南シナ海・南沙諸島における米中対立に関する件

何だか今にも米中開戦かと言わんばかりの言説が出ています。
「米中対立時代」の到来か!? 早ければ11月、南沙諸島問題をめぐり両国海軍が一触即発の危機(現代ビジネス 10月19日(月)7時1分配信)(近藤 大介)
まあ、偶発的な衝突がないとは言い切れませんが、南沙諸島に関する米中のやり取りは表面上強硬に見えてるだけに思えます。つまりお互いにポーズのみ。

「国際海洋法では、人工島は領土とみなされない」

なんてのは常識的な話で、別に中国も南沙諸島で実効支配している人工島に国際法上の領海が認められるとは思っていないでしょう。そう思わせるような微妙な言い回しはしているようですが、そもそも中国が領有権を主張しているものの実効支配していない南沙諸島の島には領海が認められるわけですから、“南沙諸島に中国の領海が存在する”という言い回しであれば間違いとも言えないです。
とはいえ領海が設定できない人工島の12海里以内に外国艦船が接近しても国際法上は違法とは言えませんから、アメリカはその意思を示して中国に圧力をかけているわけです。

それを言うなら“自国EEZ内”で埋め立てをすることだって国際法上違法とは言えない

元々、中国は南沙諸島の全域を中国領として主張しているわけですから、南沙諸島に属する国際法上領海を設定できる島を基点とした200海里内は“中国のEEZ”であるという主張にもなり、その“中国のEEZ”内で中国が埋め立てをして何が悪いのか、という話にもなるわけです。少なくとも、国際法的にこれを違法とするのは無理でしょう。そもそも、中国以外のフィリピン、ベトナムだって埋め立てやってますからね。

領土問題での対立を煽る行為が望ましくない、という理屈での自省要求

中国に埋め立てなどの実効支配強化を自省させるための理屈としては、“対立を煽る行為は望ましくない”という理屈がせいぜいです。このため、アメリカは表面的には「航海の自由」と対立悪化に対する反対を掲げて、中国に自省を促してきたわけです。
ところが大統領選を控えたアメリカは、中国の人工島12海里以内に艦船を派遣する意思を示して圧力を強化しています。
領有権争いのある海域での埋め立てが挑発行為であるなら、そこに軍艦を派遣することも挑発行為であるわけで、中国側はそう反発しています。

南シナ海の裏事情

アメリカが強硬路線に転じた理由としては、一つには大統領選があるといえますが、別の問題としてアメリカの安全保障に関わる問題があります。つまり、中国潜水艦の動向です。
中国にとっては対米安全保障上、戦略潜水艦を安全な海域に展開しておくことが重要でそのためには南シナ海を掌握する必要があります。ところがこれがアメリカにとっては困るわけで、ここに米中間の南シナ海制海権をかけた対立が生じています。
既に中国潜水艦は無視できる存在ではなく*1、アメリカは対抗上中国潜水艦を追尾する体勢を強化しようとしています。これが安倍政権による戦争法強行採決を支持・歓迎した理由のひとつといえるでしょう。安倍の戦争法は平時において世界のどこでもアメリカと共同での行動ができる条文になっています。

我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案要綱(第一条関係)

第一 自衛隊法の一部改正
五 合衆国軍隊に対する物品又は役務の提供
1 防衛大臣又はその委任を受けた者は、次に掲げる合衆国軍隊(アメリカ合衆国の軍隊をいう。)から要請があった場合には、自衛隊の任務遂行に支障を生じない限度において、当該合衆国軍隊に対し、自衛隊に属する物品の提供を実施することができるものとすること。
(三)保護措置を行う自衛隊の部隊等又は自衛隊法第八十二条の二の海賊対処行動、同法第八十二条の三第一項若しくは第三項の弾道ミサイル等を破壊する措置をとるための必要な行動、同法第八十四条の二の機雷等の除去若しくは我が国の防衛に資する情報の収集のための活動を行う自衛隊の部隊と共に現場に所在してこれらの行動又は活動と同種の活動を行う合衆国軍隊
2 防衛大臣は、1の(一)から(四)までに掲げる合衆国軍隊から要請があった場合には、自衛隊の任務遂行に支障を生じない限度において、防衛省の機関又は部隊等に、当該合衆国軍隊に対する役務の提供を行わせることができるものとすること。

