性交同意年齢に関する基本的な話

日本の刑法上の性交同意年齢は13歳未満となっていて、諸外国に比べて低すぎると主張している人たちがいるんですけどね。
日本の法律上、未成年者との性交等については刑法だけで規制されてるわけじゃないので議論として非常に不適切だと思っています。

性交同意年齢の引き上げを主張している人たちは、13歳以上の未成年者に対する性交等があっても暴行脅迫や抗拒不能が立証できなければ処罰されないかのように誘導していますが、当然そんなことはありません。

例えば、金銭等を対価とした性交等については児童買春禁止法という特別法があり、18歳未満の未成年を相手とした買春行為は5年以下の懲役または300万円以下の罰金という処罰が規定されています。売春防止法では買春者に対する処罰は規定されていないので、18歳未満の未成年者を守るための法律となっています。
当然、18歳未満の未成年者が売春に同意したとしても、その同意は違法性阻却理由にはなりません。考え方としては、未成年者による契約行為は無効というものに近いと言えます。

児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律

(平成十一年法律第五十二号)

第二条 この法律において「児童」とは、十八歳に満たない者をいう。
2 この法律において「児童買春」とは、次の各号に掲げる者に対し、対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等(性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等(性器、肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。以下同じ。)をすることをいう。
一 児童
二 児童に対する性交等の周旋をした者
三 児童の保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)又は児童をその支配下に置いている者

第四条 児童買春をした者は、五年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=411AC1000000052


では、18歳未満の未成年者が売買春ではなく騙されて性交等に応じた場合は相手方が罰せられないのか、というとそんなこともありません。
児童福祉法では18歳未満の未成年者に淫行させる行為が禁止されており、罰則は10年以下の懲役または罰金です。

児童福祉法

(昭和二十二年法律第百六十四号)
第四条 この法律で、児童とは、満十八歳に満たない者をいい、児童を左のように分ける。

第三十四条 何人も、次に掲げる行為をしてはならない。
六 児童に淫行をさせる行為

第六十条 第三十四条第一項第六号の規定に違反した者は、十年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000164_20180402_429AC0000000069&openerCode=1


条例レベルですが、全国に淫行条例があり、例えば東京都の場合だと、何人であっても青少年に対して「みだらな性交又は性交類似行為」をしてはならない、とあり、違反すると2年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます。

東京都青少年の健全な育成に関する条例

第二条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 青少年 十八歳未満の者をいう。

(青少年に対する反倫理的な性交等の禁止)
第十八条の六 何人も、青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行つてはならない。

第二十四条の三 第十八条の六の規定に違反した者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

http://www.reiki.metro.tokyo.jp/reiki_honbun/g1012150001.html

これらの特別法や条例で13歳以上18歳未満の未成年者に対する性行為等は規制の対象となっており、暴行脅迫や抗拒不能が立証できなければ処罰されないわけではありません。この規制は13歳以上18歳未満の未成年者に対するあらゆる性行為等を禁止しているわけではなく「淫行」「みだらな性交又は性交類似行為」に相当するものを禁止しています。したがって、結婚を前提とした真摯な合意に基づく行為が禁止されないことはもちろん、社会通念上「淫行」とは言えない行為も禁止されてはいません。
児童福祉法や淫行条例が「心身の健やかな成長」や「健全な育成」を目的としている以上、当然、児童の健全な育成を阻害しない範囲での性行為等については、自己決定権を認めているわけです。

性交同意年齢の引き上げという主張は要するに、13歳以上18歳未満の未成年者に対して上記のような自己決定権を認める必要はないという主張に他なりません。
つまり“児童の健全な育成を阻害しない範囲での性行為など存在しない”という認識です。
宗教保守の主張との区別も曖昧と言う他ありません。

ところで、18歳未満の青少年の性行為等のうち何が「淫行」にあたるのか、という点については法律上の明言がありません。
しかし、その判断基準は最高裁判例(昭和57年(あ)第621号)で示されています。
「「淫行」とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当」というのが、最高裁の判断です。

