こちらの量刑が不当とは思わないが、以前の容疑罪状は不当だと思う

こういう事件がありました。
嫌韓ネトウヨが、2015年3月20日に車に放火し、3月25日に韓国文化院に放火した事件です。

2015.11.13 14:04

嫌韓」男に懲役2年 韓国文化院の壁に火

 在日韓国大使館の文化交流施設「韓国文化院」(東京都新宿区)の壁に火を付けたとして、建造物損壊や器物損壊などの罪に問われた無職、近藤利一被告(40)に東京地裁は13日、懲役2年(求刑懲役3年)の判決を言い渡した。
 判決理由で新井紅亜礼裁判官は「韓国への悪感情から、無差別に火を付けた独りよがりで身勝手な犯行だ。被害額は計462万円と高額で、弁償もしていない」と指摘した。
 判決によると、3月25日深夜、韓国文化院の敷地に侵入し、1階通用口にライター用のオイルをまいて火を付け、壁と床を変色させたほか、同月20日には新宿区歌舞伎町の「純福音東京教会」駐車場で車に火を付けて壊すなどした。

http://www.sankei.com/affairs/news/151113/afr1511130028-n1.html

車はともかく建造物の被害は「壁と床を変色させた」程度であって、形式として放火であるとは言え、非現住建造物等放火(刑法108条)などに問うのは適切とは思えませんので器物損壊(刑法261条)に問うたことには問題を感じません。

(非現住建造物等放火)
第百九条  放火して、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物、艦船又は鉱坑を焼損した者は、二年以上の有期懲役に処する。

(器物損壊等)
第二百六十一条  前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

懲役2年についても建造物等損壊(刑法260条)と器物損壊の二つを考慮すればまあ理解できる範囲かなと思います*1

(建造物等損壊及び同致死傷)
第二百六十条  他人の建造物又は艦船を損壊した者は、五年以下の懲役に処する。よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。


ところが放火対象が変わると損害が同程度かそれ以下であっても量刑が増える傾向があるようです。

靖国神社神門放火事件(2011年12月26日)

2011年12月26日に靖国神社神門が放火される事件が発生しています。事件直後から日本のネット上では韓国人を犯人と決め付けてヘイトスピーチが蔓延しました*2が、翌2012年1月に韓国で日本大使館に火炎瓶を投げて逮捕された中国人が靖国放火についても自身の犯行と供述したことで犯人が判明しました。

韓国警察に拘束された中国人の身柄を、靖国放火犯として引き渡すよう日本政府が要求しましたが、その際の容疑が建造物等以外放火(刑法110条)でした。

(建造物等以外放火)
百十条  放火して、前二条に規定する物以外の物を焼損し、よって公共の危険を生じさせた者は、一年以上十年以下の懲役に処する。

この事件でも韓国文化院放火と同様に火がすぐに消し止められた。神門は構造上、建造物ではありませんので、建造物等以外放火容疑での身柄引き渡しが要求されたわけですが、神門の被害は少なかった点を考慮すると、本来なら器物損壊(刑法261条)程度が適切な容疑だったはずです。
被害程度が同程度でも、韓国大使館施設(建造物)に対する放火は器物損壊扱いで、靖国神社神門(建造物以外)に対する放火は建造物等以外放火扱い、と言うのはかなり違和感があります。

もっとも靖国神社神門放火事件において身柄引き渡しのための容疑を建造物等以外放火としなければならない事情が、日本側にはあったとも言えます。

犯罪人引渡しに関する日本国と大韓民国との間の条約

第二条 引渡犯罪
1 この条約の適用上、両締約国の法令における犯罪であって、死刑又は無期若しくは長期一年以上の拘禁刑に処することとされているものを引渡犯罪とする。

http://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/jpkorextradition.htm

犯罪人引渡し条約では、死刑又は無期若しくは長期一年以上の拘禁刑に相当する犯罪である必要があります。「三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料」の器物損壊では、引渡しに相当する犯罪とは言いがたいでしょう。日本政府が韓国政府に犯罪人引渡しを求める以上、「一年以上十年以下の懲役」にあたる建造物等以外放火でなければならないという政治上の理由があったわけです。
尤も、人権上の観点から言えば、そんな理由は理由になりませんが。

ともあれ、この事件では韓国政府は犯罪人を政治犯として扱い、日本への引渡しを拒否しました。
参考:「放火犯引渡し拒否が不当とまでは言えない

この政治犯としての認定は妥当であると私は考えますが、日本社会は「不当だ」「反日だ」と沸き立ちました。

靖国神社放火未遂事件(2013年9月22日)

その後、もうひとつの事件が起こります。
韓国人が靖国神社拝殿に放火目的でトルエンを撒いたところを取り押さえたという事件です。未遂で放火には至っていませんが、建造物侵入と放火予備で懲役3年が求刑され、2013年12月26日に東京地裁で懲役3年執行猶予4年の判決が出ています。

(予備)
第百十三条  第百八条又は第百九条第一項の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。ただし、情状により、その刑を免除することができる。

(住居侵入等)
第百三十条  正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

放火予備だけなら懲役は最大2年のはずですが、求刑も判決も3年となっていますから住居侵入と併合され1.5倍の3年とされたようです。執行猶予がついたとは言え、量刑上限の懲役がついたわけですから、かなり重い罰と言えます。

韓国文化院放火は既遂であっても懲役2年(求刑3年)である一方、靖国放火は未遂であっても懲役3年執行猶予4年(求刑3年)と言うのは量刑のバランスとしてはかなりおかしいものと思えます。

*1:詳細の事情は知りませんので、ちゃんと事情を考慮すれば別の判断もあると思いますが。

*2:http://j.people.com.cn/94475/7689163.html