日本が核兵器禁止条約に参加しなかった理由に関する一考察

まあ、安倍政権の言い訳や信者・支持者による解説が多数出ているようですが、具体的に条約のどの条文が日本にとって認められないのかについて指摘しているのをあまり見かけませんでしたので。
日本は現在、核保有国ではありませんから、核兵器禁止条約に参加しても日本が直接的に困ることは無いように思えます。

 第1条(禁止)
 一、締約国はいかなる状況においても以下を実施しない。
 (a)核兵器あるいはその他の核爆発装置の開発、実験、製造、生産、あるいは獲得、保有、貯蔵。
 (b)直接、間接を問わず核兵器およびその他の核爆発装置の移譲、あるいはそうした兵器の管理の移譲。
 (c)直接、間接を問わず、核兵器あるいはその他の核爆発装置、もしくはそれらの管理の移譲受け入れ。
 (d)核兵器もしくはその他の核爆発装置の使用、あるいは使用するとの威嚇。
 (e)本条約で締約国に禁じている活動に関与するため、誰かを支援、奨励、勧誘すること。
 (f)本条約で締約国に禁じている活動に関与するため、誰かに支援を要請し、受け入れること。
 (g)領内あるいは管轄・支配が及ぶ場所において、核兵器やその他の核爆発装置の配備、導入、展開の容認。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

よく言われる「核の傘」ですが、条文上は第1条(f)に相当すると思われます。核兵器による威嚇という禁止行為(第1条(d))を米国に要請し、それを受け入れるわけですから。
もうひとつ日本が条約に参加した場合、抵触しそうな条文が第1条(g)です。つまり、米軍が核兵器を日本国内に展開することを禁止している条文です。あるいは第1条(b)の抵触もありえます。
第4条でその辺が明確にされています。

 ▽第4条(核兵器の全廃に向けて)
 四、第1条(b)(g)にもかかわらず、領内やその他の管轄・支配している場所において、他国が所有、保有、管理する核兵器やその他の核爆発装置がある締約国は、それら兵器についてできるだけ速やかに、ただ締約国の最初の会議で決めた締め切りより遅れることなく、迅速な撤去を確実にする。そうした兵器と爆発装置の撤去に関し、締約国は国連事務総長に第4条の義務を遂行したとの申告を提出

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

つまり、在日米軍基地等に核兵器を搭載した軍用機や艦船がある場合は、速やかに撤去させる義務が生じるわけですね。

非核三原則 すら守る気のない日本政府

一応、日本には非核三原則なるものが存在します。
核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」*1という内容ですが、日本政府にははなっからこれを守るつもりなんかありません。
米軍による核兵器の持ち込みを知らない振りして黙認し、「もちこませず」を有名無実化してきたのが、他ならぬ日本政府です。
したがって非核三原則の法制化もするつもりはありません*2

非核三原則を自ら破り、核兵器の持ち込みを黙認している日本政府が、核兵器禁止条約に参加できるわけがありませんよね。

表向きの不参加理由

さすがに、わが国は非核三原則を守るつもりが無いので核兵器禁止条約にも参加するつもりがないという“大国の本音”を公言するわけにもいきませんから、表向きの言い訳は行っています。

岸田外務大臣会見記録(平成29年3月28日(火曜日)8時35分 於:官邸エントランスホール)

