阪神大震災時の対応の責任を村山首相に押し付ける系のデマの根深さを感じさせる件

村山富市氏に対する木村幹氏の魔女狩り論理 - 法華狼の日記経由で知った以下のやり取り。
Kan Kimura (on DL) on Twitter: "村山さんが、震災で機能が麻痺していた兵庫県庁からの連絡を無為に待っていて、震災発生から4時間以上も、自衛隊の出動命令を出さなかったのは、厳然たる事実だと思いますが。… "
かつじあめ@呉鎮守府 on Twitter: "当時の法律だと都道県知事しか災害派遣を要請できなかったからと覚えています。それを踏まえ、法律が改正されたと覚えています。… "
Kan Kimura (on DL) on Twitter: "それは基礎の基礎です。県庁が壊滅している状態では不可能な制度ですので、非常時においては「派遣要請があったものと見做して」出動させる事は出来たと思います。内閣総理大臣は自衛隊の最高指揮官ですからね。その上で政治的責任を取れば良かったと考えています。… "
Kan Kimura (on DL) on Twitter: "因みにこの時には、実際には伊丹の第三師団は県の要請なしに動き出している訳で、それこそその活動に法的根拠はない。シビリアンコントロールの観点からも、自衛隊が痺れを切らして動き出すくらいなら、首相が責任を取るべきなんですよ。"

自衛隊派遣を命じなかった村山首相が悪い、の一辺倒ですが、色々勘違いしている様子。

別に要請なしに自衛隊が部隊派遣しても違法ではない

まず「伊丹の第三師団は県の要請なしに動き出している訳で、それこそその活動に法的根拠はない」と言ってますが、自衛隊側が実際に法的根拠として主張しているかは知りませんが*1自衛隊法第83条2項にはこういう規定があります。

第八十三条 都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる。
2 防衛大臣又はその指定する者は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等を救援のため派遣することができる。ただし、天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときは、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる。
3 庁舎、営舎その他の防衛省の施設又はこれらの近傍に火災その他の災害が発生した場合においては、部隊等の長は、部隊等を派遣することができる。

http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=329AC0000000165_20180413_430AC0000000013&openerCode=1

第83条2項の「ただし」以下に「天災地変その他の災害に際し、その事態に照らし特に緊急を要し、前項の要請を待ついとまがないと認められるときは、同項の要請を待たないで、部隊等を派遣することができる」と書かれていますね。
阪神大震災という「天変地変」に際し、県庁ともろくに連絡が取れないという「特に緊急を要」する状況ですから、当然「要請を待ついとまがない」と認めて、「防衛大臣又はその指定する者」は部隊を派遣することができたんですよね。この場合だと第3師団長が防衛庁長官*2の指定する者にあたります。

ちなみにこの条文は自衛隊法が成立した1954年当時から存在します*3。もちろん、当時は「防衛大臣」ではなく「長官」と記載されていますが。

「非常時においては「派遣要請があったものと見做して」出動させる事は出来た」とするなら、防衛庁長官の責任が一番重いんじゃないかな

防衛大臣又はその指定する者は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等を救援のため派遣することができる」の前提条件である「都道府県知事その他政令で定める者」による「要請」ですが、木村幹氏は「派遣要請があったものと見做して」出動させればよかったと言ってるわけですね。
でも仮に「派遣要請があったものと見做し」たとしても、部隊派遣を命じるのは防衛庁長官(及びその指定する者)ですよね。

ちなみに阪神大震災当時の防衛庁長官玉沢徳一郎という自民党議員です。左翼大嫌いと公言するめちゃくちゃタカ派の議員で、第三次世界大戦に備えて軍備増強すべきだとか主張していた玉沢防衛庁長官ですが、肝心の阪神大震災の時には自衛隊に部隊出動を命じることもできなかったヘタレです。

そして玉沢防衛庁長官防衛庁兵庫県南部地震災害対策本部」を設置したのは、1995年1月17日11時で、これは災害対策基本法に基づく「兵庫県南部地震非常災害対策本部」の設置よりも遅く、既に兵庫県知事から自衛隊の派遣要請が出た後です。

災害時には自衛隊は積極的に自主派遣すべしというのは、結構昔から言われている

1959年9月の伊勢湾台風では多くの犠牲者を出しましたが、その直後の1959年10月5日に社会党の受田新吉衆院議員(後に民社党)がこう国会で質問しています。

第032回国会 内閣委員会 第5号

昭和三十四年十月五日(月曜日)

