ダニエル・スナイダー(Daniel Sneider)氏の記事の英語版と日本語版の違いが少し気になった件。

対象の記事はこれです。

日本語版:米朝交渉決裂で「笑う日中」と「大慌ての韓国」 日本にとって最悪の悪夢は回避された
英語版:After The Hanoi Collapse, What Is Next For Northeast Asia?

twitter.com
まあ本人がツイートしているくらいですから、日本語版については本人も了承しているのでしょうけど、まずタイトルはまるっきり違いますね。

記事の中身にはそれほど大きな違いはないものの、ちょいちょいおかしなところがありました。

まずサブタイトル。
英語版のサブタイトルは、「The View from Seoul」「The view from Pyongyang」「China’s Own Choice」といった非常にシンプルなものですが、日本語版では「日本にとってはマイナス面も」「文大統領にとって後を引く問題に」「危機が北朝鮮全体に広がっている」「北朝鮮と中国はより親密になる」とかメッセージ性の強い表現に変わっています。

本文での日本語版・英語版の違いもいくつかあります。
例えば、英語版にある次の記載は日本語版にはありません。

South Korea is less than fourteen months away from its next parliamentary elections, and Moon must win a big victory in them if he is not to become a lame duck immediately thereafter.

https://toyokeizai.net/articles/-/268962

韓国は次回総選挙まで14か月を割っており、文大統領がレームダック状態になるのを避けるには総選挙で大きく勝たなければならない、という内容ですが、これを日本語版で削除した理由はよくわかりません。

誤訳と言えるのが、「Meanwhile, the North Korean regime will be even more eager to get effective sanctions relief directly from Seoul and from Beijing.」が「その間、北朝鮮政権は、韓国そして韓国政府から事実上の制裁緩和を直接得ようとするだろう。」となっている部分。「Beijing」は中国政府を指しますから明らかな誤訳です。
「The view from Pyongyang is only slightly less bleak. 」を「では、北朝鮮政府は今回の結果をどう捉えているのだろうか。簡単に言えば、韓国より少し深刻に捉えている。」と訳しているのもおかしいですね。「less bleak」ですから、北朝鮮は韓国よりは少しマシなだけの状態という方が正確でしょう。

ここも変ですね。

英語版 日本語版
The other source of relief is China and undoubtedly Kim will stop over in Beijing to consult with Xi on his way home. For Beijing, they have to worry some about how the Hanoi failure will affect the prospects for a soft deal on trade with Trump. That is hard to predict and Xi may wish to avoid openly thwarting the U.S. on North Korea. But in a strategic sense, the Hanoi summit debacle is good for China. 制裁緩和のもう1つの拠り所は中国である。中国政府は、今回の米朝交渉決裂が米中貿易交渉にどう影響するか、ある程度考えなければならない。今後、日中交渉がどうなるかは予測困難だが、少なくとも戦略的な意味では、今回の交渉決裂は、中国にとっては悪い話ではない。

まあ「undoubtedly Kim will stop over in Beijing to consult with Xi on his way home.」の部分は結果的に実現しなかったようです*1ので、削除した日本語版のファインプレイかも知れません。
しかし、「That is hard to predict」を「日中交渉がどうなるかは予測困難」はあんまりな誤訳で、どう考えても「日中」じゃなくて「米中」でしょう。
あと「Xi may wish to avoid openly thwarting the U.S. on North Korea.」も何故か日本語版にありません。米中交渉が予測困難だから、北朝鮮に対する米国の動きを公然と妨害することを避けるかも知れないってことですが、ここも削除した理由がわかりません。

そうかと思えば、日本語版で継ぎ足している部分もあります。

英語版 日本語版
Whether Kim will chose to escalate tensions now is very much in question. He may not feel the need and it would undermine his appeal to the South. But in any case, Pomfret says, “China and North Korea will become closer, along with Russia.” 現在の北朝鮮の経済的状況を鑑みると、米朝関係が再び緊迫化する事態は避けられそうだ。金委員長自体がその必要はないと考えるかもしれないし、韓国への心証を悪くしたくないと考えるかもしれないからだ。ただいずれにせよ、「中国と北朝鮮の関係はより親密なものになり、そこへロシアも加わることになるだろう」とポンフレット氏は話す。今回の交渉決裂で、結局最も得をしたのは果たして中国だったのだろうか。

「今回の交渉決裂で、結局最も得をしたのは果たして中国だったのだろうか。」は英文にはまったくありません。
また、冒頭の「Whether Kim will chose to escalate tensions now is very much in question.」という表現が、日本語版では「現在の北朝鮮の経済的状況を鑑みると、米朝関係が再び緊迫化する事態は避けられそうだ。」となっています。その直後に「金委員長自体がその必要はないと考えるかもしれないし、韓国への心証を悪くしたくないと考えるかもしれないからだ」とその理由を説明しているのですから「現在の北朝鮮の経済的状況を鑑みると」という日本語版での記載は良く言っても蛇足ですし、厳しく言えば意味が違うとも言えます。

その他、微妙なニュアンスの違いとしては、「Compared to Tokyo, the mood in Seoul is gloomy.」が「一方、韓国には暗い雰囲気が漂っている。」と訳されていたりする部分もありましたね。

まあ、多少の誤訳があるとはいえ、全体として意味が全く変わってしまっているわけではありませんが、何となく違和感の残る訳ですねぇ。