冒頭発言
核兵器禁止条約交渉会議について
【岸田外務大臣】1月の外交演説で述べたとおり,私(大臣)は核兵器禁止条約交渉については,日本として主張すべきは主張していくことが重要であると述べてきたところです。今回ニューヨーク時間,27日に国連で行われました核兵器禁止条約交渉会議のハイレベルセグメントに,我が国からは高見澤軍縮代表部大使,及び相川軍縮不拡散・科学部長が出席し,その主張を述べたところであります。
 この主張の中身につきましては従来から申し上げておりますように,我が国の基本的な立場,核兵器の非人道性に対する正確な認識と,厳しい安全保障に対する冷静な認識,この二つの認識の下に,核兵器国,非核兵器国の協力を得,現実的・実践的な取組を積み重ねています。こうした基本的な立場に基づいて核兵器軍縮・不拡散における5つの原則,すなわち核兵器の透明性の確保,さらには核軍縮交渉のマルチ化,さらには北朝鮮等の地域の核拡散問題への取組,さらには核の非人道性,そして被爆地の訪問,こうした5つの原則を述べたものであります。
 今回,会議が始まりましたが,昨日開始された会議には,現実に核兵器国の出席は1国もありませんでした。また我が国として,我が国の今申し上げたような主張,こういったものを満たすものではない,こういったことが明らかとなりました。こういったことからこうした会議のありようは,「核兵器のない世界」に対して現実に資さないのみならず,核兵器国と非核兵器国の対立を一層深めるという意味で,逆効果にもなりかねない,こういった考えにも至った次第であります。
 したがって日本政府としましては,諸般の事情,総合的に十分に検討した上,昨日のハイレベルセグメントに出席をし,日本の考えを述べた上で,今後この交渉へは参加しないということにいたしました。我が国としましては,引き続き核兵器国と非核兵器国,双方が参加する枠組み,NPTですとか,CTBTですとか,あるいはFMCT,あるいはG7,こうした核兵器国と非核兵器国の協力を得ながら進めていく議論に,しっかりと貢献することによって,「核兵器のない世界」実現のために努力を続けていきたい,このように考えます。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000475.html

自ら作った非核三原則すら守らない国の外相の発言ということを踏まえると美辞麗句を並べただけにしか見えませんけど、要素としては2つの認識と5つの原則というのが日本の基本的な立場であって、核兵器禁止条約はそれに見合っていないという理屈になっています。

2つの認識
核兵器の非人道性に対する正確な認識
・厳しい安全保障に対する冷静な認識

5つの原則
核兵器の透明性の確保
・核軍縮交渉のマルチ化
北朝鮮等の地域の核拡散問題への取組
・核の非人道性
被爆地の訪問

では、条約は本当に上記2つの認識と5つの原則と見合っていないのでしょうか。

核兵器の非人道性に対する正確な認識」と「核の非人道性」は前文で以下のように示されていますね。

前文
(略)
 核兵器破局的な結果には十分に対処できない上、国境を越え、人類の生存や環境、社会経済の開発、地球規模の経済、食料安全保障および現在と将来世代の健康に対する深刻な関連性を示し、ならびに電離放射能の結果を含めた母体や少女に対する不釣り合いな影響を認識。
(略)
 核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)ならびに核兵器の実験によって影響を受けた人々に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意
(略)
 いかなる核兵器の使用も武力紛争に適用される国際法の規則、とりわけ人道法の原則と規則に反していることを考慮。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

核兵器の透明性の確保」については、前文と第2条で担保していますね。

 核兵器について後戻りせず、検証可能で透明性のある廃棄を含め、核兵器の法的拘束力を持った禁止は核兵器なき世界の実現と維持に向けて重要な貢献となる点を認識し、その実現に向けて行動することを決意。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

 ▽第2条(申告)
 一、締約各国は本条約が発効してから30日以内に国連事務総長に対し以下の申告を提出。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

被爆地の訪問」はヒバクシャの言及という形で示しています。

 核兵器廃絶への呼び掛けでも明らかなように人間性の原則の推進における公共の良心の役割を強調し、国連赤十字国際委員会、その他の国際・地域の機構、非政府組織、宗教指導者、国会議員、学界ならびにヒバクシャによる目標達成への努力を認識。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

「核軍縮交渉のマルチ化」も、前文の不拡散体制の重要性の言及で対応していると言えるでしょう。

 核軍縮と不拡散体制の礎石である核拡散防止条約の完全かつ効果的な履行は国際平和と安全を促進する上で極めて重要な役割を有する点を再確認。
 核軍縮と不拡散体制の核心的要素として、包括的核実験禁止条約とその検証体制の不可欠な重要性を再確認。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

では、日本政府は何が不満なのか、というと「厳しい安全保障に対する冷静な認識」が欠けているとか、「北朝鮮等の地域の核拡散問題への取組」が不十分だとか言いたいのでしょうね。

日本の本音「核の傘を利用継続できるように」、表向きの理由「現実的ではない」「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める」

巷間よく言われる理由は、日本政府が公言しにくい「核の傘を利用継続できるように」という本音と、「現実的ではない」「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める」といった表向きの理由で構成されています。
しかし、表向きの理由は見てくれだけで、実際には説得力に乏しいといわざるを得ないんですよね。

核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める」?