「広く青少年に対する性行為一般を指すもの」と解釈すべきではないし、「単に反倫理的あるいは不純な性行為と解するのでは、犯罪の構成要件として不明確であるとの批判を免れない」という判断から、前述の要件以外の性行為等は「淫行」から除外されています。

「淫行」の要件としては以下の二つのいずれかと言うことになります。
・青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為
・青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為

つまり、13歳以上18歳未満の未成年者に対する監護者以外による性行為等は、暴行脅迫や抗拒不能が立証できなかったとしても、上記要件を満たすことを立証すれば刑罰をもって裁くことが現行法下で可能なわけです。
ちなみにこの最高裁判例の事件ですが、被告と被害者の間には相当期間の付き合いがあったものの「当時における両者のそれぞれの年齢、性交渉に至る経緯、その他両者間の付合いの態様等の諸事情に照らすと、本件は、被告人において当該少女を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性行為をした場合に該当するものというほかない」と判断が下され有罪となっています。

私自身、現行の性犯罪法制が完璧なものだとは思っていません。ですが、刑法以外にも様々な特別法や条例などで規制の網が張られてきた経緯があるわけで、それらの特性や限界を十分に検討した上で、網の目が広い部分について補修・補完していくという努力こそが重要だと思いますね。淫行条例が全ての都道府県で成立したのはごく最近のことで、それまで地道な努力をずっと行ってきたわけですから、それらの法令を生かして補修し、適切に運用するための努力が必要でしょう。

何でもかんでも“抜本的に見直”せばいいというものではないと思いますね。

まして、特別法も条例もまるで存在していないかのような何十年も前の法認識でもって性犯罪が野放しにされているかのように宣伝するのは悪質と言う他ありません。



昭和57(あ)621  福岡県青少年保護育成条例違反
昭和60年10月23日  最高裁判所大法廷  判決  棄却  福岡高等裁判所

判決

(略)本条例一〇条一項、一六条一項の規定(以下、両者を併せて「本件各規定」という。)の趣旨は、一般に青少年が、その心身の未成熟や発育程度の不均衡から、精神的に未だ十分に安定していないため、性行為等によつて精神的な痛手を受け易く、また、その痛手からの回復が困難となりがちである等の事情にかんがみ、青少年の健全な育成を図るため、青少年を対象としてなされる性行為等のうち、その育成を阻害するおそれのあるものとして社会通念上非難を受けるべき性質のものを禁止することとしたものであることが明らかであつて、右のような本件各規定の趣旨及びその文理等に徴すると、本条例一〇条一項の規定にいう「淫行」とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である。けだし、右の「淫行」を広く青少年に対する性行為一般を指すものと解するときは、「淫らな」性行為を指す「淫行」の用語自体の意義に添わないばかりでなく、例えば婚約中の青少年又はこれに準ずる真摯な交際関係にある青少年との間で行われる性行為等、社会通念上およそ処罰の対象として考え難いものをも含むこととなつて、その解釈は広きに失することが明らかであり、また、前記「淫行」を目して単に反倫理的あるいは不純な性行為と解するのでは、犯罪の構成要件として不明確であるとの批判を免れないのであつて、前記の規定の文理から合理的に導き出され得る解釈の範囲内で、前叙のように限定して解するのを相当とする。このような解訳は通常の判断能力を有する一般人の理解にも適うものであり、「淫行」の意義を右のように解釈するときは、同規定につき処罰の範囲が不当に広過ぎるとも不明確であるともいえないから、本件各規定が憲法三一条の規定に違反するものとはいえず、憲法一一条、一三条、一九条、二一条違反をいう所論も前提を欠くに帰し、すべて採用することができない。
 なお、本件につき原判決認定の事実関係に基づいて検討するのに、被告人と少女との間には本件行為までに相当期間にわたつて一応付合いと見られるような関係があつたようであるが、当時における両者のそれぞれの年齢、性交渉に至る経緯、その他両者間の付合いの態様等の諸事情に照らすと、本件は、被告人において当該少女を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性行為をした場合に該当するものというほかないから、本件行為が本条例一〇条一項にいう「淫行」に当たるとした原判断は正当である。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/269/050269_hanrei.pdf