DV被害者は女性だけとは限らない、というか男性被害者数は一般にイメージされているよりも多いように思う

2015年の記事ですが、こういう記事があります。

3日に1人妻が殺される!日本のDVの実態

支援歴20年のベテランが怒りの告発
治部 れんげ : ジャーナリスト 2015年07月08日

身近ではない問題と思われがちなドメスティックバイオレンス(DV)。しかし日本では3日に1人、妻が夫によって殺されています。その衝撃の実態について、DV被害者を加害者から隔離する全国の民間シェルターのスタッフである近藤恵子さんに聞きます。

――近藤さんは、ドメスティックバイオレンス(DV)被害者の駆け込み寺である「シェルター」を運営する民間団体68の取りまとめ役をしています。まず、現状を教えてください。

警察統計によると、日本では今も3日に1人ずつ、妻が夫によって殺されています。内閣府の調査によると、成人女性の3人に1人がDV被害を体験しており、20人に1人は、殺されそうな目にあっています。これは、年間1200万件の刑法犯罪が起きているということになり、そのうち180万件は殺人未遂事件ということになります。
ところが、対策は追いついていません。DVの相談件数は増えているのに、検挙件数は年間2000件にとどまります。傷害罪や殺人未遂で立件されるべき事件がされていない。そのため、加害者は野放しになり、同じ犯罪を重ねていくのです。DVというのは、要するに殺人であり、殺人未遂であり、傷害事件なのだということが理解されていないように思います。
日本政府は、「すべての女性が輝く社会」をうたっていますが、長年にわたりDV被害者支援に携わってきた私からみれば、「女、子どもは家の中で殺されてもおかしくない社会」です。日本は国際社会からDVの加害者不処罰に手をつけろ、と批判されているのに、国内ではあまり知られていないのではないでしょうか。

https://toyokeizai.net/articles/-/73960


記事全体の主旨は理解しますが、「日本では3日に1人、妻が夫によって殺されています」という表現には違和感があります。違和感の一つ目は、「妻が夫によって」と書く必要はなく、「配偶者によって」で良いのでは?という点です。いうまでもなく、夫が妻に殺されるケースもあり、妻から夫へのDVだって許されるべき問題ではないからです。
違和感の二つ目は、「今も3日に1人ずつ、妻が夫によって殺されています」という点です。そのまま読み取れば、年間100人程度の女性が夫により殺害されていることになります。

殺人事件の認知件数は既遂・未遂あわせて大体年間1000件程度です(2014年は認知件数1054件、検挙件数1010件。傷害致死は認知92件、検挙96件)。
すると「今も3日に1人ずつ、妻が夫によって殺されています」のならば、殺人事件の10件に1件は夫による妻の殺害ということになりますが、この認識は正しいのでしょうか。

警察庁の統計*1によれば、2014年の殺人による女性被害者(死者)の数は206人です。殺人検挙件数で見ると、配偶者による殺人事件で検挙された人数は2014年で157人になります(加害者年齢20-64歳98人、65歳以上59人)。ただし、殺人事件検挙件数には既遂と未遂が含まれていますので、「妻が夫によって殺されています」という視点で見るなら、既遂事件で見る必要があります。
そこで2014年の157件の配偶者による殺人事件を既遂・未遂で分けると、既遂51人、未遂106人となります*2

配偶者による殺人既遂事件件数推移
年次 既遂件数 未遂件数 合計
H19(2007) 85件 107件 192件
H20(2008) 103件 97件 200件
H21(2009) 80件 72件 152件
H22(2010) 74件 110件 184件
H23(2011) 59件 99件 158件
H24(2012) 55件 98件 153件
H25(2013) 63件 92件 155件
H26(2014) 51件 106件 157件
H27(2015) 53件 94件 147件
H28(2016) 49件 109件 158件

