つ正当でなもの」などではありません。

「日本は日中中間線を基にした境界画定を行うべきであるとの立場である」と主張している時点で、日本側は日中中間線の向こう側の権限を放棄しているに等しいわけで、にもかかわらず「我が国が我が国の領海基線から200海里までの排他的経済水域及び大陸棚の権原を有している」と主張する日本政府は狂ってるとしか言いようがありません。この2つの記載は矛盾するからです。
日本は日中中間線までの権限を主張しているのか、それとも日本の領海基線から200海里までの全ての領域の権限を主張しているのか、これまでの日本政府の主張と常識的な境界線の考え方の双方を鑑みれば前者しかあり得ず、後者はヤクザ論法でしかありません*1

ガイアナスリナム事件は「紛争地域内かつ中間線を越えないで行われた資源開発がなお違法とされた事案」ではありません

仁ロボさんはガイアナスリナム事件についてほとんど知らないみたいですね。
しょうがないので別途「ガイアナ・スリナム海洋境界画定事件」の記事を挙げておきます。
ガイアナスリナムは、Courantyne川河口から10度線(スリナム主張・河口からの自然延長)と33度線(ガイアナ主張・植民地時代に設定された海洋資源開発境界の延長)の間を係争海域として争い、ガイアナが係争海域内でリグを設置したこと、スリナムが海軍を派遣して強制立ち退きさせたことが問題となった事件です。

仁ロボ説を採用するなら、境界未画定である以上、ガイアナは自国から200海里全域でのスリナムの資源開発をストップさせることができ、スリナムも自国から200海里全域でのガイアナの資源開発をストップさせることができることになりますが、もちろんそんな事態にはなっていません。争っているのは双方が主張している境界の間の“係争海域”のみだからです。
同様に日本政府が日中中間線を境界と主張する以上、係争海域は日中中間線から沖縄トラフまでの間であって、日中中間線の中国側での中国による開発は問題になりえません。そこに言いがかりをつけている日本政府がかなり異常です。
仁ロボさんの「紛争地域内かつ中間線を越えないで行われた資源開発」と言う表現はまるっきりガイアナスリナム事件を理解していないことを暴露していますね。

ガイアナスリナム事件を参照できない段階で書かれた文献であるので、もはや妥当しません」←ガイアナスリナム事件は木花論文を否定する内容ではありません

以前の記事で引用した木花氏の「係争海域における共同開発に関する国際法規範の諸相」ですが、ガイアナスリナム事件判決は木花論文からの引用部分を否定するようなものではありません。
そもそも木花論文からの引用部分は、「係争海域において将来的に境界とされる蓋然性が高い線を超えていない場合でも、当該線に限りなく近接したうえで、当該線を越えて一体化している鉱床から石油や天然ガスなどの炭化水素資源などを含む鉱物資源を採掘しようとする一方的開発」*2についてが、東シナ海ガス田問題にあたる記述であり、そもそも係争海域内で行われた一方的開発を問題としたガイアナスリナム事件とは異なります。


結果としては、仁ロボさんはガイアナスリナム事件に関する基本的な知識に欠けており、海洋境界問題における一般的な理解にも乏しいと言わざるを得ません。

*1:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20150726/1437913073

*2:「例えば、係争海域において将来的に境界とされる蓋然性が高いと思われる線(例えば、等距離中間線)を越えた一方的開発は、最終的な合意到達を困難にし得るため、国際法上禁止されると解する余地はある。また、係争海域において将来的に境界とされる蓋然性が高い線を超えていない場合でも、当該線に限りなく近接したうえで、当該線を越えて一体化している鉱床から石油や天然ガスなどの炭化水素資源などを含む鉱物資源を採掘しようとする一方的開発なども、最終的な合意到達を困難にし得るため、国際法上禁止されると解する余地はある。」