中国の通貨スワップ外交・貿易決済への利用

日韓通貨スワップ協定に見られるように、日本では通貨スワップ協定を相手国への「施し」「恩恵」と解釈する中華思想が蔓延しています。
この慢心は、経済関係が相互に利益をもたらすという互恵関係であることに目を塞ぎ経済的な孤立への一里塚であるのみならず、経済以外の外交関係においても相手国を見下した態度を示し孤立を深める危険性を秘めています。

現在、中国は諸外国との通貨スワップ協定を積極的に進めていますが、これは通貨危機に備えるという消極的な目的から進んで貿易決済に充てるという積極的な目的を持っています。これにより、ドルを介さずに決済でき為替手数料や変動リスクを抑えることができます。
これは中国と貿易を行なう国は外貨準備として必ずしもドルを持たなくても良いということを意味しており、外貨準備を構成する通貨のドル離れを誘うと共に人民元が国際化することにつながります*1
この狙いを如実に示しているのが以下の記事です。

中韓経済】韓中通貨スワップを貿易決済に活用、協議開始
2012年9月17日

韓国と中国が締結済みの韓中通貨スワップ協定を活用し、両国間の貿易取引時に米ドルではなく、ウォンや人民元による決済を増やす方向で協議が進んでいる。韓国企画財政部(省に相当)の朴宰完(パク・チェワン)長官は今月11日、韓中経済閣僚会議後に「韓中通貨スワップの資金を貿易決済資金に活用することについて、中国側と実務協議に入った」と述べた。閣僚会議でも議題に上ったという。
 韓中が検討しているのは、通貨スワップの限度(3600億元・64兆ウォン)の範囲内で、双方の中央銀行が民間銀行にウォン建て、人民元建ての資金を低金利で貸し、銀行がさらに輸入業者に貸し付けることで、貿易代金の決済に充ててもらう方式だ。例えば、中国の輸入企業が韓国の輸出企業から商品を輸入する場合、中国人民銀行(中国の中央銀行)が韓国銀行に通貨スワップ資金を要求し、ウォン資金を受け取り、人民銀がそれを市中銀行経由で輸入企業に供給し、ウォン建てで決済を行う形となる。その逆の方式で、韓国銀行も韓国の輸入企業に人民元資金を供給し、決済に役立ててもらう。
 しかし、通貨スワップによる資金融通には金利が発生する。企画財政部の関係者は「両国の中央銀行がウォン、人民元の資金をどれだけ、どの金利水準で融通するかについて協議が必要だ」と説明した。
 国家間の通貨スワップとは、預金者が非常時に資金を借り入れる当座貸し越しに似た制度だ。両国政府は昨年10月、通貨スワップの規模をそれまでの1800億元から3600億元へと2倍に拡大した。
 貿易決済時にドルではなく、ウォンや人民元を使えば、企業は為替変動リスクを軽減することができ、自国通貨をドルに換金する際の為替手数料などを節約できる。現行制度でも貿易代金をウォン建てで決済することは可能だ。しかし、昨年の韓国の輸出、輸入でウォン建て決済が占める割合はそれぞれ1.8%、3.4%にとどまっている。

キム・テグン記者
朝鮮日報朝鮮日報日本語版:

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/09/17/2012091700626.html

日本では日韓通貨スワップ協定に対して「韓国に対して700億ドル恵んでやった」的な的外れな主張が、大蔵省官僚出身の極右政治家*2からも為されました。その結果、日本国内の世論、特にネット上では、韓国に対して”感謝が足りない”的な傲慢な主張が蔓延しました。排外右翼紙である産経新聞のみならず、毎日新聞ですら「昨年秋、欧州危機のあおりで韓国ウォンが売られ、韓国は通貨危機の瀬戸際に追い込まれた。それを救ったのが日韓スワップ枠の拡大だ。韓国への緊急融資枠を130億ドルから700億ドルに大幅増額した。日本が韓国を支援する意思を明確にしたため、市場は韓国を標的からはずした。」*3と事実を著しく誇張して、「日本のおかげ」をアピールしています。
実際には、日韓通貨スワップ協定が拡大された2011年10月19日のわずか1週間後の10月26日に中韓通貨スワップ協定も拡大されています*4。そもそも2011年秋の時点で「韓国は通貨危機の瀬戸際に追い込まれた」と言えるほどの危機的状況ではありませんでしたが、仮にそうだとしても危機回避に果たした中国の役割を無視するべきではないでしょう。その意味で毎日の潮田道夫論説委員の認識はかなり歪んでいます。