したがって、実態としては配偶者による殺人既遂事件は年間50件程度で、「日本では1週間に1人が配偶者によって殺されています」という方が適切でしょう。

殺人事件被害者の男女比

2009年の既遂・未遂あわせた配偶者による殺人事件152件について性別の被害者数を見ると、女性99件(65.1%)、男性53件(34.9%)となります*3
配偶者間の殺人事件(未遂含む)は決して「妻が夫によって殺されて」いるものばかりではなく、その3分の1が妻により夫が殺害されている事件です。ちなみに配偶者間の傷害・暴行事件では圧倒的に女性被害者の比率が増えて、9割以上が女性になります。殺人事件被害者の男女比を見ると、傷害・暴行事件では男性被害者の存在が暗数となっている可能性がありますが*4、少なくとも統計上は、被害者のほとんどが妻と言えなくはありません。ただし、殺人事件に関しては、夫・妻ともに被害者になりうると言えますので、「妻が夫によって殺されています」ではなく「配偶者によって殺されています」と表現すべきでしょう。

イメージするDVとは異なる実態

身近ではない問題と思われがちなドメスティックバイオレンス(DV)。しかし日本では3日に1人、妻が夫によって殺されています。その衝撃の実態について、DV被害者を加害者から隔離する全国の民間シェルターのスタッフである近藤恵子さんに聞きます。

https://toyokeizai.net/articles/-/73960

治部れんげ氏の記事はこう書き出しています。ここから読者がイメージするのは、“暴力的な夫のDVによって妻が殺される事件が3日に1人の割合で起きている”というものでしょう。それもどちらかと言えば、比較的若い世代、多くは夫の方が年上で妻が逆らえないようなイメージが多いかと思います。
しかし、例えば2014年殺人事件(未遂含む)157件について見ると、加害者の年齢は20-64歳が98人、65歳以上が59人となっていて、約3分の1は高齢夫婦間で起きていることが示唆されています。
高齢夫婦間での殺人事件にも当然、若年世代と同様なDV・虐待による殺人があるとは思いますが、近年問題になっているタイプである介護疲れによる虐待・殺人の存在も無視できません。介護疲れによる殺人・無理心中の約7割は男性が加害者という報告もあります*5。中には、献身的な介護を続けてきたものの、体の痛みに耐えかねた妻から頼まれて殺害に至ったケースもあります。
これらを考慮するとこの記事が想定している“配偶者のDVによる殺人”の件数は、配偶者による殺人事件件数である年間50件よりもさらに少ないことになります。まあ、配偶者間の殺人既遂事件が年間50件以下であったとしても、3日に1人が1週間に1人になるだけで実質的なメッセージは変わらないので目くじらを立てるべきではないという考えもあるでしょう。
しかし、この記事は女性被害者にのみ焦点を当てその対策が不十分だと主張する内容になっています。配偶者間殺人事件の被害者の3分の1は男性であり、男性被害者をDV被害から守るための制度は、女性のDV被害者に対するものよりもさらに貧弱であることを考慮すると、この記事に対する違和感を強くせざるを得ません。
この記事が性別を明記せず、配偶者暴力による被害者を救済するという主旨で書かれていれば、そういう違和感は生じないのですが、最初から最後まで一貫して、常に女性が被害者という前提で書かれているのはとても残念です。

内閣府の調査によると、成人女性の3人に1人がDV被害を体験しており、20人に1人は、殺されそうな目にあっています。」

まあ、これもそういう調査結果は確かにあります。
内閣府調査結果では、成人女性の3人に1人(27.9%)がDV被害を体験しており、20人に1人(4.7%)は、殺されそうな目にあっています。
しかし、その同じ調査では、成人男性の5人に1人(17.7%)がDV被害を体験しており、200人に1人(0.6%)は殺されそうな目にあっているという結果も示されています*6

