戦闘に参加しなくとも輸送だけで充分な「苦役」だと思う。

BS1スペシャル 「私は何を運んだのか〜元LST乗組員が見つめるベトナム戦争〜」

10月11日(日)午後10時〜
今年で終結から40年を迎えるベトナム戦争に日本人が関わっていた知られざる断面がある。日本国内の米軍基地から戦車や弾薬といった様々な物資を運んでいた米軍の輸送船・戦車揚陸艦LSTの乗り組み員たちだ。その一人がこの夏、ベトナムの地を訪ねた。任務中に南ベトナム解放戦線からの砲撃で犠牲となった同僚を弔い、いまなお残る戦争の傷跡を訪ねていく。自分たちはどんな存在で、関わった戦争とは何だったのか、見つめ直していく。
【語り】国井雅比古

http://www4.nhk.or.jp/bs1sp/

元LST乗組員の日本人(五味氏)がベトナムの歴史博物館で枯葉剤の影響を受けた犠牲者の写真を見たときの様子が印象的でした。
五味氏は攻撃された経験もありますが、そのように戦闘に参加しなかったとしても、兵器を輸送したという経験が、後にその兵器による被害者の様子を知れば精神的な苦痛を覚えるのはありうるであろうと思います。
徴兵制関連でよく言われることですが、最前線での戦闘任務以外存在しないかのような言説*1が多いんですよね(五味氏は自らの意思でLSTに乗り込んだわけで、徴兵制に直接関係する話ではありませんが)。
しかし、輸送だけの単純業務での協力であっても、それがもたらした悲劇を知ることで心を病むこともあるわけで、そこまでいかずとも深く悔いることは珍しくありません。そういうのも「苦役」だと知ってほしいものです。

*1:徴兵しても使い物にならない、的な