上記の内容を簡単に言うと「共に現場に所在してこれらの行動又は活動と同種の活動を行う合衆国軍隊」の要望があれば、海賊対処行動(自衛隊法82条2)、弾道ミサイル破壊措置(自衛隊法82条3)、機雷除去(自衛隊法84条2)及び「我が国の防衛に資する情報の収集のための活動」ができる、要するに南シナ海中国軍の監視活動をしている米軍の要請があれば、防衛大臣自衛隊中国軍の監視活動に参加させることができるわけです。
これは武力行使ではなく平時の活動としてできるようになっていますから、フィリピンを基地とした自衛隊監視部隊が恒常的に南シナ海中国軍を監視することになります。
戦争法案と同時進行で日本・フィリピンの軍事協力が進められていたことも偶然ではないでしょう*2

当然、中国側はアメリカによる南シナ海における監視能力強化に危機感を抱くでしょうね。中国が国際的に非難されても強行した南沙諸島での埋め立て・基地化は、日米豪の対潜哨戒機による南シナ海での監視活動を阻止するためと言えます。
埋立地上の航空基地など実戦になればもろいわけですが、潜水艦の遊弋海域を平時において防衛するという意味では十分に存在価値があります。
ところで領海か否かに関わらず、軍事訓練区域に指定して立入が制限されること*3は別に珍しくありません。領有権が確定していない南沙諸島において、中国側が軍事基地を設置し、その周辺の立入を制限することは好ましい対応とは言えませんが、それに抗するに制限区域内に軍艦を派遣することはさらに挑発的な行為だと言えます。
とは言え、これが直接的米中紛争になるかというと、今の時点では考えにくいところで、アメリカは軍艦を中国軍基地近くに派遣し示威行動を行い、中国軍は退去するよう警告を出して、の繰り返しになりそうな感じです。
これが偶発的紛争の火種になる可能性はないではないでしょうが、それよりもむしろ、フィリピンを基地とした日本の自衛隊機と中国機との接触の方が可能性が高いように思えますね。

安倍の戦争法との関連

強行採決された戦争法ですが、基本的に“政府の総合的判断”だけで何でもできるザル法です。何か明確な必要性がありそれに対応する立法ではありませんので、軍事行動に対する制限を取り払うだけで制限をかける立法になっていません。安倍政権が連呼していた「新三要件」についても、何が「新三要件」に合致するのかは、法律を読んでも判断できず、時の政府のみがそれを判断できるという、およそ法治主義の放棄に等しい内容です。
安倍の戦争法は、“日本の抑止力向上”という名目で偽装された米軍協力法と言えますが、実態としては米軍協力法としての面すらも偽装であり、米軍への協力を装った軍事行動制限の無条件解除が本体です(平時において米軍への協力という体裁を取る必要があるという程度の制限はありますが)。
日本の抑止力向上のためでもなければ、日米同盟の片務性の解消のためでも中国に対抗するために特化された法律でもなく、ただ一方的に軍事行動に対する憲法や法律による制限を解除するだけの法律であって、国会審議時の安倍政権による説明は徹頭徹尾デタラメに終始していたと言えます。
“日本の抑止力向上”というのは日本国民を騙すための偽装であり、“米軍協力法としての面”は諸外国を騙すための偽装です。南シナ海において自衛隊が軍事行動を起こすに際しては、諸外国を騙すための偽装がなお必要ですから、上述したような体裁をとる必要があるわけです。

中国に対抗することを目的とした安保法制を作るのであれば、周辺事態法を若干手直しするだけで十分なものが作れたはずで、それであれば存立危機事態と言った明らかな憲法違反の条文を作る必要がなく、よりスムーズに法案成立していたでしょう(賛否はともかくとして)。しかし、安倍政権はほとんど無制限にタガを外した法案を一字一句変えることなく強行採決で押し通したわけです。この辺、安倍政権の本質を見誤らないように注意すべきだと思います。

日本の安全保障に関する雑感

そもそも日本の方向性として、東アジア地域において中国を封じ込める方針と中国と協調する方針の二つが選択肢としてあったわけですが、国の方向性を国民はろくに考えることなく、惰性的に中国封じ込めを狙う反共右翼勢力にただ漫然と政権を与え続けてきたわけです。
国際政治学者を名乗る連中の中には、“戦争法案審議時に政局ではなく日本の安全保障に関して真剣な議論がされるべきだった”的な意見を述べる者もいますが、その当人は日本の安全保障に関して自分の意見として語ろうとせずに傍観者然としていました。今もって語ろうとせず、ただ強行採決された戦争法を追認するだけです。現状追認にそれらしい屁理屈を付け加えることが国際政治学者の仕事ではないはずですけどね。