養育費算定表の増額や強制力強化が離婚後母子家庭の貧困の解消にあまり役に立たないと思われる理由

最初に言っておきますが、主体となるのが裁判所であるべきかどうかは別として養育費算定表を更新すること自体には賛成です。むしろ、毎年更新とか、せめて2~3年に1回くらいの頻度で更新して、現行の取決めの履行状況を把握するのと共に社会情勢に合わせた額に変更していくべきだと思っています。
養育費取り立ての強制力強化も、当事者の経済状況を適切に踏まえた上でならやるべきだとは思っています。

ただ、それらの施策が離婚後母子家庭の貧困の解消にはあまり役には立たないであろうとも思います。

理由1.算定表も強制力も「取決め」をしていることが前提

巷間よく言われるのが、“養育費をちゃんと支払っているのは全体の4分の1に過ぎない”という主張です。

確かに「平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果」に照らしても間違ってはいないのですが、より正確に言うなら、養育費の取決めをしているのは全体の半分(42.8%)で、現在も支払っているのはそのまた半分(53.3%)で、結果として全体の4分の1(24.3%)、となります*1

算定表増額も強制力強化も取決めをしているが支払が滞っている4分の1(19.4%)の母子家庭には役に立ちますが、それ以外の取決めをしていない母子家庭(54.8%)には役に立ちません。

4分の1(19.4%)の母子家庭であっても役に立つなら貧困の解消に貢献するはずだと思うかもしれませんが、そう単純ではありません。

理由2.母親の最終学歴が低いほど取決め率が低い

平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果」から母親の最終学歴別の養育費取決め率を以下に示します。

最終学歴 総数 養育費の取決めあり 取決め率
中学校 215 47 21.9%
高校 794 300 37.8%
高等専門学校 87 38 43.7%
専修学校各種学校 266 137 51.5%
短大 237 129 54.4%
大学・大学院 160 102 63.8%

中卒母の母子家庭での取決め率が21.9%に過ぎないのに対し、大卒・院卒母の母子家庭での取決め率は63.8%と大きな開きがあり、学歴が上がるほど取決め率が高くなる傾向がわかります。
母親の最終学歴は父親の最終学歴と強い相関があり、最終学歴と収入にも強い相関があることを考慮すると、自らの年収も少なく元夫に期待できる養育費も少ないであろう中卒や高卒母の母子家庭では取決め率が低く、逆に自らの年収もそれなりにあり元夫に期待できる養育費も高額であろう大卒・院卒母の母子家庭では取決め率が高いと見なせます。

母子家庭の貧困は主に養育費取決め率の低い低学歴の層で生じています。
この低学歴層はそもそも養育費取決め率が低いために養育費算定表の増額や取り立て強制力の強化による恩恵をほとんど受けられず、数少ない取決めをしている母子家庭も元夫の年収も低い可能性が高く、結果として得られる養育費だけでは貧困の解消が期待できません。
ちなみに、中卒母の母子家庭での養育費取決め率は21.9%、養育費受給率*2は10.7%ですから、8割近くの母子家庭にとっては算定表も強制力も貧困解消に無意味であり、算定表と強制力で多少なりとも貧困状態の緩和につながるであろう世帯は1割程度に過ぎません。
高卒母の母子家庭の場合でも、養育費取決め率は37.8%、養育費受給率21.4%ですから、6割の世帯にとっては無意味であり、16%程度の世帯にとっては多少の改善が期待できる程度です。

養育費算定表の増額や強制力強化の恩恵を一番受けるのは?

養育費の取決めをしている母子家庭は算定表増額の恩恵を当然受けられますし、取決めがあるのに受給できない場合でも強制力強化による恩恵があります。恩恵が受けられないのは取決めのないの母子家庭です。
したがって、一番恩恵を受けるのは最終学歴の高い層になります。
ところが、その最終学歴が高い層は元々自身の就労収入も高く、平均的には貧困ラインよりも上にいます。

最終学歴 年間就労収入平均値 養育費取決め率(再掲) 養育費受給率
全体 201万円 42.8% 24.5%
中学校 117万円 21.9% 10.7%
高校 171万円 37.8% 21.4%
高等専門学校 254万円 43.7% 26.4%
専修学校各種学校 257万円 51.5% 29.3%
短大 205万円 54.4% 30.0%
大学・大学院 303万円 63.8% 40.6%

(母子家庭の母自身の年間就労収入の最終学歴別平均値*3

もちろん、平均的に貧困ラインより上だからといって決して高収入とは言えませんから、養育費算定表の増額や強制力強化の施策そのものが悪いわけではありません。問題なのは、その施策の恩恵が、より貧困のひどい状態の家庭に十分に届いていないという点です。

“養育費をちゃんと支払っているのは全体の4分の1に過ぎない”という状況に寄与しているのは、中卒母・高卒母の母子家庭での養育費受給率の低さだと言えますが、その主張を受けて実施される養育費算定表の増額や強制力強化といった施策の恩恵を主に受けるのが大卒母の母子家庭だというのは、いささか欺瞞的要素を感じざるを得ないところでもあります。
言うなれば、貧困層の窮状を訴えて引き出した支援を主に貧困層ではない者が受け取っているかのような印象です。

もちろん、取決め率を上げようという動きもあるにはありますが、中卒母・高卒母の元夫も中卒・高卒である可能性が高いことから算定表通りの取決めをしたとしても貧困状態の解消につながるのは難しく、結局のところ児童扶養手当等の公的支援をいかに拡充するかというのが重要でしょうね。実際、母子世帯の母の養育費の取決めをしていない理由として「相手に支払う能力がないと思った」を最も大きな理由として挙げたのが取決め無し世帯985件中205件(20.8%)と結構います*4

児童扶養手当の拡充に関しては国会でも多く議論されています。保育園の無償化よりも児童扶養手当の方に予算を回すべきという意見もありますね。確かに高所得者層の保育料を無償化するより、低所得者層の子育て支援に予算を回す方が、最大多数の最大幸福にはなりそうに思えますしね。

国としては予算を必要としない養育費算定表の増額や強制力強化の方が都合がいいのかも知れませんが、貧困対策の本筋から言えば児童扶養手当等の公的支援拡充こそが必須であろうと思いますね。