「12 国際社会に与えた影響」に以下のように記載されています。
波多野委員及び林委員の検討結果は、いずれも吉田証言についての朝日新聞の記事が韓国に影響を与えたことはなかったことを跡付け、林委員の検討結果は、朝日の慰安婦報道に関する記事が欧米、韓国に影響を与えたかどうかは認知できないというものである。
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122201.pdf
林委員の「認知できない」というのが一番正確であろうと思います。
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122201.pdf(3)国際社会に与えた影響(林委員)
(略)そもそも、特定の報道機関による個別テーマの記事が、いかに国際社会に影響を与えたかを調べることはほとんど不可能である。(略)
メディア研究の歴史において、性急な「メディアの効果論」を持ち出すことは、禁物だと見られてきた。特定の小説や芸術作品が、人々や社会に「悪影響を与える」という理由が弾圧の方便に使われた例は枚挙にいとまがない。弾圧までいかずとも、そのような物言いは、言論の自由を萎縮させかねない。もともと、日本語というローカル言語で発信された情報が、他言語の異文化空間においてどのような影響を及ぼしたかとする問いの立て方も、それ自体に無理がある。
したがって、「朝日新聞による慰安婦報道は国際社会に影響があった」と結論づけるのは、朝日新聞を過大に評価している可能性が高い。同様に「影響がなかった」と結論することも、朝日新聞という日本の代表的な新聞社の影響を過小評価しているし、今回であれば、結果的に第三者委員会が他の部分で指摘する、社が現実に抱える編集、経営上の諸問題点の深刻さを相殺する効果を持ち込みかねない。第三者委員会立ち上げの際、国際社会への影響を明らかにしてほしいという朝日新聞からの要請は、おそらく、社の危機的状況の中で、同社の報道が国際社会に影響を与えたと主張する日本の一部の意見に過敏に反応したものだと受け止める1が、そうであるにせよ、朝日新聞は第三者委員会に委嘱する際に、審議を依頼する課題についてより慎重に吟味する必要があっただろう。よく練られないまま投げられた問いに対して、安易に応答を期待する社会的雰囲気にも、調査者は危うさを感じる。
「認知できない」というのを踏まえて上でなお強いて評価するならば、以下のようになるわけです。
最後に、この国際報道調査のもっとも端的な結論は、朝日新聞による吉田証言の報道、および慰安婦報道は、国際社会に対してあまり影響がなかったということである。
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122201.pdf
林委員の意見は結構明確ですが、波多野委員の意見は「(2)国際社会に与えた影響(波多野委員)」という節で長々と書かれている割には明確ではなく、木村幹的解釈をなぞっている程度の内容です。それでも、上記のように「吉田証言についての朝日新聞の記事が韓国に影響を与えたことはなかった」という評価になっているわけですが。
しかし一番支離滅裂なのは、岡本・北岡両委員です。
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122201.pdf(1)国際社会に与えた影響(岡本委員、北岡委員)
本件記事にしても、今回インタビューした海外有識者にしても、日本軍が、直接、集団的、暴力的、計画的に多くの女性を拉致し、暴行を加え、強制的に従軍慰安婦にした、というイメージが相当に定着している。
このイメージの定着に、吉田証言が大きな役割を果たしたとは言えないだろうし、朝日新聞がこうしたイメージの形成に大きな影響を及ぼした証拠も決定的ではない。
国際社会の慰安婦問題に対するイメージに「吉田証言が大きな役割を果たしたとは言えない」のであれば、朝日新聞が吉田証言を報じたことで「国際社会に与えた影響」の責任が生じるはずがありません。「朝日新聞がこうしたイメージの形成に大きな影響を及ぼした証拠も決定的ではない」というのも、自らが検証した上でその結論ならば、一体、朝日記事の何が問題なのか、という話になります。
岡本・北岡両委員は、何が何でも朝日のせいにしなければならないという結論が先にあったのか、無理やりな論理を展開し始めます。
(上記引用からの続き)しかし、韓国における慰安婦問題に対する過激な言説を、朝日新聞その他の日本メディアはいわばエンドース(裏書き)してきた。その中で指導的な位置にあったのが朝日新聞である。それは、韓国における過激な慰安婦問題批判に弾みをつけ、さらに過激化させた。
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122201.pdf
要するに、朝日新聞の影響ではないが、韓国国内に過激な言説なるものがあり、それを「朝日新聞その他の日本メディア」が裏書きした、と両委員は主張するわけです。しかし、「韓国における慰安婦問題に対する過激な言説」とは一体どんな内容なのか、「朝日新聞その他の日本メディア」はそれをどのように「エンドース(裏書き)」したのか、については詳細な説明がなく、これだけの説明では言いがかりとしか言えません。
これが問題だというのなら、セウォル号事件の際の韓国大統領の動向についてささやかれていた噂を裏書きした産経新聞が追及されるのは当然だということになりますが、それでいいんでしょうか*1。産経新聞はこの事件について韓国紙だって同じ報道している、と他紙を引き合いに出すいさぎよくない態度を取っていますが、池上彰氏あたりには是非とも産経新聞の態度を批判してほしいものです。
しかも朝日新聞以外に“その他の日本メディア”も同じく報道したにもかかわらず、「指導的な位置にあったのが朝日新聞である」という理屈から、朝日新聞だけを弾圧することを正当化しています。
しかし、「指導的な位置」とは一体何を意味するのか、他紙の慰安婦報道を朝日新聞が指導したなどとは考えられませんし、検証もされてません。こんな杜撰な決め付けで糾弾するなど、一体どこの人民裁判でしょうか。
そして、岡本・北岡両委員は最後にこう締めます。
第三国からみれば、韓国におけるメディアが日本を批判し、日本の有力メディアがそれと同調していれば、日本が間違っていると思うのも無理はない。朝日新聞が慰安婦問題の誇張されたイメージ形成に力を持ったと考えるのは、その意味においてである。
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122201.pdf
海外からの日本批判に対し日本国内のメディアが同調することを糾弾しているわけですが、これはメディアは政府批判をするなという報道統制の思想に他なりませんね。1970年代から1980年代にかけて、日本から韓国や東南アジアに買春旅行に出かける行為を海外から非難されましたが、日本メディアはこれに同調すべきではなかったということでしょうか。
アベに向かって尻尾を振ることしかできないメディアこそ、存在価値を否定されるべきでしょうにね。
ところで「慰安婦問題の誇張されたイメージ形成」と書いていますが、何をもって誇張と呼ぶのか、この検証報告書では一貫して、この点が不明確です。
「慰安婦問題の誇張されたイメージ」なるものが、本当に存在するなら、それは歴史的事実と比較して明確に示す必要があります。
しかし、この報告書は最初にそれから逃げています。
当委員会が行う調査は、慰安婦問題に関して朝日新聞が行った取材及び報道並びに過去の報道を取り消さなかった不作為及び過去の報道の訂正又は取消しのあり方が、報道の自由の範囲内のものとして許容される適正なものであったかを明らかにするために行うものであって、検証事項に関連する事実の認定も、その判断を行うために必要な範囲で行う。
http://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122201.pdf
逆に言えば、「検証事項に関連する事実の認定」をしていない範囲外のことについては判断すべきではありません。それを逸脱して、結論先にありきの記述している岡本・北岡両委員は、学者としても研究者としてもダメダメだといわざるを得ず、検証ではなく作文でしかありません。