“メディアは事実を伝えるのが仕事だ”と主張する人に伝えておきたい政府・メディア共同で犯した隠蔽事件

「妄言」の原形―日本人の朝鮮観」から。

(P295-296

資料6 一九六五年 高杉発言

 三十六年間は搾取をしたわけではない。善意でやったわけである。[中略]
 「日本は朝鮮にたいする三十六年間の統治にかんしてあやまれ」という声もあるが、あやまれというのはどうか−交渉は双方の尊厳を傷つけないようにやらねばならない。国民感情としてもあやまるわけにはいかないだろう。
 日本は朝鮮を支配したというが、わが国はいいことをしようとした。山には木が一本もないということだが、これは朝鮮が日本から離れてしまったからだ。もう二十年日本とつきあっていたらこんなことにはならなかったろう。われわれの努力は敗戦でだめになってしまったが、もう二十年朝鮮をもっていたらこんなことにはならなかったかも知れない。台湾の場合は成功した例だが・・・。
 日本は朝鮮に工場や家屋、山林などをみなおいてきた。創氏改名もよかった。朝鮮人を同化し、日本人と同じく扱うためにとられた措置であって、搾取とか圧迫とかいうものでない。
 過去をいえば向こうにも言い分はあるだろうが、わが方にはもっと言い分がある。だから過去をむし返すのはよくない。とくに日本は親せきになったつもりで話しあいをまとめるのがよい。
(『アカハタ』一九六五年一月二十一日号)

上記は1965年1月7日、第七次日韓会談の記者会見で日本側首席代表・高杉晋一が述べた内容をアカハタが報じたものです。
植民地支配を否定し恩恵だと主張する内容で、これが植民地支配を受けた側を如何に侮辱する発言であるか、容易に理解できると思いますが(いや、今の日本人には無理かな)、驚くべきは、これが15年目に突入した日韓国交正常化交渉の大詰めで出た発言だということです。
この翌月には日韓基本条約案が仮調印されるわけで、ほとんど調整が終わっている状況で、相手側を著しく侮辱する発言を交渉の最高責任者がやったわけですから、この夜郎自大な感覚もさることながら、何よりも外交センスの無さに呆れ果てます。
なお、この日韓交渉において、妥結に前向きだったのは、アメリカ政府、日本政府(自民党政権)、韓国政府(朴軍事政権)であって、日韓ともに一般市民の間では不評で、反対運動が多く起されています。侮辱発言で交渉がつぶれて困るのは政府側であったにもかかわらず、記者会見でこのようなことを述べたわけです。政治とか外交などより、右翼的国粋的面子の方が大事だと思ってないと、こんな間の抜けた発言はできないでしょうね。

むしろここで現実的だったのは韓国側代表です。このような侮辱発言が公になったら、せっかくまとまりかけていた交渉が少なくとも数年は遅れると正しく認識した金東祚首席代表の方から牛場信彦副代表に、この問題発言をオフレコにするように助言し、日本側もそれを受け入れ、オフレコにするように記者らに要請することになりました。

それをアカハタがすっぱ抜いたわけです。(1月10日報道)
そして、東亜日報でも報道され(1月17日)、懸念された通り、この高杉発言は日韓で大問題となりました。これに対して、韓国外務部は「共産党のでっち上げ」だとして高杉代表を擁護し、高杉側も会見で発言の事実を否定し、事実を隠蔽しました。
1965年2月15日には椎名外相も、事実を否定する国会発言を行いましたが、他のメディアは沈黙したままでした。もちろん、記者会見の場にいた他のメディアの記者らは、アカハタ報道が事実であることも、日韓両政府が嘘をついて事実を隠蔽していることも知っていましたが、それを報道しなかったわけです。

エコノミスト」1965年2月9日号には高杉代表が「あれは共産系の作為的報道としか思えません」と虚言を述べています。

アカハタ報道が事実であったことは1993年に発表された金東祚の『韓日の和解−日韓交渉14年の記録』で確認されました。
しかし当時、他のメディアはそれを黙殺しました。日韓両政府と日本メディアが連携して事実を隠蔽したわけです。

“メディアは事実を伝えるのが仕事だ”と主張する人は、このときのアカハタ報道を無条件で歓迎・賞賛すべきでしょうね。