例えば、非核地帯条約は非保有国のみで締結して保有国に対して議定書への署名を迫るやり方をとっていますが、それで一体どんな溝が生じたのでしょうか?
また、仮に核兵器禁止条約によって核保有国と非核保有国の溝が深まると仮定しても、日本の参加可否が条約採択の可否を左右しない限り、日本の不参加には意味がありません。
核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める」ことを懸念するのならば、対立の緩和・解消のための活動が必要なのであって日本が不参加を表明して、日本と非核保有国の対立を生んでいてはそれこそ逆効果でしょう。

「現実的ではない」?

条約前文にこういう言及があります。

 国際的に認知されている非核地帯は関係する国々の間における自由な取り決めを基に創設され、地球規模および地域の平和と安全を強化している点、ならびに核不拡散体制を強化し、さらに核軍縮の目標実現に向け貢献している点を再確認。

https://mainichi.jp/articles/20170708/mog/00m/030/001000c

つまり、この核兵器禁止条約は非核兵器地帯条約を下敷きにしているということです。

これまでに署名された非核兵器地帯条約

(1)トラテロルコ条約(ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約、署名1967年、発効1968年)
(2)ラロトンガ条約(南太平洋非核地帯条約、署名1985年、発効1986年)
(3)バンコク条約(東南アジア非核兵器地帯条約、署名1995年、発効1997年)
(4)ペリンダバ条約(アフリカ非核兵器地帯条約、署名1996年、発効2009年)
(5)中央アジア核兵器地帯条約(署名2006年、発効2009年)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/n2zone/sakusei.html

この中には核保有国が署名・批准しているものもあれば、そうでないものもあります。内容は、核兵器の開発・製造・取得・所有・管理・配置・運搬・実験等を禁止するもので、核兵器禁止条約の内容と似ています。
こうして現実に運用されている非核兵器地帯条約もあるわけですから、「現実的ではない」と単純に言い切れるものでもありません。

核兵器禁止条約は核兵器保有国が参加しない状態でもある程度の機能を有する

単純に言えば、核保有国による条約締結国への核兵器持ち込みが出来なくなります。そして、締結国は核保有国に対して、自国内には核兵器は無いのだから核兵器による攻撃も威嚇も自国に対して行わないよう要求できるようになります。もちろん、核保有国がその要求を受け入れるかどうかは核保有国次第ですが、他の核保有国による自国内の核兵器配備を容認しない非核保有国に対して核保有国が核攻撃の脅しをかける可能性は大きいとはいえないでしょう。
現代の核戦略の基本が、自らが核攻撃を受けた場合に核兵器による報復を行う、というものである以上、核攻撃を仕掛ける能力の無い非核保有国に対して核攻撃を示唆するインセンティブは基本的には存在しません。
例えば、アメリカが輸出している自動車にかけられる関税に不満を持ったからといって、核攻撃をちらつかせるなんてことはまず考えられませんよね?
また、核保有国の中には中国のように、核兵器の先制不使用を宣言している国もあります*3
ASEANが形成している非核地帯条約(バンコク条約)には核保有国は署名していませんが、核の先制不使用を宣言している中国は非核地帯であるASEANに対して核攻撃の威嚇は宣言政策上、出来ません。
このように、核兵器禁止条約が非核保有国のみで締結されても、別個に核保有国が核の先制不使用を宣言すれば、宣言政策上、非核保有国に対する核の脅威は消滅し、核保有国同士の牽制状態のみが残ることになります。それだけでも、核廃絶に向けた動きとしては大きな成果になるわけですが、日本政府はそれに反対しているわけです。

