日本の名誉毀損適用の条件と照らしても、朴裕河氏に対する損害賠償命令は妥当

こんなことを言っている人がいましてね。

個人を特定せず公共の利害に関し公益を図る目的があり真実と信ずる相当の理由があれば日本の場合名誉棄損罪は構成しない(https://goo.gl/q2M3NA)。日本は普通の民主主義国基準だよ。この裁判は言論の自由を阻害するSLAPP訴訟
the_sun_also_risesのコメント
2016/01/15 12:24

http://b.hatena.ne.jp/entry/276397201/comment/the_sun_also_rises

the_sun_also_rises氏が主張しているような名誉毀損の適用除外の条件は韓国にもあり、当然裁判所も検討したうえで判断を下しています。

1.「個人を特定せず」なら名誉毀損にならない?

こういう弁護士の回答がありますね。

小沢 一仁 弁護士
東京 港区
全く特定ができないのであれば名誉棄損は成立しないと思いますが、書き込みの内容から特定の人物を連想することができるのであれば、名誉棄損は成立する可能性があります。書き込み内容次第だと思います。

https://www.bengo4.com/internet/1071/b_238127/

韓国で名乗り出ていて存命の元慰安婦は50人程度ですから、朴裕河「帝国の慰安婦」の記載から「特定の人物を連想すること」は容易でしょうね。個人名を提示していなくとも「全く特定ができない」という状態で無い限り、日本においても名誉毀損が成立しえると言えますね。

ちなみに2015年2月の仮処分の際に裁判所は以下のように評価しています。

いわゆる集団表示による名誉毀損は、名誉毀損の内容がその集団に属する特定の人のものと解釈するのは困難で、集団表示による非難が、個別の構成員に至る時は非難の程度が希釈されて、構成員一人一人の社会的評価に影響を与える程度に至らないと評価された場合には、構成員一人一人の名誉毀損が成立しないとするものであるが、構成員一人一人に対するとされるほどにその数が少なかったり、当時の周囲の状況などから見て、集団内の個々の構成員を指すものと考慮することがあるときは、 集団内の個々の構成員が被害者として特定されなければならず、その具体的な基準としては、集団の大きさ、集団の性格と集団内での被害者の地位などを挙げることができる(最高裁判所2006.5. 12.宣告2004タ35199判決などを参照)。
この事件について見ると、日本軍慰安婦問題が本格的に議論されたのは1990年11月16日に韓国挺身隊問題対策協議会の発足と1991年8月の日本軍慰安婦被害者である金学順の公開記者会見以降だが、大韓民国政府は、1993年6月11日、「日帝下日本軍「慰安婦」に対する生活安定支援法」を制定し、「日本軍慰安婦被害者」の登録を通じた支援事業を開始し、その時から現在までに「日本軍慰安婦被害者」で、政府に登録した日本軍慰安婦は238人程度に過ぎず、現在生存している「日本軍慰安婦被害者」は、53人である点、韓国社会の日本軍「慰安婦」一人一人への関心などを考慮すると、原告を含む日本軍「慰安婦」一人一人が名誉毀損の被害者に特定されていると見なければならない。従って、これに反する被告らの主張は受け入れない。

http://east-asian-peace.hatenablog.com/entry/2015/02/23/234842

2.「公共の利害に関し公益を図る目的があり真実と信ずる相当の理由があれば」

これは刑法230条の2で規定されている名誉毀損行為の免責条件です。

(公共の利害に関する場合の特例)
第二百三十条の二  前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M40/M40HO045.html

3つの条件を全て満たしていることが条件となっています。
なお、the_sun_also_rises氏の記載は一部間違っていて「公益を図る目的」ではなく「専ら公益を図る目的」です。尤も日本では「主たる動機」程度で解釈されていますが*1
それはともかく、別に名誉毀損行為の免責条件については韓国にも同様の規定があり、仮処分時にも検討されています。

そのうち、事実の公共性と目的の公益性に関する部分については、本全体としては裁判所は以下のような判断を下しています。

3)原告をはじめとする日本軍慰安婦に対する社会的関心も、日本軍慰安婦問題の歴史的な意味等に照らして見ると、この事件の本に込められた内容は、原告と同じ日本軍「慰安婦」被害者の名誉を毀損するかの問題にとどまらず、自由な議論と批判を通じて社会的議論が行われるべき領域に対応し、被告がこの事件本を執筆・発行した主な目的や動機は、原告を直接誹謗するためのものというよりは、日韓両国の間の日本軍「慰安婦」問題解決のため、それなりの案を提示しするためのものと見られる。

http://east-asian-peace.hatenablog.com/entry/2015/02/23/234842

しかしながら削除が求められた部分に関しては、裁判所は「真実でなかったり、公共の理解に関する事項として、その目的が専ら公共の利益のためのものではなく、また、被害者に重大で顕著に回復しにくい損害を与える恐れがある場合にあたる」と判断しています。このため、「帝国の慰安婦」の出版禁止ではなく問題部分の削除・修正を求める判断となったわけです。
特に真実性の証明については、「原告の社会的価値ないし評価を著しく大きく阻害する事実の歪曲であるか、少なくとも暗黙的に、その前提となる事実歪曲」として真実性を否定しています。