○受田委員 加藤さんにちょっとお伺いしておきます。私このたびの名古屋を中心とした史上最大の台風の災害地を、三日がかりで視察して帰ったばかりでありますが、自衛隊災害派遣自衛隊法の八十三条にあります。この災害派遣に関して、私の視察を通じての私が持つ疑問に対する御見解を伺いたいと思います。せっかくこの自衛隊法がこういう規定を設けておりまして、海上あるいは陸上における災害派遣に関しての協力をして下さるようになっておるのでありますけれども、実際問題として今回の自衛隊の行動においては、なお幾多の非難をすべき個所がひそんでおると思うのです。それは災害派遣に関する第八十三条の2の規定の中に、緊急やむを得ない場合における府県知事の要請を待たないで出動する規定があるわけです。この規定はいかに利用されたのか。今回の災害は、まさしく午後七、八時ごろという、これから長い夜に入ろうという、時間的に暗やみの中に入るという時刻である。夜明けまでにはずいぶん時間がある。従ってまっ昼間であるならば、目標物などもはっきりして、避難の道もあるでありましょうが、まっ暗な暗黒の中で突如として大暴風雨にぶっかかったのでありますから、その惨状はもはや形容のしがたいものであることはおわかりいただけると思うのです。府県知事の要請を待つまでもなく、緊急を要して、その要請を待ついとまがないと認めたときに、その要請を待たないで部隊等を派遣するということに該当しておると思うのです。この措置はどういう御見解でおやりになったのか、お答えを願いたいと思います。

○加藤説明員 御説のごとく、自衛隊災害派遣につきましては、自衛隊法八十三条に規定があるわけでございます。この八十三条では、建前といたしまして都道府県知事その他政令で定める者の要請があってやる、それに応じて出動するということになっておるのであります。これはやはりその地方における災害の復旧、民生の安定等について全般的な責任を持ちます者の判断に基いて行動いたしますことが、自衛隊の行動を効果的にする、そごのないようにするという建前であると思うのでございます。お話のごとく、第二項に特別の場合が規定してございます。これはこの規定自体としても活用してよろしいのでございますが、今度のような全般的な非常に広い区域にわたりまする災害等の場合におきましては、自衛隊が独自の判断でどこへ出ていくということをきめくていくことが、効果的であるかどうかということにつきましては、私はなお研究を要するものがあると思うのでございます。非常に特定の地域だけでございまして、そこだけやればよいというような場合には、あるいはこの規定を発動してすぐに出ていくということもございましょう。しかし自衛隊が最も効果的に働くためには、どういうふうな任務とどういうふうな力をもってどういうふうに働いたらいいかというようなことを考えますと、やはり都道府県知事等の要請に基いて行動することがこの場合については適当だったと思います。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/032/0388/main.html

まさに自衛隊法83条2項の規定を適用して自衛隊が自主派遣すべきだったのではないかと問うているわけですね。これに対して加藤陽三防衛庁参事官(防衛局長)は色々言い訳していますが、「第二項に特別の場合が規定してございます。これはこの規定自体としても活用してよろしいのでございますが」と適用できることは認めています。

その後、1983年にも同様のやり取りが国会で行われています。民社党中野寛成衆院議員による質問に江間清二防衛庁防衛局運用第一課長が答えた内容がこれです。

第100回国会 災害対策特別委員会 第3号

昭和五十八年十月十三日(木曜日)

○江間説明員 まず先に、私どもの方からお答えを申し上げます。
 自衛隊災害派遣につきましては、現在自衛隊法の八十三条に、天災地変その他の災害に際しまして都道府県知事等から災害派遣の要請がありました場合には、事態やむを得ないと認める場合には自衛隊の部隊等を派遣することができるという規定がございます。と同時に、同条におきまして、ただし、特に緊急を要し、要請を待ついとまがないと認めるときは、要請を待たずに部隊等を派遣することができるという規定がございます。これを私ども、自主派遣というふうに通称呼んでおります。実際に、具体的にどういう自主派遣の内容を考えておるのかという御質問かと思いますけれども、私どもは、たとえば被害状況の偵察でございますとかあるいは行方不明者、被害者の救出、あるいは航空救難といったような特に緊急を要するものについては、自主派遣というもので対応をいたしたいということを考えておりまして、従来もそういう方向で進んできております。
 具体的に復旧作業等の問題につきましては、これも自主派遣でやるべきではないかという考え方が一部にあるのかと思いますけれども、復旧作業の点につきましては、やはり関係省庁あるいは現地におきますところの災害対策本部との調整等を待って、効果的なその遂行ということを……(中野(寛)委員「復旧作業はいいです、むしろ救助等の問題です」と呼ぶ)特に緊急を要するということが前提でございますので、人命に特にかかわる場合というようなことについては自主派遣ということで対応できるというふうに考えております。
 以上でございます。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/100/0500/main.html

1983年の時点で「人命に特にかかわる場合というようなことについては自主派遣ということで対応できる」と防衛庁自ら答えているにもかかわらず、1995年の阪神大震災では、派遣要請が無いから出動できませんでした、と言い訳しているんですよね。

こういう経緯が全く踏まえられずに、村山首相のせいで自衛隊を派遣できなかったというデマが20年以上経ってもなお流布されているというのは、なんとも情けない話です。



*1:第3師団の場合はおそらく第83条3項の近傍派遣を名目にしていると思う。

*2:当時は防衛庁

*3:http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/01919540609165.htm