内閣府の調査によると、成人女性の3人に1人がDV被害を体験しており、20人に1人は、殺されそうな目にあっています。これは、年間1200万件の刑法犯罪が起きているということになり、そのうち180万件は殺人未遂事件ということになります。

https://toyokeizai.net/articles/-/73960

これは有配偶者人口(女性)を3600万人*7として「3人に1人がDV被害を体験しており、20人に1人は、殺されそうな目にあっています」と仮定した場合の想定をしているものと思います。同様の仮定を成人男性にあてはめると、年間720万件の刑法犯罪、18万件の殺人未遂事件となりますね。
それはそれとして、これも統計データの使い方がおかしいです。

統計データのつまみ食い

内閣府の調査では確かに「成人女性の3人に1人がDV被害を体験して」いるのですが、これは“結婚したことのある人のうち、これまでにDV被害を受けたことがある”割合であって、年間割合ではありません。同調査では過去1年間に被害を受けた経験についても集計しており、その数を用いると年間被害割合は、女性10%、男性7%となります。しかも、このDV被害には、心理的虐待や経済的虐待など通常、刑法犯罪とはみなしにくいであろう類型も含まれていますので、わかりやすい身体的虐待のみの割合*8となると、男性3.1%、女性2.6%となります。
まあ、これでも男女それぞれ年間100万件程度の刑法犯罪が起きていると言えなくはありませんし、それ自体は深刻な問題ではありますが、「成人女性の3人に1人がDV被害を体験しており、20人に1人は、殺されそうな目にあっています。これは、年間1200万件の刑法犯罪が起きているということ」というのは、いささか誇張しすぎな感が否めず、同時に男性被害者に対する視点の欠如も不適切な印象を抱きます。

ちなみに過去1年間に性的虐待を受けた人のみで見ると、男性0.1%、女性2.4%(分母:結婚したことのある人)で、有配偶者人口3600万人と仮定すると、年間、男性3万件、女性87万件の性暴力犯罪が起きていると言えなくもありません。

ところが、対策は追いついていません。DVの相談件数は増えているのに、検挙件数は年間2000件にとどまります。傷害罪や殺人未遂で立件されるべき事件がされていない。そのため、加害者は野放しになり、同じ犯罪を重ねていくのです。DVというのは、要するに殺人であり、殺人未遂であり、傷害事件なのだということが理解されていないように思います。
日本政府は、「すべての女性が輝く社会」をうたっていますが、長年にわたりDV被害者支援に携わってきた私からみれば、「女、子どもは家の中で殺されてもおかしくない社会」です。日本は国際社会からDVの加害者不処罰に手をつけろ、と批判されているのに、国内ではあまり知られていないのではないでしょうか。

https://toyokeizai.net/articles/-/73960

「DVというのは、要するに殺人であり、殺人未遂であり、傷害事件なのだということ」と言う主張に完全に同意できるわけではありませんが、そう考えるならば、男性被害者を除外して計算すること自体がおかしい気がします。
「殺人であり、殺人未遂であり、傷害事件」であるならば、被害者を性別によって分け隔てる必要はないでしょう。

概して言うと、近藤恵子氏の統計データの使い方は極めて雑ですし、男性が被害を受けている面については見向きもしないという点で問題があると思いますね。

「DVというのは、要するに殺人であり、殺人未遂であり、傷害事件なのだということ」を主張するのならDVの立証は証拠主義に拠るべき

近藤氏は、DVを「傷害罪や殺人未遂で立件されるべき事件」とみなしているようですが、その場合は刑事訴訟法による手続きに耐える証拠をそろえなければなりません。DV防止法は被害を訴える者をとりあえず保護することを目的としていますから、原則として事実認定はしていませんが、刑事事件として立件する場合はそうはいきません。
DV事件は家庭内という密室で起きるため、証拠をそろえることが難しいという点はよく指摘されます。しかしながら「殺人であり、殺人未遂であり、傷害事件」のような場合は、それでも立件されているわけですから、家庭内だということが証拠をそろえられない決定的な要因とまでは言いがたいでしょう。
どうにもDV被害者支援団体に近い人たちは、証拠を必要としないDV防止法の運用に慣れきってしまっているのか、立証をどう行うかということについては真面目に検討していないように思われます*9

