木村草太氏の「親子断絶防止法の課題」の内容がひどかった件

ラジオ第1 毎週月曜〜日曜 午前5時
「親子断絶防止法の課題」
首都大学東京大学院教授 木村草太
5月17日(水)社会の見方・私の視点 

http://www4.nhk.or.jp/r-asa/336/

憲法分野では木村氏の見解に同意できるところが多いのですが、これに関しては事実誤認と矛盾がホントひどかったですね。

例えば、木村氏は親子断絶防止法原案に虐待・DVに関する規定が無かったと言っていますが(2分50秒)、2016年9月時点の法案で既に虐待・DVに対して特別の配慮が規定されています(第9条)。

(特別の配慮)
第九条 前三条の規定の適用に当たっては、児童に対する虐待、配偶者に対する暴力その他の父又は母と子との面会及びその他の交流の実施により子の最善の利益に反するおそれを生じさせる事情がある場合には、子の最前の利益に反することとならないよう特別の配慮がなされなければならない。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20161022/1477161464

これに加えて12月の修正案で児童虐待防止法とDV防止法の法律名を明記した形で言及する内容が追加されています(第2条3項)*1
木村氏はこれでも不足だと言って、面会交流を促進する内容の親子断絶防止法に反対するわけですが、その際に「子どもと会わせると危険な親」(2分)がいるからだと指摘しています。
そして「第三者の監視が入る面会施設」が必要だとか、家裁が「会わせるのに危険な親に会わせなさいという命令を安易に出している」から家裁が虐待やDVを認定できるように予算や人員を充実させる必要があるとか言っているわけですが、これもおかしいんですよね。

家裁が「会わせるのに危険な親に会わせなさいという命令を安易に出している」というのが、そもそも事実とは言い難く2012年の司法統計での面会交流事件8828件中、認容・成立した件数は5742件で65%程度にすぎません。
「第三者の監視が入る面会施設」が必要だというのは、離婚・別居後早期に面会交流を開始するための支援施設としては必要でしょうが、木村氏の言ってる必要性というのは、ここでは別居親は犯罪者予備軍の危険人物だから監視が必要だという意味としか取れません。

さて、別居親は虐待やDVを犯す危険性があるから面会させるなら第三者の監視が必要だという思考回路ですが、これは木村氏の以下の認識と矛盾します。
インタビュアが同居親が子どもを虐待しているような場合はどうか、と質問し、それに対して木村氏が回答した部分です。

(8分)
現に同居している親が子どもを虐待しているというケースであれば児童虐待防止法の手続きに従って引き離すということもできますし、あるいは虐待が認定できるような場合であれば、現に同居している側の親の方に監護権があるわけですが、子の監護権をもう一方の親に渡した方が良いのではないかという裁判をすることもできます。

この認識が矛盾しているのは、別居親が面会交流という極めて限られた機会で虐待・DVをおかす危険性は第三者の監視やそもそも面会を認めないというやり方で防止せよと主張しているのに対して、同居親による子どもへの虐待は児童虐待防止法で対応できると主張している点です。
子どもと接触する機会が圧倒的に多く、家庭という密室内で露見しにくい同居親による虐待は、児童虐待防止法という事後対策で構わないのに、子どもと接触する機会が著しく制限され、多くは公共の目のあるところで行われる面会交流における虐待・DVについては事後対策を検討すらしないのは、どう考えてもおかしいんですよね。

同居親による虐待を児童虐待防止法で対応できるのであれば、面会交流時における別居親による虐待も児童虐待防止法で対応できるでしょう。

また、同居親による虐待があったなら監護権の変更の裁判を起こせばいいという主張もおかしく、「子の監護権をもう一方の親に渡した方が良いのではないかという裁判」と言っている以上、その裁判を起こすのは別居親ということになるでしょうが、子どもを虐待するような同居親が別居親との面会交流を認めるでしょうか?普通に考えれば虐待の露見を恐れて、面会交流を拒絶しますよね?
そして子どもと面会交流できない別居親は、子どもが虐待されている事実を知りようがありません。
木村氏の言っている「子の監護権をもう一方の親に渡した方が良いのではないかという裁判をすることもできます」というのは机上の空論でしかありません。

その他にもひどいと思ったのは、子どもの利益ではなく同居親の意向を最優先する以下の内容です。

(5分)
今、現に子どもと一緒に暮らしている親が面会交流を拒むということは、これはやはり、子どもが仮に会いたいと言っていたとしても、あるいは子どもがそうは言っていない場合はもちろんですが、子どもにとって何らかの問題があるというふうに判断しているからこそ監護している側が面会交流を拒むことになっているはずですから、その意志を尊重しないと子どもの利益に反することが起きる。こうした視点が不足しているというのがもう一つの課題だと思います。

要するに子どもが別居親に会いたいと言っていても“同居親が拒むなら同居親の意向を優先せよ、それが正しい”という主張です。
同居親は子どもの意志を尊重しなくても構わないというに等しく、その思考と「現に同居している親が子どもを虐待しているというケース」の話がどう整合するのか理解できません。

まあ、この他もひどいのですが、全般的に木村氏のこの問題に対する理解は極めて杜撰という他ありませんね。

ちなみに木村氏の「親子断絶防止法の課題」に対しては、以下のような批判もあります。
親子断絶防止法に関する木村草太氏のコメントに対する批判