「中国や台湾の学生運動との比較」になってないSEALDs批判

「「なんかSEALDs感じ悪いよね」の理由を考える ──中国や台湾の学生運動との比較から──」(安田峰俊)
視点は悪くないと思うんですが、全体的には“SEALDs非難”という答え先にありきで作られているのでイマイチな内容になっています。
「1:思想的基礎」「2:組織的基礎」「3:大衆的基礎の欠如」「4:運動の戦略・戦術の失敗」という視点は悪くないんですよ。ただ、台湾のヒマワリ学運を評価する上で見落とせない一番重要な視点が抜けています。

国会占拠で物理的に審議を止めさせたのはヒマワリ学運だけ

天安門事件も香港デモも政府側の機能を止める物理的な実力行使には至っていません。なので政府側にはデモを無視して政策を推し進めることが可能でした。もちろん、市街地を広範囲に占拠することで交通などの機能をある程度マヒさせることはできていますが、十分な効果を期待するには明らかに足りないものでしょう。
まして反戦争法案デモは、国会周辺の狭い範囲のみを警察の規制の中で行われたに過ぎず、いわば政府の手の上に制限され、国会審議はおろか周辺の交通すら麻痺させるには至っていません。政府与党側からすれば、デモを無視して強行採決しても何の痛痒も感じさせない“ささやかさ”だったと言えます。

これに対して台湾デモは国会(立法院)を占拠し、審議不能の状態に陥らせています。

警察を投入した強行排除は政府の反民主性を象徴しかねないため慎重に行わざるを得ず*1、政府としてはデモ側と交渉せざるを得ない状況に陥っていました。台湾デモはこの時点で9割方勝利していたと言っていいでしょう*2。台湾デモは政府と交渉する上で極めて強力な取引材料を持っていたわけですから。

一方の香港デモが握っていた取引材料は“繁華街の占拠”でしたが、これは台湾の立法院占拠に比べれば段違いに弱いカードです。そのため繁華街住民との離間策をとられデモへの支持を徐々に奪われたわけです。

これらに対して反戦争法案デモの場合は握っていた取引材料はほぼ皆無でした。ほぼ許容された範囲を許容された期間に行われた国家権力の手の上のみの“穏やか”なデモだったと言えます。香港デモのように銀座や新橋といった繁華街をデモ隊が占拠したわけでも、台湾デモのように国会議事堂に侵入し占拠したわけでもありません。政府側と交渉できるだけのまともな切り札のない状態でのデモでした。

普通に考えれば、台湾デモ、香港デモ、反戦争法案デモの結果を左右した主要な要因は、取引材料の優劣であったと判断できます。その上で「1:思想的基礎」「2:組織的基礎」「3:大衆的基礎の欠如」「4:運動の戦略・戦術の失敗」を検討することには意味があるでしょうが、そこを無視したら検討になりません。

反戦争法案デモはどうすべきだったか

個人的な意見として、デモ隊が国会を占拠して物理的に審議阻止する以外に安倍政権による強行採決を阻止する手段がないと何度か言及してきました。ただしこれは警察の警備状況を踏まえると内通者でもいない限り、ほぼ実現不可能な案です*3。つまり、台湾デモと同様の成果は、そもそも期待できなかったと言えるでしょう。

では、香港デモのように銀座や新橋と言った繁華街を占拠すべきだったでしょうか。これならある程度効果があったかもしれませんが、デモやストライキに対する日本社会の異常なアレルギーを考慮するとこれも難しかったでしょうね。繁華街を長期占拠すれば、アレルギー体質の一般市民の中からも非難の声が上がったでしょうし、産経新聞のような右翼メディアは元より、自称中立連中もここぞとばかり叩いたでしょう。そして終わった後になって安田氏のような論者が、“なぜ失敗したか”といった戦術指南を“市民生活を妨害したから支持を失った”的に滔々と述べたことでしょう。
香港デモに倣うなら、繁華街よりむしろ皇居前広場を長期占拠した方が効果的だったかもしれません。市民生活の妨害は最小限に留まる一方、政府にとっては面子にかかわる場所で、かつ暴力的排除の行いにくい場所ですから。右翼団体による襲撃の懸念はありますが、警視庁の目と鼻の先での暴力行為に対して右翼団体による行為だからと言って目こぼしすることは・・・あるかも知れませんね。困ったことに。
とはいえ、これもアレルギー体質と天皇信仰の強い日本社会でどこまで許容されるか疑問ではありますが。

以上を踏まえると消去法的に警察の規制内での穏当なデモしか手段がなかったと言えるでしょうし、その範囲内で十分に効果をあげたと私は思いますけどね。

ちなみに、この件について渡辺弁護士が「SEALDsの大いなる通過点」という記事を上げられています。

*1:天安門事件はそれに失敗した事例と言えます。

*2:それでも要求内容がふらついて危ない状況もありましたが。

*3:台湾の場合、民進党関係者あたりに実際に内通者がいたんじゃないのかと個人的に推測しています。