近藤氏は「成人女性の3人に1人がDV被害を体験」していることを挙げて「年間1200万件の刑法犯罪が起きている」と述べていますが、そこで言われている「成人女性の3人に1人が」体験している「DV被害」は身体的虐待や性的虐待だけではなく、心理的虐待や経済的虐待が含まれており、そもそも刑事事件として立件できるかすら疑わしいものが含まれています。
DVは刑事事件として立件されるべきであると主張するのであれば、その形態によって対応や立証方法などを検討すべきでしょう。DV防止法での認定と同レベルで刑事事件として認定することを認めるのはさすがに無理があります。なぜなら、原則としてDV防止法に基づくDV認定によって人権侵害は発生しないのに対して、刑事事件による立件では不当逮捕などの人権侵害が発生しうるからです。
さらに言えば、DV防止法に基づくDV認定であっても場合によっては人権侵害が発生しえます。例えばこういう事例です。

名古屋地裁>「誇張のDV被害、妻が面会阻止目的で申告」

5/8(火) 22:06配信 毎日新聞
 ◇妻と愛知県に55万円の支払い命令
 別居中の妻が虚偽のドメスティックバイオレンス(DV)被害を申告し、愛知県警の不十分な調査で加害者と認定され娘に会えなくなったとして、愛知県の40代の夫が妻と県に慰謝料など計330万円を求めた訴訟の判決で、名古屋地裁(福田千恵子裁判長)は計55万円の支払いを命じた。夫側弁護士が8日、明らかにした。妻は控訴している。
 4月25日付の判決によると、妻が長女を連れて別居後、夫の申し立てで名古屋家裁半田支部が2014年、長女と夫の面会などをさせるよう妻に命じた。妻は16年、夫に住所などを知られないようにする支援を申請し、県警の意見を基に自治体が住民基本台帳の閲覧を制限した。
 判決は「DV被害は事実無根と言えないが誇張された可能性はあり、妻が面会阻止目的で申告した」と認定した。県警については、被害者の安全確保が最優先で多角的な調査を常に行う義務はないとしつつ「支援制度の目的外利用も念頭に置くべきなのに、事実確認を全くしなかった」と賠償責任を認めた。
 さらに「支援制度悪用が社会問題化している。加害者とされる者にも配慮する制度設計があるはずで、検討が期待される」とした。夫側弁護士は「支援制度の不備に踏み込んだ画期的な判決」と話した。【野村阿悠子】

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180508-00000102-mai-soci

こういう場合も考慮すると、DV防止法に基づく被害申告者保護は保護自体は迅速に行いつつも、それによって加害者とされた者の人権侵害が発生するケースについては、刑事事件同様の証拠主義に基づくべきで、また、申告された被害の内容によっては直ちに刑事事件化して捜査を開始できる仕組みを作るべきだと思います。
日本の刑事事件捜査自体も決して問題がないわけではありませんが、「傷害罪や殺人未遂で立件されるべき」DVに関しては、刑事事件捜査と同様の対応をするのが本筋でしょうね。



*1:https://www.npa.go.jp/toukei/seianki/h26-27hanzaizyousei.pdf

*2:https://www.npa.go.jp/toukei/seianki/h28hanzaizyousei.pdf

*3:http://www.kantei.go.jp/jp/singi/housetusyakai/dai3/siryou3_2.pdf

*4:傷害・暴行で済んだ事件の場合、男性被害者の方が事件を訴え出る可能性が低いと思われるため。

*5:https://mainichi.jp/articles/20160214/ddm/041/040/083000c

*6:http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/chousa/pdf/h29danjokan-4.pdf

*7:少し多い気がします。

*8:性的虐待もありますが、統計結果から合算処理がしにくいので、とりあえず身体的虐待に限定します。

*9:弁護士でありながら、DVは立証が難しいから証拠が無くても裁判所は認めるべき、といった主張をする人も見かけますし。