「強制されたというなら兵隊さんも同じ」論について労務動員の強制連行の場合はどう考えるか

「強制されたというなら兵隊さんも同じ」論の誤り」に関連して。
従軍慰安婦らが売春を強要されたという人権侵害は従軍慰安婦問題の重要な論点ですが、否認論者のなかには「強制されたというなら兵隊さんも同じ」と主張し旧日本軍の免罪を図る人たちもいます。

Apemanさんの指摘するとおり、徴兵・兵役に関しては大日本帝国憲法第20条に臣民の義務として明記され、それに基づく兵役法などの法体系が存在しました。

第20条日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス

http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j02.html

徴兵された兵士たちは憲法・法律に基づいた義務として国家のために兵役を強制されたのに対して、従軍慰安婦らは明確な根拠法の無い状態で国家のために売春を強要されたわけです*1

では、労務動員の強制連行により労働を強いられた人たちは、どうでしょうか。よく知られている「徴用」については国家総動員法と徴用令などが根拠法となりますので、徴兵された兵士たちと同じような状態だったと言えます。ですが、問題は「徴用」とは別の形で労務動員された人たちです。

募集・官斡旋での労務動員

朝鮮半島での徴用は1944年9月になってから開始されています。日本政府や日本の極右勢力は朝鮮人強制連行を「徴用」のみに限定し矮小化しようとしていますが、実態としては徴用とは別個に行われた募集・官斡旋方式での強制労働被害者が圧倒的に多く、これを見なければ労務動員の強制連行問題は理解できません。

根拠法の有無と人権侵害の度合い

徴兵と徴用には兵役や労役を強制できる明確な根拠法が存在しますが、従軍慰安婦にも募集・官斡旋方式での労務動員にも売春や労働を強制できる明確な根拠法は存在しません。

徴兵制や徴用令は法的な強制であるため、人権侵害の度合いが高そうに思えますが、なればこそ政府は様々な援護策を講じてもいます。
国家のために兵役や労役を強制されるということは、そこで生じた損害に対して国家が責任を負う必要があるということでもあります。

一家の大黒柱が徴兵され戦死した場合、残された家族を国家が援護しなければならないわけです。戦死したら残された家族は無一文で路頭に迷うような制度では、誰も徴兵に応じませんよね。そこで政府は留守家族を支援する様々な法制を整備し、“安心して兵役に従事できる”ような制度を構築したわけです。
徴用も同じで、労役中に病気・事故などに遭った場合は様々な援護策が準備されました。
“法的な強制”と引き換えに様々な恩典を与えたわけです。

ところが、形式的には“法的な強制”ではないとされた従軍慰安婦や募集・官斡旋方式での労務動員には、そのような援護策は当然ありませんでした。
前線の宿営地の慰安所に送られ戦闘に巻き込まれ戦死・負傷した従軍慰安婦らには何の補償も与えられませんでしたし、募集・官斡旋方式で動員され過酷な労働で死傷しても徴用のような補償は何もありませんでした。

要するに、徴兵や徴用に対しては日本政府もある程度は強制に見合う援護策を講じていたのに対し、従軍慰安婦や募集・官斡旋方式での労務動員には何の対策も講じなかったということです。

その結果、人権侵害の度合いは、徴兵や徴用の場合よりも、従軍慰安婦や募集・官斡旋方式での労務動員でひどくなったわけです。

徴用の職場と募集・官斡旋の職場

職場環境も徴用と募集・官斡旋では異なっていました。徴用は国家の命令で行われる以上、労務環境がある程度整備されている職場に限られました。そのため、徴用先の職場は比較的マシなところが多かったのです*2
それに対して、募集・官斡旋で集められた職場には、労務環境が劣悪なところが多く、労働者を集めるのに苦労していました。

朝鮮半島で徴用令の適用が遅れた理由

歴史修正主義者らは“朝鮮半島が優遇されていたから”みたいに主張することがありますが、徴用令を適用するためには、留守家族の状態などを適格に把握し援護する必要があり、植民地政府である朝鮮総督府はその能力に欠けていたからに過ぎません*3
その結果、朝鮮人らには徴用のような補償が整備されていない募集・官斡旋方式での労務動員が多く行われました。そしてそこは徴用先の職場よりも劣悪な労務環境にあり、多くの犠牲者を出したわけです。

徴兵や徴用には補償が整備されていたが・・・

敗戦に伴い、日本は植民地出身者を外国人とみなし、補償の対象外としました。徴兵・徴用といった法的な強制を正当化してきた補償を植民地出身者から奪ったわけです。

強制されたとは言え、戦後も補償の対象となった徴兵・徴用された日本人に比べ、戦後補償の対象外となった徴兵・徴用された植民地出身者、そもそも補償とは無縁で労務動員を強制された募集・官斡旋方式での労働者、法的根拠不在の売春を強要された従軍慰安婦らは状況が全く異なります。

「強制されたというなら兵隊さんも同じ」論はこういう理由で成立する余地がないわけです。



*1:公娼制度の根拠法は、国家のために売春することを強要する法ではありません。

*2:この辺のことは、以前も少し書いています。http://scopedog.hatenablog.com/entry/20140425/1398428805

*3:他にも理由はありますが