「「アベノミクスで増えたのは非正規雇用者ばかり」という的外れなプロパガンダ」という的外れなプロパガンダ

「アベノミクスで増えたのは非正規雇用者ばかり」という的外れなプロパガンダ」という記事があります。

記事を書いた竹中正治氏(龍谷大学経済学部教授)は「アベノミクスで雇用は増えたと言うが、増えたのは非正規雇用ばかり、正規雇用者は増えていない。正規雇用者比率は低下している」という主張を否定ないし無効化する主張をしています。
その主張に竹中氏が使った指標が「20歳〜64歳人口に対する正規雇用者数の比率」というものです(以下、「竹中指標」)。
これは分母を「20歳〜64歳人口」としている一方で、「正規雇用者数」については年齢での限定をしていないため、この指標が具体的に何を指しているかは微妙です。実際、65歳以上でも正規雇用されている人は2015年に91万人いますが、竹中指標の分母に含まれないこの数字が分子には含まれています。

竹中指標の特徴は、「20歳〜64歳人口」が減ると竹中指標は増え、65歳以上の正規雇用者が増えても竹中指標は増えることです。「20歳〜64歳人口」は2012年から2015年までに7437万人から7109万人まで4.4%減少していますが、同期間の65歳以上の正規雇用者は、76万人から91万人に20%増えています。この竹中指標が本来想定していない65歳以上の正規雇用者は竹中指標を0.2%押し上げる効果があります。
つまり、竹中氏が「2015年は2012年対比で1.1%ポイント上昇している」と言っているうちの0.2%は、竹中氏自身が「引退した高齢者が、年金の補完のために就業する時は、正規雇用である必要性は乏しい」といって分母から除外している65歳以上の正規雇用者数によるわけです。これでは効果を水増ししているとも言えます。

で、年齢層別に分けて見るとこうなります。

年齢※ 2012年人口 正規雇用者数 割合 2015年 正規雇用者数 割合
20-24歳 629 216 34.3% 622 222 35.7%
25-34歳 1498 832 55.5% 1389 774 55.7%
35-44歳 1892 971 51.3% 1820 933 51.3%
45-54歳 1579 744 47.1% 1663 785 47.2%
55-64歳 1837 492 26.8% 1615 460 28.5%
20-64歳 7435 3249 43.7% 7109 3179 44.7%
65歳-  3055 76 2.5% 3370 91 2.7%
20歳-  10490 3334 31.0% 10479 3265 30.3%
竹中指標 7435 3334 44.8% 7109 3265 45.9%

(※正規雇用者については15歳以上を含む)

65歳以上の取扱で良いとこ取りをするのは論外ですので、20〜64歳に限定して考察してみます。これを年齢層別に見ると竹中指標が2012年から2015年で改善しているのは、20〜24歳と55〜64歳の年齢層であることがわかります。
しかし、55〜64歳の年齢層は、竹中指標が増加しているものの正規雇用者数そのものは減少しています。つまり、この年齢層の人口減少分に比べて相対的に同年齢層の正規雇用者数減少分が少なかったために、竹中指標が増加しているわけです。これは、55〜64歳の正規雇用者に退職を先送りする人が増えたと考えられます。基本的に正規雇用者は、過去の労働運動の成果として法律で守られていますから、経済状況が不安な中では、なるべく長く正規雇用のまま働き続けたいというインセンティブが働くわけです。このため、55〜64歳の年齢層の人口が減っても相対的な正規雇用者数の割合は増えたと考えられるわけです。
なお、55〜64歳の竹中指標は基本的に過去ずっと増加傾向を示しています。

ちなみに55〜64歳の年齢層を除いた20〜54歳の年齢層での竹中指標で見ると、改善効果が消えてしまいます。

年齢※ 2012年人口 正規雇用者数 割合 2015年 正規雇用者数 割合
20-54歳 5598 2763 49.4% 5494 2714 49.4%

20〜24歳の雇用状況

本来なら20〜24歳の正規雇用者数を使いたいのですが、労働力調査の結果には10歳区切りの年齢カテゴリしかありませんので、竹中指標的に「就学中の学生が正規雇用であることはあり得ない」という想定を用いています。

20〜24歳の年齢層の竹中指標は確かに改善していますが、この年齢層は基本的に新卒採用状況を示していると言えるでしょうからリーマンショック東日本大震災直後の影響を受けていた2012年1-3月期と比較してですから自然回復と区別が困難です。それでも改善しているのですから、安倍政権の成果だと主張できなくはありませんが、これを男女別に見てみるとこうなります。

2012年に男性は改善傾向に転じ、女性は悪化に転じていることがわかります。20〜24歳の女性の竹中指標は安倍政権下でも改善傾向が見られません。男性については改善傾向が見られますが、野田政権下から改善傾向に転じていますので、これを安倍政権の成果と呼べるかどうかは微妙ですね。

