尊属殺重罰規定の廃止が尊属殺を増加させたとはいえない

こういうコメントがありました。

ロンパース 2016/10/06 17:20
尊属殺罪廃止後の尊属殺増加を見ると、
死刑に抑止効果がないとはいえないと思います。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20161005/1475689725#c1475742014

尊属殺重罰規定は、刑法200条に規定されていたもので親などの尊属を殺害した場合は通常の殺害よりも重罰(死刑又は無期懲役のみ)を適用すると言う条文です*1
栃木実父殺害事件(1968年10月5日発生)に対する裁判の1973年4月4日の最高裁判決において、刑法200条の尊属殺重罰規定は憲法14条に違反するとの判決が下され死文化されました。この判決後、法務省は尊属殺であっても一般の殺人を裁く刑法199条を適用するよう通達を出しています。
刑法上に残った尊属殺重罰規定の条文が消えるのは、1995年の法改正によってです。

尊属殺罪廃止後に尊属殺は増加したか?

http://www.kunidukuri-hitodukuri.jp/web/koso7/koso7_column_tamashi_1.html

こちらのグラフを見ると、刑法200条が削除された1995年“頃”から尊属殺が増加しているように見えます。コメンタはこれを根拠に主張しているようですが、そもそも法改正された1995年を基点に見るのが正しいのでしょうか?
1973年の最高裁判決で尊属殺重罰規定は違憲とされていますので、1973年以降に尊属殺人が行われても刑法200条が適用されることはありません。基点とするならむしろ1973年を基点とするべきでしょう。
すると、1973年頃を機に尊属殺人件数はむしろ減っていますね。
これでコメンタの主張の根拠は崩れたことになります。

そもそも法改正の1995年を基点にしてもずれている

グラフをもう一度良く見てみると、尊属殺人件数が増えはじめたのは1995年頃というより1990年頃であることがわかります。ですからこの点からも法改正の影響と見るのは誤っています。
ちなみに殺人件数そのものは1990年頃まで減少傾向を示していましたが、1990年頃に停滞し2003年頃まで緩やかに上昇する傾向を示しています*2
つまり、1990年頃というのは殺人件数に影響を与える社会的な現象があったことが示唆されるわけですが、感覚的にバブル崩壊という経済状況の影響がまず考えられますよね。

死刑の抑止力

死刑に抑止力があると考えている人たちは、犯人が殺人を犯すか否か判断する際に刑罰の重さを考慮すると考えていることになります。
殺人の動機としては、憤懣、怨恨、痴情、利欲、組織的要請(暴力団勢力争い等)、口封じ、介護疲れ、自己防衛等がありますが、最も多いのは憤懣でほぼ半数近くになります*3
死刑が廃止されても懲役刑は当然存続しますから、“捕まったら死刑になるかもしれない”と“捕まったら無期懲役になるかもしれない”との間で、犯行の決意にどのような違いが出るか、が死刑の抑止力とみなせます。
まず、憤懣で殺人を犯す人が捕まった場合を冷静に考慮できるかはかなり疑問です。
怨恨や痴情も後先考えているとはあまり言えないでしょう。
利欲、口封じは冷静に考えているとは言えますが、まず“捕まらないように”という発想が基本でしょう。“捕まっても最悪無期懲役だから、利欲目的で殺人を決行しよう”と考えるのも少し考えにくいですね。口封じに至っては、“捕まっても最悪無期懲役だから”という発想なら何のための口封じなのか意味不明です。
暴力団勢力争いのような組織的要請に基づく殺人、しかも懲役はむしろ箔が付くという状況ならば、死刑の有無は当人の意思決定の上で抑止力に働くかもしれませんが、そもそも犯人一人の意思で決行の判断を下せるわけではないのが組織的要請です。
介護疲れによる殺人に至っては、一般的に情状が酌量されるのが普通でしょうし、“捕まったら死刑になるかもしれない”とか考えられる精神状態とも言えないでしょう。

刑罰の抑止力を重視する人は“無期懲役は実質5年で出てくる”みたいなデマを何とかすべき

無期懲役って年間1800人中10人程度という倍率180倍の超難関*4で、基本的に帝愛グループの地下帝国並みに出て来れないと思っといた方がいいレベル。
無期懲役は実質5年で出てくる”みたいなデマ*5が吹聴され、社会に蔓延すると“無期懲役相当の犯罪”はやっても大したことないってことになりませんか?
死刑に抑止力があると考えている人たちにとっては。

殺人事件の件数はどのような因子に影響されるのか

個々の殺人事件を想定した場合、事件の発生に影響する社会的な因子とはどのようなものが考えられるでしょうか。
第一に考えられるのは、経済情勢ですね。
実際、バブル崩壊した1990年頃以降に尊属殺は増加し、全体の殺人件数自体もそれまでの減少傾向に歯止めがかかっています。経済的な困窮が直接、殺害につながることもあるでしょうが、経済的な事情から同居せざるを得なくなった環境下で人間関係が悪化したなどの間接的な影響もあるでしょう。
介護疲れによる殺人などは、経済的な事情の他に核家族化や少子化、晩婚化、介護を“嫁”の務め的に見る風潮の変化など、家族のあり方の変化も影響しているように思えます。
憤懣が動機の殺人は精神的な余裕やはけ口が少なくなることが影響しているかもしれませんし、怨恨の場合も人間関係の不満が適切に調停されることなく合法的な解決方法がすべて閉ざされてしまうことで起こりやすくなるでしょう。
その他、検挙率などの警察・治安に対する社会認識も大きな影響がありそうです。
これら様々の因子の中には、捕まった場合の刑罰の重さに対する認識もあるでしょうが、正直、それが有意に高いとは思えないんですよね。どう考えても経済状況や警察・治安に対する社会認識の方が圧倒的に影響大きそうですしね。
まあ、こういった様々な因子を統計的に適切に考慮した分析でもなされているなら、それは傾聴に値するとは思いますが。