韓国輸出先 2010年 2011年 2011年構成比
日本 28,176 39,680 7.1%
中国 116,838 134,185 24.2%
香港 25,294 30,968 5.6%
台湾 14,830 18,206 3.3%

(単位:百万ドル)

韓国輸入元 2010年 2011年 2011年構成比
日本 64,296 68,320 13.0%
中国 71,574 86,432 16.5%
香港 1,946 2,315 0.4%
台湾 13,647 14,694 2.8%

(単位:百万ドル)

上記は韓国の貿易統計です(参照:JETRO)。韓国にとっては日本は無視できない貿易相手ですが、中国に比べると貿易額の規模が小さいことがわかります。韓国が日本か中国かの二者択一を迫られた場合、慰安婦問題、領土問題で強硬な態度を取り続ける日本よりも中国を選択する可能性は少なくありません。中韓通貨スワップの貿易決済活用の協議はその可能性を示しているとも言えるでしょう。

中国輸出先 2010年 2011年 2011年構成比
日本 121,043 148,298 7.8%
韓国 68,766 82,924 4.4%

(単位:百万ドル)

中国輸入元 2010年 2011年 2011年構成比
日本 176,736 194,590 11.2%
韓国 138,349 162,709 9.3%

(単位:百万ドル)

一方で中国にとっては、日本は韓国よりも相対的に大事な貿易相手国です。しかし韓国もまた重要な貿易相手国であることに変わりありません。中国にとってもやはり領土問題や歴史認識問題で挑発を繰り返す日本とどこまで付き合うか悩みどころでしょう。対中韓外交で無思慮な挑発外交しかできない日本の現状は、先の見えない閉塞感・不安感を大声でがなり立てることで自身をごまかそうとしているようにも見えます。

いずれにせよ日本との外交・経済関係が冷え込んでくる以上、中韓は互いに接近せざるを得ません。その結果、中韓両国にとって日本の重要度はさらに低下することになると思います。

日本の強がり

日本輸出先 2010年 2011年 2011年構成比
中国 149,086 161,467 19.7%
韓国 62,054 65,863 8.0%

(単位:百万ドル)

日本輸入元 2010年 2011年 2011年構成比
中国 152,801 183,487 21.5%
韓国 28,542 39,702 4.7%

(単位:百万ドル)
*5 *6

上記は日本の貿易統計です。中国は輸出入共に第1位の重要な貿易相手国です。韓国は中国よりは少ないものの日本にとって輸出入共に第10位以内のやはり重要な貿易相手国の一つです。
さすがに日中とも経済的に相手を無視することはできないためか、尖閣問題についても水面下で幕引きのタイミングを計っているようです。韓国に対しても慰安婦問題などの幕引きを狙っているようですが、領土問題については韓国が実効支配しているからか棚上げもできず悩ましいところでしょう。
一方で、韓国に対して強い姿勢の振りをするためか、日本は8月に日韓通貨スワップ協定拡大措置の更新見直しをすると表明しています。

「日本が韓国に金融制裁」、スワップ協定の更新見直しで=中国報道
サーチナ 8月18日(土)13時40分配信

 中国メディアの中国国際放送局は17日、「日本は韓国への金融支援の停止、通貨交換(スワップ)協定の縮小など、金融制裁を発表した」と報じた。
 安住財務大臣は17日の記者会見で、24日から予定していた日韓財務対話のための訪韓を延期したことを明かした。韓国の李明博(イミョンバク)大統領が島根県竹島(韓国名:独島)に上陸し、天皇陛下への礼を失した発言への抗議的措置だ。
 安住財務大臣は日本政府が日韓通貨交換(スワップ)協定の拡大分について更新見直しを検討するとも表明した。同協定は韓国が緊急時に日本からドルなどの外貨を調達できると定めており、拡大分は2012年10月に期限を迎える予定だ。
 安住財務大臣は「李明博大統領の竹島訪問や天皇陛下へのあまりに礼を失した発言は看過ならない」と韓国側を批判した。安住財務大臣の発言を受け、中国では日本が韓国への金融制裁を発動したと報じられている。(編集担当:及川源十郎)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120818-00000009-scn-cn