竹中氏のまとめは正しいか

竹中氏はこう主張しています。

見てわかる通り、90年代をピークに下がるが、2005年を底に上昇に転じている。また2013年以降、同比率の上昇は大きく、2015年は2012年対比で1.1%ポイント上昇している。一方、民主党政権時代の最終年2012年は09年対比で0.6%ポイントの上昇にとどまる。 
要するに、20〜64歳人口の漸減という人口動態変化を考慮すれば、安倍政権下で正規雇用者も含めて雇用の回復に成功しているということだ。 もちろん、企業利益の回復に比較して賃金増加率が低いことが、景気の自律的な回復力を弱め、マイルド・インフレ達成の障害になっている点は、筆者が昨年来指摘している通りであるが、雇用の回復まで否定するのは、事実に対する政治的に歪んだプロパガンダに過ぎないと言えよう。 

http://blogos.com/article/180005/

竹中指標はその性質上、指標数値の改善が「雇用の回復」を示すとは言えません。上記で示した通り、指標数値の改善に貢献したのは55〜64歳の正規雇用者が退職しなかったこととと20〜64歳人口の減少幅にあるのであって、安倍政権の経済政策とほぼ無関係の要因によります。
そもそも「20〜64歳人口の漸減という人口動態変化を考慮」するのであれば、若年層の雇用が回復しなければならないわけですが、20〜34歳という年齢層で見ると、竹中指標でも回復はしてないんですよね。

年齢※ 2012年人口 正規雇用者数 割合 2015年 正規雇用者数 割合
20-34歳 2127 1048 49.3% 2011 996 49.5%

まとめ

政策としての「(正規)雇用の回復」を評価するなら、正規雇用者数が実数としての増減で評価すべきで、分母の増減によって実数は減ったが比率は増加した、というのでは政策として評価するには値しません。なぜなら、分母の増減は政策に関係ない自然発生的な数値であるのに対し、正規雇用者数の増減は政策によって左右されるからです。
政策評価と無関係に雇用環境を観察・評価するなら竹中指標は意味を持つでしょうが、政策評価をする際には政策によって正規雇用者数がどう変動したかを見るべきです。

その意味では、「「アベノミクスで増えたのは非正規雇用者ばかり」という的外れなプロパガンダ」と主張するために「20歳〜64歳人口に対する正規雇用者数の比率」なる概念を持ち出したこと自体が誤っています。
政策評価という文脈においては、竹中氏がプロパガンダとレッテルを貼ってる赤旗記事の方が適切で、むしろ、「20歳〜64歳人口に対する正規雇用者数の比率」なる概念を持ち出し、アベノミクス擁護している竹中氏の主張の方がプロパガンダと言えるでしょう。

資料:労働力調査(出典(「労働力調査結果」(総務省統計局)))

  • 長期時系列表3 (1)年齢階級(5歳階級)別15歳以上人口 − 全国
  • 長期時系列表9 年齢階級,雇用形態別雇用者数 − 全国

単位:万人

年次 (a)15歳以上人口 (b)65歳以上 (c)15〜19歳 20〜64歳((a)-(b)-(c)) 正規雇用者数 非正規雇用者数
1984 9347 1191 879 7277 3333 604
1985 9465 1233 890 7342 3343 655
1986 9587 1272 931 7384 3383 673
1987 9720 1324 964 7432 3337 711
1988 9849 1371 984 7494 3377 755
1989 9974 1422 998 7554 3452 817
1990 10089 1480 1003 7606 3488 881
1991 10199 1544 992 7663 3639 897
1992 10283 1613 967 7703 3705 958
1993 10370 1678 933 7759 3756 986
1994 10444 1747 895 7802 3805 971
1995 10510 1813 860 7837 3779 1001
1996 10571 1884 829 7858 3800 1043
1997 10661 1962 805 7894 3812 1152
1998 10728 2039 785 7904 3794 1173
1999 10783 2107 768 7908 3688 1225
2000 10836 2180 753 7903 3630 1273
2001 10886 2261 739 7886 3640 1360
2002 10927 2350 723 7854 3486 1406
2003 10962 2422 704 7836 3444 1496
2004 10990 2478 682 7830 3380 1555
2005 11008 2546 661 7801 3333 1591
2006 11030 2625 644 7761 3342 1664
2007 11066 2733 633 7700 3399 1728
2008 11086 2810 621 7655 3381 1741
2009 11099 2890 613 7596 3400 1704
2010 11111 2941 609 7561 3381 1714
2011 11111 2967 608 7536 3334 1819
2012 11098 3055 606 7437 3334 1805
2013 11088 3168 605 7315 3281 1870
2014 11082 3278 602 7202 3223 1970
2015 11077 3370 598 7109 3265 1979

※「年齢階級,雇用形態別雇用者数」については、2001年までは2月時点、2002年から2015年までは1-3月平均。

年次 20〜24歳 15〜24歳の正規雇用 割合 15〜24歳の正規雇用(学生除く) 割合
1984 799 - - - -
1985 820 - - - -
1986 818 - - - -
1987 829 - - - -
1988 853 512 60.0% - -
1989 876 524 59.8% - -
1990 890 530 59.6% - -
1991 932 555 59.5% - -
1992 954 594 62.3% - -
1993 977 572 58.5% - -
1994 994 584 58.8% - -
1995 998 552 55.3% - -
1996 988 535 54.1% - -
1997 962 491 51.0% - -
1998 932 454 48.7% - -
1999 897 412 45.9% - -
2000 864 365 42.2% - -
2001 834 341 40.9% 339 40.6%
2002 806 323 40.1% 316 39.2%
2003 789 303 38.4% 298 37.8%
2004 775 289 37.3% 286 36.9%
2005 759 271 35.7% 268 35.3%
2006 743 273 36.7% 271 36.5%
2007 720 269 37.4% 266 36.9%
2008 704 266 37.8% 262 37.2%
2009 685 256 37.4% 253 36.9%
2010 660 249 37.7% 247 37.4%
2011 641 228 35.6% 227 35.4%
2012 629 220 35.0% 216 34.3%
2013 622 221 35.5% 217 34.9%
2014 619 220 35.5% 218 35.2%
2015 622 223 35.9% 222 35.7%