「慰安所」の本来の意味(UPは6/5)

慰安婦至急大募集」とか「『軍』慰安婦急募」とか書かれた1944年頃の植民地朝鮮での新聞広告*1を挙げて“慰安婦は自由意志で応募してきた”などと主張する人がいます。現実問題として当時10%程度だった朝鮮女性の識字率を考慮すれば、この広告を女性が見て自由意志で応募した可能性などはほぼ皆無であることは「歴史を知らない現代史家」で指摘しました。
今回はそもそも「慰安婦」と書かれてたら、それが「売春婦」を指すものだと当時の若年女性が理解できたかという視点で書いてみます。

字義的には「慰安婦」は“慰安所で働く女性”と何となくわかりますが、「慰安」という言葉は別に売春を意味するものではありませんので、「慰安所」という字面から想像するのは、一般的な娯楽施設や温泉のような息抜きの場所でしょう。実際、戦前には「慰安所」はそのような健全な娯楽施設や息抜きの場という意味で使われています。

新聞記事文庫 労働者保護(1-122)
東京日日新聞 1917.4.30(大正6)

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工場法施行調査

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農商務省に於ては昨年九月一日工場法施行と同時に同法施行後に於ける各種施設の実行を期する為同年九月八日に同省工場課の事務を庶務、調査、衛生、技術等の各部に分ちたる上更に其各部に於て直に着手すべき事項として多数の要目を定め爾来其進捗に努力し来れるが其結果前記各部中調査書に於ける着手要目たる(一)労働保険(二)外国に於ける社会政策的調査等の第一次調査は此程大体に於て終了を告げたるを以て近く第二次調査として(一)工場法改正必要の有無(二)職工紹介所並に慰安所或は職工教育の施設等に関する内外国に於ける現在施設(三)労働争議又は職工生計費若くは工業動員等に関する研究的調査等に関し夫夫調査を開始する筈にて第一次調査に関する書類は目下鋭意整理中なり

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データ作成:2006.4 神戸大学附属図書館

新聞記事文庫 住居問題(3-109)
東京日日新聞 1921.6.23(大正10)

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アパートメント・ハウス
中産階級の為の安住所
通俗講話
農学博士 西垣恒矩氏談

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日本の家庭生活は余りに複雑で、殊に食事の場合には、其都度、米から磨いて之を炊かねばならず、為に主婦は、毎日多くの時間を台所仕事に取られて、殆ど読書修養の暇が無い。
生活難を喞ちながら、払底だという女中さえ無理に雇い、一人で可いところを二人も三人も之を置くようになるのも、よし多少の虚栄が加わってるにせよ、元はといえば、家事の煩雑過ぎるに因る。
住宅の欠乏に苦しむ一方には、家事の煩雑に悩まさる。人生の慰安所であり、避難所であるべき家庭が、こんな風では、男子も寛いで其疲労を休むることが出来ず、婦人は唯齷齪として、何の向上進歩も期せられぬ。
此煩雑なる家事から逃れ、更に住居の安定を得る方法としては、アパートメント・ハウスの流行を鼓吹するが最も時宜を適するものと思う。
アパートメント・ハウスは、中産階級向きの貸室で、一軒の家を持つほどの必要のない人、若くは新婚の夫婦などに最も適し、第一炊事の世話が要らず、外出に際して留守番の必要がないから、自由に活動が出来、又家に在っても修養の時間が多く得られる。
それに自分の借りて居る一室乃至数室の外は、電話室でも洗面所でも皆共同故、日本人に欠乏して居る共同生活の訓練になって宜い。即ち知らず識らずの裏に公徳養成の機関ともなるのである。

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データ作成:2009.4 神戸大学附属図書館

新聞記事文庫 金融及金融機関一般(8-010)
国民新聞 1927.6.13(昭和2)

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恒産なき者は恒心なし
貯蓄は人生の最大要件
銀行の選択は貯蓄の要件

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(略)
家庭生活と貯蓄 家庭の円満も貯蓄から
独身主義者でない限り相当の年齢に達すれば誰れもが家庭を持つ。家庭は吾人の最も楽しい慰安所であり、愛の源泉地である人間は只単に自己一代の為にのみ生きているものでなく子孫の為にも又社会人としての責務の上からも毎日の生活に責任がある家庭の不和、欠陥が、やがては不良少女を生じ不良少年を生んで社会に流す害毒に就て思い出す時は家庭の意義はけだし重大なるものである
慰安所であり愛の源泉地であり活動の根源地である家庭に欠陥を生じ不和を生ずる重なる原因の一つは何んであるか?経済的に常に不安のあることである。其の他にも夫婦親子間の趣味思想の相違等種々の理由はあろうが、これ等は解決の途がいくらもある。経済上より生じた家庭問題に就ては終には一家の滅亡を招き眷族の離散を来す悲惨この上もなき結果となるものである
家庭経済は人生と不即不離の関係にあり。その確立安定は人生の幸、不幸の分岐点となり、日常生活の上に最も重要視せねばならぬ事柄である
(略)

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データ作成:2006.4 神戸大学附属図書館

これらの記事に書かれている「慰安所」はいずれも、婦人が男性に性的サービスをする場所という意味ではありません。工場労働者のための娯楽施設であり、安息の場である家庭を指しています。日中戦争が始まり、慰安婦が大量に動員されていく過程で、国家主導の売春宿を当初は本来の慰安所と区別するために「特殊慰安所」と呼び、慰安婦の動員が進み軍隊内で「慰安所」=売春宿という認識が定着するにつれ「特殊」が外れ「慰安所」と呼ばれるようになります。
つまり「慰安所」の意味が戦争を通じて変容していき、本来の意味とは違う意味になったわけです。そのため米軍にとっては「「慰安婦」とは、将兵のために日本軍に所属している売春婦、つまり「従軍売春婦」にほかならない。「慰安婦」という用語は、日本軍特有のものである。」(日本人捕虜尋問報告 第四九号)という説明が必要だったわけです。米軍にとっては「慰安婦」の直訳である「Comfort Women」は意味不明だったのです。
当然、「日本人捕虜尋問報告 第四九号」と同じ時期(1944年)に「慰安婦至急大募集」とか「『軍』慰安婦急募」とかの広告で「慰安婦」と聞いても、当時の女性、しかも社会経験の少ない若年女性には理解できなかったでしょうね。

したがって、秦郁彦氏が以下のような発言をするのは、間が抜けているとしか言いようがないわけです。

次に戦中のソウルの新聞に「慰安婦至急大募集。月収300円以上、本人来談」のような業者の募集広告が、いくつも発見されている事実を指摘したい。日本兵の月給が10円前後の当時、この高給なら応募者は少なくなかったろうから強制連行する必要はなかった。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130523/stt13052303220000-n2.htm

*1:この新聞広告の問題点の指摘は以下のサイトに詳しい。http://194586245.web.fc2.com/03.html