チキンレースの継続

“毅然とした態度”とやらは外交では全く役に立たず、領土問題は厳然とそこに存在しているわけですが。

「中国軍機13時間に及ぶ執拗さ 一触即発、配慮裏目に」産経新聞 1月9日(水)7時55分配信

まるで中国軍機が13時間にわたって領空侵犯でもしたかのようなタイトルですが、中国軍機は東シナ海の日本が主張する日中中間線付近を飛行しただけで、13時間なのは、尖閣諸島周辺の日本領海を中国の海洋監視船が滞在した時間です。
中国側は尖閣周辺の領海・領空侵犯にあたっては、国家海洋局所属の船舶・航空機で行っており軍用機や軍用船舶を使っていません*1石原都知事の暴走に端を発した野田政権下での尖閣国有化という日本側からの挑発行為に対して、中国側は無制限に挑発行為をエスカレートさせているわけではなく非軍事組織での圧力に留めています。

とは言え、対立している国家間の緊張状態の下では、双方が「このくらいならば、それほど相手を刺激しないだろう」と甘い情勢判断に陥りやすく、こちら側のアクションに対して相手側から予想以上のリアクションが返ってくることがしばしばあります*2
今回の場合、尖閣国有化に対して非軍事組織所属公船での領海侵犯となり、それに対して安倍政権は軍事組織の投入というチキンレースの継続に突き進んでいくようです。中国側がこれにさらに応じた場合、軍用機・軍艦の領空・領海侵犯へと発展する可能性がありますが、その時安倍政権はどう対応するのでしょうか。

かつて全面核戦争寸前にまで至ったキューバ危機(1962年10月)は、ソ連側の譲歩によって辛くも危機を脱しました。しかしソ連のミサイル運搬船の引き上げと言う決断までにチキンレースで大量の掛け金を積み上げてしまった米ソ両首脳は共に政治力を毀損し、ソ連側のフルシチョフは間もなく失脚、アメリカ側のケネディも翌年暗殺されています。両者いずれも政府内強硬派を抑えるのに多大な労力を浪費したと言えるでしょう。

掛け金が自分の命ではない場合のチキンレースでは、アクセルを踏むのはバカでもできますが、ブレーキを踏む時には自分の命を賭ける覚悟が必要になります。個人的には、安倍氏にそのような覚悟があるとは思えず、やばくなったら政権を投げ出す可能性の方が高いように思ってます。

産経記事

中国軍機13時間に及ぶ執拗さ 一触即発、配慮裏目
産経新聞 1月9日(水)7時55分配信
 沖縄県尖閣諸島をめぐる中国の脅威が、またひとつ明らかになった。今回判明した中国軍用機の日本領空への接近飛行は、「海洋強国」を掲げる中国の習近平体制の高圧姿勢を裏付けるものだ。こうした事態を受け、安倍晋三政権はこの地域での自衛隊の積極活用にかじを切る。背景には、民主党政権時代の弱腰対応が、結果的に中国の攻勢を助長したとの認識がある。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130109-00000080-san-pol

ミンシュガー。
中国側の行動を素直に解釈すれば、安倍政権になってからも中国側の対応は変わらず安倍政権が嘗められている、とでもなりそうなものですが、さすが産経新聞です。ダブスタなんて気にしません。

まともに指摘するなら、7月の参院選で大勝するために安倍政権は安全運転と日中貿易回復が必要で現時点では中国に対して強気に出れないだろう、と言う読みが中国側にあるんでしょうね。何しろ“参院選までの我慢”とでも言ったスローガンじみた安倍・自民支持者の発言があちこちで見受けられる状況ですから、中国側に「今は強く出ても大丈夫ですよ」とメッセージを送っているに等しいと言えます。

 「即刻退去の求めにもかかわらず長時間侵入した」
 外務省の斎木昭隆外務審議官は8日、中国の程永華駐日大使を呼び、海洋監視船による尖閣周辺での日本領海侵入に厳しく抗議した。安倍政権発足後、駐日中国大使を呼び出し抗議するのは初めてだ。
 領海侵入は常態化しているとはいえ、今回は7日午前から8日未明にかけ延べ13時間に及ぶ執拗(しつよう)さで「極めて特異」(菅義偉官房長官)なケース。程氏は「釣魚島(尖閣諸島の中国名)は中国領。抗議は受け入れられない」と反発した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130109-00000080-san-pol

興味深いことに安倍政権になった途端、「「極めて特異」(菅義偉官房長官)なケース」の領海侵犯が生じたわけです。「外交を立て直す」*3んじゃなかったのでしょうか。現実問題として中国側も強硬派以外は落としどころを探っているはずですが、安倍政権が軍事組織の投入などを公言している以上、矛を収めるわけにもいきません。日本政府側もまともな神経を持っていれば、これ以上チキンレースを進めることが危険であることは理解しているはずで、そういった日中の良識的な政策担当者が水面下で協議を進めるくらいはしてほしいものですが、“今ここで勝負を降りれば損だ”的な博打打の思考に陥っていて破綻まで突っ走る可能性も少なくありません。

 尖閣国有化後の中国側の攻勢は苛烈を極める。軍用機Y8の接近飛行はその最たるものだ。政府高官は「9・11尖閣国有化)以降、飛行頻度は格段に増した」と語る。空自のスクランブル対応が早くなると、Y8はより日本領空に接近してくるなど一触即発の状態が続く。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130109-00000080-san-pol

