南京軍事法廷は戦後BC級戦犯裁判の一つなので連合国側がこれを否定すること自体、政治的にありえない

何か、南京軍事法廷を中国が勝手に行った極めてローカルな裁判だと思っている人がいるようですが*1ポツダム宣言に則った戦犯裁判のひとつであって、この判決に確たる根拠も無く否定論をぶつけても旧連合国、特に日本に対する戦犯裁判を行った国はほぼ確実に一切日本に同調しないでしょうね。

ポツダム宣言第10条

十、吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ(略)

http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j06.html

この条文に基づいて戦犯裁判が開かれたわけですが、これは別に東京裁判(極東国際軍事法廷)だけじゃありません。中華民国*2、アメリカ*3、イギリス*4、オランダ*5、オーストラリア、フランス、フィリピンの七カ国で合計47のBC級戦犯裁判が開かれており、このうちのひとつが南京軍事法廷です。

クローズアップ2015:記憶遺産に「南京大虐殺」 「東京裁判」引用際立つ

毎日新聞 2015年10月11日 東京朝刊
 中国がユネスコに提出した申請書の記述で目立つのは、東京裁判への言及だ。申請書類の冒頭にある趣旨説明の半分近くが、東京裁判からの引用になっており、A4判11ページの申請書類の中に「東京裁判」の文字が8回登場。国連の母体となった第二次大戦の戦勝国軍事法廷で虐殺を認定した点を強調して、中国だけの主張ではないことを示した。当時南京にいた欧米人の目撃証言にも繰り返し触れて「客観性」を強調し、政治利用の色をぬぐい去る意図がうかがえる。

http://mainichi.jp/shimen/news/20151011ddm003040064000c.html

毎日記事では河津啓介記者が、上記のような的外れな邪推を行なっていますけど、数ある戦犯裁判のうち南京事件を裁いた裁判は、東京裁判と南京軍事法廷であって、双方に言及されるのは当たり前の話です。「政治利用の色をぬぐい去る意図」とか見い出す方の心にこそ問題あるんじゃないですかね。
国連の母体となった第二次大戦の戦勝国軍事法廷で虐殺を認定した点を強調して、中国だけの主張ではないことを示した」っていうのもおかしく、南京軍事法廷判決も「第二次大戦の戦勝国軍事法廷で虐殺を認定した」判決ですからねぇ。

東京裁判の「20万人以上」、南京軍事法廷の「少なくとも30万人」」を両論併記というのもね

 記憶遺産の申請書では、犠牲者数について、戦後の東京裁判の「20万人以上」、南京軍事法廷の「少なくとも30万人」とする判断を両論併記して自説の根拠とした。

http://mainichi.jp/shimen/news/20151011ddm003040064000c.html

これは単純に数字しか見ないから、異なる二つの主張を併記しているように見えるだけです。
南京軍事法廷判決は、集団殺戮され遺体が焼き払われた犠牲者数を19万人以上、個別に虐殺され遺体を慈善団体が埋葬した犠牲者数を15万人以上とし、合計で34万人以上としています*6。つまり、遺体が焼き払われた犠牲者19万人以上については、遺体が残っていないものの証言などから犠牲者数を推定しているわけです。
これに対して東京裁判判決は、市民・軍人合わせて20万人以上が虐殺された、15万5000人の埋葬者数から見て過大な見積もりではない、書かれています。そしてその後に、これらの数字は遺体を焼き払われたり揚子江に投げこまれたりした犠牲者をカウントしていない、とあります。

Estimates made at a later date indicate that the total number of civilians and prisoners of war murdered in Nanking and its vicinity during the first six weeks of the Japanese occupation was over 200,000. That these estimates are not exaggerated is borne out by the fact that burial societies and other organizations counted more than 155,000 bodies which they buried. They also reported that most of those were bound with their hands tied behind their backs. These figures do not take into account those persons whose bodies were destroyed by burning, or by throwing them into the Yangtze River, or otherwise disposed of by Japanese.

http://www.ibiblio.org/hyperwar/PTO/IMTFE/IMTFE-8.html

つまり、こんな感じです。

裁判所    遺体が残っている犠牲者数 遺体が残っていない犠牲者数 合計        
南京軍事法廷 15万人以上        19万人以上         34万人以上(30余万人)
東京裁判   15.5万人/20万人以上    推定せず          推定せず       

東京裁判では、遺体が残っていない犠牲者(those persons whose bodies were destroyed by burning, or by throwing them into the Yangtze River, or otherwise disposed of by Japanese)数については推定していません。南京軍事法廷との違いはそこだけで、遺体が残っている犠牲者数について言えば、双方同じか、むしろ東京裁判の方が多めに見積っているとさえ言えます。
「20万人以上」「少なくとも30万人」と言った数値の背景を知っていれば、「両論併記して自説の根拠とした」などという表現はいまいちだといわざるを得ません。


ちなみにこのあたりの数字に関しては、以前の記事でもう少し詳しく書いています。

日本政府がこの内容の具体的にどの部分を否定しているかよくわからない

安倍政権が言ってるのは、つまるところ“気に入らん、やり直せ”だけで、何がどう気に入らないのか、どこがどのように間違っていて、正しいのは何だと言いたいのかさっぱりわかりません。
安倍政権が具体的に指摘しないのは、具体的にしてしまうと安倍政権の主張こそが間違っていることが世界中にばれるからでしょうね。

クローズアップ2015:記憶遺産に「南京大虐殺」 「東京裁判」引用際立つ

毎日新聞 2015年10月11日 東京朝刊
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 ◇世界記憶遺産に登録された「南京大虐殺に関する資料」
<1>国際安全区の金陵女子文理学院の宿舎管理員、程瑞芳の日記
<2>米国人のジョン・マギー牧師の16ミリ撮影機とそのオリジナルフィルム
<3>南京市民の羅瑾が死の危険を冒して保存した、旧日本軍撮影の民間人虐殺や女性へのいたずら、強姦(ごうかん)の写真16枚
<4>中国人、呉旋が南京臨時(政府)参議院宛てに送った旧日本軍の暴行写真
<5>南京軍事法廷が日本軍の戦犯・谷寿夫に下した判決文の正本
<6>南京軍事法廷での米国人、ベイツの証言
<7>南京大虐殺の生存者、陸李秀英の証言
<8>南京市臨時(政府)参議院南京大虐殺案件における敵の犯罪行為調査委員会の調査表
<9>南京軍事法廷が調査した犯罪の証拠
<10>南京大虐殺の案件に対する市民の上申書
<11>外国人日記「南京占領−目撃者の記述」(新華社通信から)

http://mainichi.jp/shimen/news/20151011ddm003040064000c.html

*1:百田尚樹とか。参照 「また東京裁判では、上官の命令によってたったひとりの捕虜を殺害したり虐待しただけで絞首刑にされたBC級戦犯が1000人もいたのに、30万人も殺したはずの南京大虐殺では、南京司令官の松井石根大将1人しか罪を問われていない。」http://d.hatena.ne.jp/davs/20150921/1442807198

*2:瀋陽、北京、太原、済南、徐州、南京、上海、漢口、広東、台北

*3:マニラ、横浜、上海、クエゼリン、グアム

*4:シンガポール、香港、マレー、北ボルネオビルマ

*5:バタビア、メダン、タンジェンピナン、ポンティアナック、パンジェルマシン、バリクパパン、マカッサル、クーパン、アンボン、メナド、モロタイ、ホーランディア

*6:http://www.geocities.jp/yu77799/gunjihoutei.html