“藪の中”を正確に見通せる前提で議論すると間違えた場合に深刻な被害をもたらすという話。

この件。
「子ども返せ」数時間罵倒 親の圧力に悲鳴上げる児相(山口啓太 2019年5月24日08時00分 )

記事はモンスター親のせいで児童相談所の業務が圧迫されているという内容ですが、児童相談所の「保護」が正しいという前提に立っていて、児童相談所の判断が間違っていた場合については考慮されていません。
ですので、この記事を読んだ人は当然のように、モンスター親を排除するために警察の介入を求めるような意見をあげがちです。

ですが、児童相談所による「保護」にはこういう事例もあります。
ある日突然、「虐待」で通報された親子のトラウマ 本当に必要な対策とは何か? (井戸 まさえ)

要は、児童相談所が保護の判断を間違えることもあるわけです。
それでもこう主張する人もいます。
“保護すべきを保護しないという間違いを犯すよりは保護すべきでないものを保護するという間違いの方がマシだ”

一見正論なんですけどね、同じ理屈で警察による予防検束を認めるかというと多くは賛同しないと思うんですよね。特にリベラルな思考の人たちは。
井戸まさえ氏の記事からは、わずか5週間の「保護」が当該家族に深刻なダメージを与えたことがわかります。

子どもが児相に保護されたと言った瞬間に「虐待親」というレッテルを貼られ、好奇の目で見られる。知人や親戚にだって相談できない。
ひとことでも自分の体験を話したら、誤解を生み、また何の前触れもなく子どもたちがいなくなるのではないかという不安。だから経験者たちは口を塞ぐのだ。
本来は軽微な件で児童相談所に保護された体験を持つ人々が、そのリアルを、不都合も含めてもっと伝えて行かなければ、重篤なケースも、軽微な事案も同じ対応がされ、結果的に子どもたちに深い傷を負わせることにもなりかねない。
悲惨な事件の様子が報道される一方で、そうした声は一切出て来ない。
4年の月日が流れ、子どもたちも中学生になった。しかしBさん家族は親も子も、今もあの5週間がトラウマだ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56341?page=4

児童相談所は職権で児童の一時保護が出来ますが、その期間は最長で2ヶ月(児童福祉法第33条第3項)で、親権者の意に反してそれ以上延長する場合は家庭裁判所の承認が必要です(児童福祉法第33条第5項)。逆に言えば、児童相談所家庭裁判所の承認なしで2ヶ月間、親子を引き離す権限を有しているとも言えます。

刑事訴訟法が認める容疑者の逮捕後拘留期限が約20日間で、かつ、逮捕時・勾留時・勾留延長時に裁判所の承認が必要であることを考慮すれば、児童福祉法児童相談所に認めている引き離し権限は極めて強力であることがわかります。
これも不思議なんですが、逮捕・勾留されるだけで世間的には白い目で見られ社会的生命に深刻なダメージを与えることを理解する人たちが、児童相談所に子供を保護されたことでその親が世間から白い目で見られることの社会的なダメージには無頓着だったりする傾向が見受けられます。
この辺は想像力の問題か先入観の問題なのかもしれません。

容疑者が真犯人かどうかは逮捕した時点ではまだ藪の中であるのと同様に、要保護児童が実際に虐待を受けていたかどうかは保護した時点ではまだ藪の中です。

井戸氏の記事にあるように全くの冤罪で子供を「保護」され引き離された親にとっては、児童相談所こそが子供を拉致している状態ですから、当然ながら「子供を返せ」と訴えます。

その辺を踏まえた上で「「子ども返せ」数時間罵倒 親の圧力に悲鳴上げる児相」の記事を読むと、見え方が変わってきます。

 「家に帰ってからも、その日に聞いた親からの怒鳴り声を思い出す」。首都圏の児相に勤める40代の児童福祉司の男性は明かす。複数の児相で数年間、虐待事案に対応してきた。この児相では、児童福祉司1人あたり年60~70件の虐待事案に対応している。それ以外にも、非行事案や継続案件もある。「1件ずつ満足いくまで向き合うには数が多すぎる」
(略)
 「高圧的な態度をとる親は少なくない。特定の親への電話対応や説明に多くの業務時間が割かれる」。男性はそう話す。面接や電話で「子どもを返せ」と数時間罵倒され続けることも。「心理的負担が大きい。不安定になり勤務が困難になる人もいる」と訴える。

https://www.asahi.com/articles/ASM5R51DRM5RUTIL023.html

上記引用で(略)とした部分には、千葉県野田市の小学4年の女児(10)が虐待死したとされる事件の事例が記載されています。野田市の事件を事例とすれば、“児童相談所が保護するのは当たり前で返せと主張する親がおかしい”といった意見に誘導されるでしょうが、全くの冤罪で親子が2ヶ月近く引き離された事例を挙げれば、見え方は変わるでしょう。

刑事訴訟法と同様に一時保護した場合は長くても48時間以内に家庭裁判所の承認を得るべきではないか?

