玉井克哉氏の「日韓合意によって(ウィーン条約)第22条が少女像に対して有効になるとする説」について

こういうコメントをもらいまして。

名無し 2017/05/22 02:07
コメント失礼します。
ウィーン条約の解釈について質問させて下さい。
日韓合意によって第22条が少女像に対して有効になるとする説を下記のサイトで知りました。
法学部ご出身の教授でいらっしゃるので、国際法に無学な私は徒らに否定することができません。
この解釈についてご意見を頂けましたら幸いです。
日本国大使館前の慰安婦像(平和の少女像)について。金明秀先生(han_org)と玉井克哉先生(tamai1961)の対話のまとめ
https://togetter.com/li/1069564

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20170512/1494641797#c1495386423

で、以下を参照してみました。
日本国大使館前の慰安婦像(平和の少女像)について。金明秀先生(han_org)と玉井克哉先生(tamai1961)の対話のまとめ

該当しそうな玉井氏の発言は以下ですかね。

玉井克哉(Katsuya TAMAI)‏ @tamai1961
安定路線ですね。「もともと言いがかりがこじつけに過ぎない」のかどうか。ウィーン条約は一般的な条約なので文言が曖昧だが、日本政府の主張を「理解」した韓国政府が「努力」するというのは、日本政府の主張に沿った条約の運用を約束したものではないのか。それが、合意は拘束する、ということ。

https://twitter.com/tamai1961/status/818662437897412608

玉井克哉(Katsuya TAMAI)‏ @tamai1961
いえ。韓国政府は、日本政府の判断を丸呑みすると言ったのではなく、日本政府の見解が条約の解釈としてありえない理不尽な「言いがかり」ではない、と言ったわけです。日本政府の見解を認識した上で懸念を解くよう努力するというのは、その見解が「ありうる一つの立場」だと認めているわけですね。

https://twitter.com/tamai1961/status/819204324081287168

玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961
日本政府の解釈が「ありうる一つの立場」だと認めたのが、合意の最低限の前提であり、そうである以上は、「まったく異なる」ということにはなりません。また、憲法も国内法の一つですから、それを理由に国家間の合意を覆せば、国際的な信義を失うことになります。

https://twitter.com/tamai1961/status/819209357480996864

「日本政府の主張を「理解」した韓国政府が「努力」するというのは、日本政府の主張に沿った条約の運用を約束したもの」という玉井氏の主張は、“もともと少女像がウィーン条約に違反するか否かは判然としなかったが、日韓政府間合意によって条約違反の存在であることがはっきりした”といった感じですね。

しかし、玉井氏はそもそも合意内容を誤解しています。
「日本政府の主張を」「韓国政府が」「「理解」した」わけではありません。合意の文言はこうなっています。

(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。

(2) The Government of the ROK acknowledges the fact that the Government of Japan is concerned about the statue built in front of the Embassy of Japan in Seoul from the viewpoint of preventing any disturbance of the peace of the mission or impairment of its dignity, and will strive to solve this issue in an appropriate manner through taking measures such as consulting with related organizations about possible ways of addressing this issue.

http://www.mofa.go.jp/a_o/na/kr/page4e_000364.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001664.html

韓国政府は“日本政府が懸念しているという事実”(the fact that the Government of Japan is concerned)を“認知”(acknowledges)しただけです。「日本政府の主張を「理解」した」わけではありません。

例えば“中国政府が尖閣諸島(釣魚島)の領有権を主張しているという事実”自体は多くの日本人が認知していますが、それは中国側の主張に理解を示してるわけではありませんよね。ましてや同意しているわけでもありませんよね。
韓国政府が“日本政府が懸念しているという事実”を“認知”したとしてもそれが「日本政府の主張に沿った条約の運用を約束したもの」になんかなるわけがありません。
玉井氏は知的財産法が専門とのことですが、甲が保有する知的財産権に対して、乙が自らに権利があると主張した場合、“乙が権利を主張しているという事実”を認知しても、“乙の主張を理解した”わけでもなければ、“乙の主張に沿った運用を約束したこと”にもなりませんよね?
もちろん、“乙が権利を主張しているという事実”を認知しないという選択肢もありますが、その場合、乙が訴訟を起こしても無視して出廷しないってことになりますよね。乙の提訴に対して、甲が受けてたつ場合、甲は“乙が権利を主張しているという事実”を認知したということに他なりません。

というわけで、玉井氏の解釈はそもそもおかしいといわざるを得ません。

国際法とかのレベル以前の話だと思いますので、玉井氏の慰安婦問題の認識にはかなり歪みがあるのでしょうね。

もし仮に、韓国政府が少女像をウィーン条約違反と認めた場合はどうなるか?

第二十二条 1 使節団の公館は、不可侵とする。接受国の官吏は、使節団の長が同意した場合を除くほか、公館に立ち入ることができない。
2 接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する。
3 使節団の公館、公館内にある用具類その他の財産及び使節団の輸送手段は、捜索、徴発、差押え又は強制執行を免除される。

https://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/diplomat.htm

そもそも、玉井氏の言うように日韓合意によって韓国政府は少女像をウィーン条約違反と認めたことになるのなら、ウィーン条約により韓国政府は「適当なすべての措置を執る特別の責務を有する」ことになるわけですが、日本政府が公式にそのような主張をしてますかね?「ウィーン条約の観点から懸念」とか非常に曖昧な表現しかしていませんよね?
明確に条約違反となったのなら、条約に基づいて「適当なすべての措置」を求めることができるはずですが。
当事者たる日本政府ですら、韓国政府に対しては日韓政府間合意の履行を求めるだけで、ウィーン条約に基づく要求をしていないわけですから、この点からも玉井解釈は超解釈といわざるを得ませんね。

では、仮に韓国政府が少女像をウィーン条約違反と認めた場合、どうなるでしょうか。
基本的にはどうにもなりません。2000年の憲法裁判所判決により、ウィーン条約の解釈として外国公館の安全と業務機能が脅迫を受けるような場合のみに表現の自由が制限されるという判断が下されています*1
韓国政府が表現の自由を規制する方向での憲法改正でもしない限り、韓国政府には何もできません。憲法解釈上、条約違反と言えない造形物を、行政府が条約違反だと主張している状態になるだけです。
まあ、憲法表現の自由を大事にしない日本社会には理解できない話でしょうが。