(略)日本軍慰安婦の本質が「売春」にあり、日本軍慰安婦たちは募集に応じて「自発的に行った売春婦」と表現しており、日本軍「慰安婦」が日本帝国の一員として日本国の「愛国心」や慰安婦としての「自負心」を持って、日本人兵士たちを精神的に慰安する慰安婦としての生活を送り、これにより、日本軍との戦争を行う「同志」の関係にあり、「日本人」として日本軍に「協力」したなどの内容である。
しかし以前に見たように、この慰安婦強制動員と慰安所運営等における日本国の幅広い広い範囲での関与事実、日本軍慰安婦の「性奴隷」であり「被害者」としての地位等に照らしてみると、このような内容は、原告の社会的価値ないし評価を著しく大きく阻害する事実の歪曲であるか、少なくとも暗黙的に、その前提となる事実歪曲により原告の人格権と名誉権を非常に侵害している。また、上記のような内容は、真実でなかったり、公共の理解に関する事項として、その目的が専ら公共の利益のためのものではなく(略)

http://east-asian-peace.hatenablog.com/entry/2015/02/23/234842

このため、本全体としては事実の公共性と目的の公益性が認められるにしても、「原告の社会的価値ないし評価を著しく大きく阻害する事実の歪曲であるか、少なくとも暗黙的に、その前提となる事実歪曲」にあたる記述に対しては、真実性の証明の観点から問題があり、その記述自体にも事実の公共性と目的の公益性の点で問題が指摘されており、日本の刑法に照らしても、刑法230条の2で規定されている名誉毀損行為の免責が適用される余地があるとは思えません。

したがって日本の名誉毀損適用の基準に照らしても、朴裕河「帝国の慰安婦」の記載が元慰安婦らに対する名誉毀損にあたると考えるのが妥当ですね。

「日本は普通の民主主義国基準」

南京大虐殺事件の一つである夏淑琴氏事件で日本兵に家族を虐殺された夏淑琴氏をニセモノと侮辱した東中野修道氏に対する名誉毀損裁判において、東中野氏と出版元の展転社に対し合計400万円の損害賠償の支払いを命じる判決が下されています(地裁2007年、高裁2008年、最高裁2009年)*2
同じく南京事件の生存者である李秀英氏に対しても同様の名誉毀損を行った松村俊夫氏に対して裁判所は、120万円の損害賠償を命じています(地裁2002年、高裁2003年、最高裁2005年)*3。いずれも日本の裁判所での判断です。
「個人を特定せず」でも名誉毀損が認められたとの話も「ブログでの名誉棄損にご用心」に書かれているように別に日本でも十分にありえる話です。
これを「普通の民主主義国基準」だと言うのなら、今回の朴裕河「帝国の慰安婦」に対する損害賠償判決についても「普通の民主主義国基準」に則ってるとしか言いようがありません。

「この裁判は言論の自由を阻害するSLAPP訴訟」

禄に判決内容も読まずに勝手に決め付けるのはレイシストらしい態度ではあります。
the_sun_also_rises氏の常識では、性暴力被害者に対して“お前は強姦魔と同志的関係だった”と言い放つ行為に対して性暴力被害者は黙って耐えるしかないということになります。レイシストにとっては天国みたいな世界でしょうけどね。
しかし、この裁判をSLAPP呼ばわりとはひどい理解ですね。
SLAPPとは“strategic lawsuit against public participation”の略ですが通常は、権力者が自己に批判的な勢力に対して行う戦略的な訴訟のことを言います。the_sun_also_rises氏にとっては、性暴力被害者が権力者に見えるようです。

まあ、この人にとっては、政府による市民団体の弾圧が「権力闘争」らしいのでさもありなんという感じですが。

元記事(韓国語:http://goo.gl/2xjny7)慰安婦問題の日韓合意をうけていずれ朴政権は挺対協と戦うと思っていた。これは権力闘争だね。挺対協の力も一時ほどではないと思う。韓国版左右対決。韓国の将来に割と影響しそうだ。
the_sun_also_risesのコメント
2016/01/14 15:08

http://b.hatena.ne.jp/entry/276334541/comment/the_sun_also_rises