というのが私の意見です。
児童相談所の裁量だけで2ヶ月も親子隔離できるという法制度自体がおかしいと思います。一時保護自体は緊急性があれば児童相談所の裁量で開始することはやむをえないと思いますが、当然ながら親の側に異議申立の機会と権利を与えるべきですし、親側の主張の正当性の判断を一時保護の判断をした児童相談所に委ねてはならず、家庭裁判所が行うべきです。
児童相談所は、保護開始の根拠となった事実を家庭裁判所に提出した上で承認を得、親側にはその根拠事実に対する反論の機会が与えられ、適切な反論があり保護継続の必要性が無いと家庭裁判所が判断したなら速やかに保護を解除する、そういう制度であるべきです。

児童相談所が保護の判断を行っている以上、異議のある親が児童相談所に文句を言うのは当たり前の話でしかありません。保護継続可否の決定権限が家裁にあれば、異議のある親は児童相談所ではなく家裁に行くでしょう。
そもそも保護を決定した児童相談所にしてみれば、保護が間違いだったとは認めがたいのも当たり前で、結果として子供の福祉よりも組織防衛が優先する懸念もあるんですよね。

ちなみに、子供を保護して親から引き離す場合に司法審査を義務付けるように、というのは2019年2月の国連子供の権利委員会の勧告に書かれた内容でもあります。

(a) Introduce a mandatory judicial review for determining whether a child should be removed from the family, set up clear criteria for removal of the child and ensure that children are separated from their parents as a measure of last resort only, when it is necessary for their protection and in their best interests, after hearing the child and its parents;

(a) 子どもを家族から連行するべきか否かを決定する際は司法審査を受ける義務を課すこと。子供を連行すべき基準を明確にし、子と親に対する聴取後に保護と最善の利益のために必要となった場合の最後の避難所としてのみ家族から子どもを連行することが認められるようにすること。

(c) Abolish the practice of temporary custody of children in Child Guidance Centres;

(c) 児童相談所の一時保護所は廃止すること。

http://scopedog.hatenablog.com/entry/2019/02/11/080000

なぜか、この部分について、日本ではほとんど報道されてないんですけどね。

「藪の中」は見通せないという前提で考えるべき

逮捕されたからと言って真犯人とは限りません。子供が保護されたからと言って虐待家庭だとは限りません。逮捕され容疑者となった人は無罪・嫌疑不十分で釈放されても深刻な社会的ダメージを被ります。子供が「保護」され引き離された親も深刻な社会的ダメージを被り、親子関係にも大きなダメージが生じます。
もちろん、冤罪を恐れて真犯人を野放しにすることも虐待を見過ごすこともするべきではないのは確かです。

本来、一般市民としては過度に検察や児童相談所に肩入れすべきでないですし、過度に容疑者や子供が「保護」され引き離された親に肩入れすべきでもないでしょう。
それでもあえてどちらかに肩入れするならば、検察や児童相談所といった“公権力”と対峙する側に肩入れすべきなんじゃないですねかね。
その上で、どこまでの公権力介入ならば許容可能なのかということを考えていくべきなんじゃないでしょうか。




「子ども返せ」数時間罵倒 親の圧力に悲鳴上げる児相

山口啓太 2019年5月24日08時00分

 児童虐待の防止強化のための児童福祉法等改正案が今国会で成立する見込みとなった。業務の増大や敵意をあらわにする特定の親への対応……。虐待と向き合う児童相談所の現場では、悲鳴があがっているのも現実だ。専門家は、法改正だけでなく、職員を守るための仕組みが早急に必要と話す。
 「家に帰ってからも、その日に聞いた親からの怒鳴り声を思い出す」。首都圏の児相に勤める40代の児童福祉司の男性は明かす。複数の児相で数年間、虐待事案に対応してきた。この児相では、児童福祉司1人あたり年60~70件の虐待事案に対応している。それ以外にも、非行事案や継続案件もある。「1件ずつ満足いくまで向き合うには数が多すぎる」
 親からの圧力は、千葉県野田市の小学4年の女児(10)が虐待死したとされる事件でも問題になった。
 女児は小学校のアンケートで父親からの暴力を訴えたが、学校や市教委は「訴訟を起こす」と脅され、市教委が父親にアンケートのコピーを渡した。父親は一時保護を解除されて過ごしていた親族宅で「たたかれたというのはうそ」と書かせた書面を児相職員に提示し、自宅への帰宅を認めるよう迫った。児相は虐待のリスクが残っている可能性を認識しながら自宅に戻しており、問題視された。
 「高圧的な態度をとる親は少なくない。特定の親への電話対応や説明に多くの業務時間が割かれる」。男性はそう話す。面接や電話で「子どもを返せ」と数時間罵倒され続けることも。「心理的負担が大きい。不安定になり勤務が困難になる人もいる」と訴える。

https://www.asahi.com/articles/ASM5R51DRM5RUTIL023.html