「左翼文化人が日本を支配していた時代」って基本的にずっと自民党政権だったんだけどね

舛添氏がこんなことを言っていました。
https://twitter.com/MasuzoeYoichi/status/1269429507917705216

抗議されたのは正式国名を言わないからではなく、「北朝鮮」という呼称が蔑視や“正式な国として認めない”という日本政府の態度を反映したものだからだと思うのですけどね。

個人的には“朝鮮半島の北部にある国”という意で“北朝鮮”と呼んでいますので、他者が同じ呼称を使っていても私自身はさほど気にしないのですが、元々は「朝鮮半島の北半分」という地域名であって国名として使われたものじゃありませんよね。
韓国と国交成立するまでは、北朝鮮を「北鮮」、韓国を「南鮮」と呼び、韓国と国交が成立すると北朝鮮のみを「北朝鮮」と呼ぶようになった経緯からも、公式に使われる「北朝鮮」表記は“国として認めていない”という意図が込められたものとは言えます。

東ドイツはどうなんだ!”みたいな正当化もありますが、東ドイツドイツ民主共和国)とは1973年に正式な国交を日本は結んでいますので、少なくとも東ドイツと呼ぶこと自体に“国として認めていない”という意図は生じません。
日本と東独が正式国交樹立したのとほぼ同じ時期である1971年、札幌冬季オリンピックの前年のプレオリンピックで北朝鮮五輪組織委員会に正式名称の使用を求め、これを受けてメディアでは「朝鮮民主主義人民共和国」名称が併記されるようになりました。
少なくとも、正式名称が併記されることで、日本政府としては公式に国として認めていなくとも、メディアとしては北朝鮮が国として存在する事実を踏まえて報道していたわけです。

そしてこの1970年代から1990年代までの20年間については、「政府が『右』と言うものを『左』と言うわけにはいかない。政府と懸け離れたものであってはならない」*1などと述べた2014年のNHKとはかけ離れた態度を日本メディアは取っていたわけですよね。
政府としては国と認めていなくても、それは政治の論理であって、報道の論理としては国として存在している事実をもって報じるのが筋でしょう。

メディアが狂い始めるのは1990年代半ばからで、まず1996年に産経が「北朝鮮」呼称に戻り、1999年に読売が続き、2002年に北朝鮮が拉致を認めて謝罪した後、朝日、毎日、日経、NHKも「北朝鮮」表記に戻りました。
要するに北朝鮮が拉致を認めて謝罪したことで、日本社会は北朝鮮を公敵として扱って構わないという認識に染まったわけですね。

日本政府ばかりかメディアまでもが北朝鮮を国として認めないという態度に変わったわけですから、当然のように日朝交渉は暗礁に乗り上げ、何の進展もないまま日本は“毅然とした態度”を続けることしかできなくなっています。

ところで言うまでもない話ですが、舛添氏のいう呼称問題が「拉致問題の背景」であるというのは荒唐無稽もいいところです。仮に日本メディアが1970年代以降も「北鮮」や「北朝鮮」という呼称のみを使っていたら拉致は起こらなかったのか、と考えてみればその荒唐無稽さがわかるでしょう。

「左翼文化人が日本を支配していた時代」だから拉致問題が起きたのだと本気で考えているのなら、同時期の韓国軍事政権のように北朝鮮と通じてると目される在日朝鮮人らを片っ端から逮捕すべきだったと思っているのでしょうかね。
まあ、そもそも「あんな国ですから」という理由で正式国名を拒否し、わざわざ抗議される呼称を意図的に使うのは非常に子どもっぽい感性としか言いようがありませんが。