これは現時点で、韓国にとっては何の痛手もない通告です。現在、通貨危機の兆候があるわけでもなく、また仮に通貨危機の兆候があれば韓国経済の混乱が日本に波及する恐れから逆に日本の方で日韓通貨スワップ協定の拡大延長を望むことになったでしょう。この韓国にとって何の痛痒も感じさせない日韓通貨スワップ協定の縮小の検討表明は、多分に日本国内向けと言えます。
つまり、日本政府は韓国に対し強い態度を取っている、ように見える表明です。通貨スワップ協定を相手国への「施し」「恩恵」と解釈する中華思想が蔓延している日本国内限定の宣伝戦とも言えます。

しかしこれは日本の強がりに過ぎません。

中国では「韓国への金融制裁」と報道され、毎日新聞は「韓国にとって通貨の防御力減少は打撃だ。」*7と述べていますが、実態としての影響はほとんど皆無です。それでも韓国側から延長を申し出てくれば、日本側の面子も立ったでしょう。しかし、10月2日時点で韓国側からの延長申請はありません。

<日韓通貨交換協定>拡大措置の延長を申請せず
毎日新聞 10月2日(火)19時35分配信

 日本が韓国への金融支援策として実施している日韓通貨交換(スワップ)協定について、韓国が10月末で期限切れとなる拡大措置の延長を申請していないことが2日、分かった。財務省幹部が自民党本部で開かれた同党外交・国防合同部会で明らかにした。同省は、申請がなければ延長しない方針で、10月末で拡大措置が終了する可能性が高まっている。
 同協定は、日韓が緊急時に外貨を融通しあう仕組み。昨年10月、欧州債務危機の影響を懸念した韓国からの要請を受け、通貨交換枠を130億ドル(約1兆円)から700億ドル(約5.6兆円)に拡大した。しかし、李明博(イ・ミョンバク)大統領の竹島上陸などを受け、日本政府は同措置を見直す方向で検討していた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121002-00000068-mai-bus_all

このまま韓国側からの申請が無ければ、日本側としても引くに引けず拡大措置は終了となるでしょう。日本人一般にとっては”素行の悪い弟(韓国)にお灸を据える”つもりなのかもしれません。それは毎日新聞「水説:日韓スワップの破棄=潮田道夫(2012年08月22日)」の以下のような記述からも読み取れます。

かの国に関しては「陰徳あれば必ず陽報あり」ということわざが通じない。この際、韓国の一般国民にもはっきり分かる形で、いかに日韓の経済関係がかけがえのないものであるか、知らしめたほうがいい。

http://mainichi.jp/opinion/news/20120822ddm003070152000c.html

いかにも自意識過剰な論調ですが、慰安婦問題や領土問題で日本の強硬姿勢を続けている状況で韓国側が一方的に頭を下げて譲歩することはまずありえません。まして実害のない日韓通貨スワップ協定縮小という脅しで理不尽な譲歩要求を飲むはずがありません。
むしろ、日韓通貨スワップ協定の縮小と同時に、中韓通貨スワップ協定拡大延長と貿易決済への活用を本格化させ、中韓経済連携を強めることになるでしょう。それとともに日本の重要性は相対的に低下していくことになると思います。

DV加害者にとっては”お灸を据えた”つもりでも、それに耐えられない被害者はDV加害者から離れていき、最後にはDV加害者の周りには誰もいなくなる。そんな構図に見えます。


参照:中国の通貨スワップ外交(2012年6月時点) - 誰かの妄想・はてな版

*1:例えば、A国とB国が共に中国と貿易し人民元建の外貨準備を持っている場合、A国とB国の間での貿易でも人民元建で取引するメリットが生じます。

*2:もちろん、某片山氏のことです。

*3:http://mainichi.jp/opinion/news/20120822ddm003070152000c.html

*4:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20111031/1320065157

*5:http://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/trade/excel/rank2011.xls

*6:http://www.jetro.go.jp/world/japan/stats/trade/excel/rank2010.xls

*7:http://mainichi.jp/opinion/news/20120822ddm003070152000c.html