応用的な事情

もちろん、自らが核攻撃を受けた場合に核兵器による報復を行うというのはあくまで基本であって、応用的には複雑な状況を考慮する必要があります。
例えば、核兵器以外の大量破壊兵器が使用された場合に核兵器による報復を行うか、という問題がありますし、通常戦力だけでは圧倒的に劣勢な核保有国の場合はどうか、という問題もあります。

北朝鮮の場合

では、北朝鮮の存在を考慮した場合に日本が核兵器禁止条約に参加することは現実的ではないのでしょうか?
北朝鮮が核開発を行う目的は第一には米国による攻撃を抑止するためです。経済制裁を解除させたいという目論みもあるでしょう。ただし、後者は前者を解決して平和条約が締結できれば自然に解決する問題でもありますので、まずは前者のみを考えてよく、基本的に日本は北朝鮮の眼中にないと言えます。

もちろん、北朝鮮による日本に対する核攻撃または非核攻撃を抑止しているものは、北朝鮮側の意図(日本を攻撃するメリットがない)だけではありません。まず日本を攻撃した場合は日米安保条約により米国による攻撃を招く可能性があります。それ以外にも、日本を攻撃するに至る経緯によっては国連での制裁決議や国連決議を伴わない多国籍軍による攻撃を招く可能性があります。
つまり、北朝鮮による日本に対する攻撃を抑止しているのは、国連の安保体制と国連以外の集団安保体制だと言えるわけです。したがって、日本の核兵器禁止条約参加の是非を考える問題は、日本が参加した場合にその抑止力が損なわれるのかという問題とみなすことができます。

そしてそれはつまり、北朝鮮が日本を攻撃した場合に米国あるいは国連あるいは有志連合が北朝鮮に対する核攻撃を選択するのかという問題です。
言うまでも無く、北朝鮮の通常戦力は米国の通常戦力に比べて著しく劣勢です。北朝鮮を攻撃するにあたって米国は核兵器を使用する必要は基本的にありません。可能性があるとすれば、北朝鮮ICBMを確実に無力化するには核兵器以外に手段がない場合ですが、これもまず考えにくいところですし、仮にそうである場合は、日本が核兵器禁止条約に参加しているか否かに関わり無く、米国は核兵器使用に踏み切るでしょう(自国を防衛するためですから)。

したがって日本が核兵器禁止条約に参加したとしても、原則として北朝鮮に対する日本の安全保障には何ら影響が生じないといえます。

影響が生じるとしたら北朝鮮との関係ではなく日本の核兵器禁止条約参加に米国が激怒して日米安保条約を破棄し、日本が北朝鮮からの攻撃を受けても無視し、国連安保理でも日本支援に反対票を投じるような場合くらいですが、これはさすがに考えにくいですね。

こうして考えると、日本政府が核兵器禁止条約に反対した理由のひとつである「北朝鮮等の地域の核拡散問題への取組」というのも本質的にはずれていると言えそうです。

最後の理由「厳しい安全保障に対する冷静な認識」

結局、日本政府が核兵器禁止条約に反対している理由は何なのでしょうか。
2つの認識、5つの原則のうち、残ったのは「厳しい安全保障に対する冷静な認識」だけです。

北朝鮮が自国防衛のために核開発を行った、というのは「厳しい安全保障に対する冷静な認識」と言えるかもしれません。実際問題、核開発を放棄したリビアも核開発できないまま核以外の大量破壊兵器を放棄したイラクも米国によって崩壊させられました。北朝鮮が自国の体制を維持したまま国家として生き残るためには米国の攻撃を抑止できるだけの核戦力を持つ以外に手段が無い、というのは北朝鮮にとってまさに「厳しい安全保障に対する冷静な認識」だったと言えるでしょう。

日本政府が考えている「厳しい安全保障に対する冷静な認識」というのも北朝鮮と同じかも知れませんね。



*1:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/gensoku/index.html

*2:http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/123851 非核三原則の法制化不要と安倍首相 (2017年8月6日 10:52)「安倍首相は記者会見し、非核三原則の法制化について否定的な考えを示した。(共同通信)」

*3:オバマ政権も核の先制不使用宣言を検討したことがありますが、結局断念しており、日本の安倍政権などが反対したからとも言われています。