ここで軍用機の話が出てきますが、現在のところ中国側軍用機による尖閣領空侵犯は発生していません*4。軍用機が飛行しているのは東シナ海日中中間線(日本側主張)付近であり、中国側が主張する沖縄トラフまですら飛行せず、日本側主張の中間線をも越えないといったかなり腰の引けた対応を取っています。
日中間で係争中の日中中間線沖縄トラフの海域上空には、中国軍機は侵入していません。
一方で日本の自衛隊機は平然と係争中の日中中間線沖縄トラフの海域上空に侵入を繰り返し、日中中間線のさらに中国側にあるガス田付近を頻繁に偵察しています。これはかなり挑発的な行為ですが、日本側でこれを自覚しているメディアは皆無です。

 接近をいち早く探知するため、航空自衛隊の早期警戒機E2Cと空中警戒管制機AWACSは東シナ海上空を連日飛行。E2Cは9月以降、整備基盤がないにもかかわらず那覇基地にほぼ常駐しており、「要員も装備も疲弊している」(防衛省幹部)という。政府内には、中国側が挑発をエスカレートさせれば防空網に穴があきかねないとの危機感も強い。このため、実効的な対処にはスクランブル時の警告射撃などが不可欠だとの認識も広がりつつある。
 実は、警告射撃や海上自衛隊艦艇の前方展開は野田佳彦前政権では「中国を刺激する」として自重されてきた。しかし、こうした「配慮」が裏目に出たことは、今回判明した中国軍用機の接近飛行を見ても明らかだ。(半沢尚久、峯匡孝)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130109-00000080-san-pol

産経新聞は政治的に偏向していますから、都合の悪いことは全て中国と民主党のせいとしてまとめています。
安倍政権誕生で自衛隊関係者は、予算が増える、権限を拡大できる、責任を減らせる、と大喜びの様子で、自衛隊の代弁者は軍用機による領空侵犯が起きてもいないのに「警告射撃などが不可欠」とか言い始めています。

ちなみに以前、軍用機P3Cが東シナ海ガス田付近を偵察中に、中国軍艦に砲口を向けられただけで日本国内のメディアは激怒していました。領空侵犯していない状況での警告射撃はこれ以上の暴挙です。

*1:事故などによる偶発的な領海侵犯は例外的に存在しますが、それ以外はなかったはずです。

*2:リットン報告書に対する日本の連盟脱退や、南部仏印進駐に対する対日石油禁輸、トルコへのミサイル配備に対するキューバへのミサイル配備などなど。

*3:自民党公約

*4:今のところ、国家海洋局所属の航空機のみのはずです。

安倍政権、独島(竹島)問題のICJ単独提訴先送り決定

まあ、単独提訴したところで実効性が全く無いため、当然と言えば当然です。野田政権下で竹島問題を煽っていたのは極右の石原都知事やそれに便乗した自民党でしたが、ICJ単独提訴が国内政局以外には、外交的に何ら寄与しないことは以前も指摘しました。
外交を国内政争の具に利用した自民党としては、政権を奪取した今となっては“ICJ単独提訴”という矛をさっさと納めてしまいたいところでしょう。

竹島領有権、当面提訴せず…日韓関係改善を優先
読売新聞 1月9日(水)14時33分配信
 日本政府は、島根県竹島の領有権問題をめぐる国際司法裁判所(ICJ)への単独提訴を当面、行わない方針を固めた。
 安倍首相は、韓国の朴槿恵(パククネ)次期大統領との間で日韓関係の改善を目指しており、韓国の反発が予想される単独提訴は得策でないと判断した。
 政府は、2012年8月10日の李明博(イミョンバク)大統領による竹島上陸を受け、対抗措置の一環として、日韓両国によるICJへの共同付託を提案したが、韓国が拒否したため、単独提訴を目指して準備を進めてきた。
 安倍政権としては、ICJでの決着が望ましいとの立場は変えないものの、単独提訴は先送りし、韓国の対応を見極める方針だ。
 安倍首相は、民主主義や市場経済など価値観を共有する韓国との関係を重視している。2月25日に予定されている大統領就任式に合わせて訪韓し、日韓首脳会談を行い、関係改善を進めたい考えだ。関係を改善することで、沖縄県尖閣諸島をめぐり圧力を強める中国をけん制する狙いもある。
最終更新:1月9日(水)14時33分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130109-00000689-yom-pol

しかし、日本国内政争のとばっちりで散々Disられた韓国が、安倍・日本政府から「政権が変わりました。これから仲良くしましょう。」と言ってこられても容易に受け入れられるものでもないでしょう。心情的な話だけでなく、日韓通貨スワップ協定拡大措置打切りや歴史認識従軍慰安婦問題での日本政府の態度*1は当時の韓国政府に対しても政策の転換や具体的な対応を強いるものでした*2

これでも安倍政権は韓国に譲歩したつもりかもしれませんが、そもそも島根県竹島の日制定以来、煽りに煽ってきた今となってはこの程度の譲歩が譲歩として受け取られる可能性は低いのではないでしょうか。韓国からすれば、”独島(竹島)は韓国領なのだから日本が提訴しなくて当たり前であって、逆に「当面」とは何様のつもりか”と思うかもしれません。

言ってみれば自民党が政権奪回という政局のために外交を弄んだツケですが、手遅れ感は否めません。「韓国「日本より中国」…大使格下げ、放火犯引き渡し(産経新聞 1月9日(水)9時28分配信)」に見られるように韓国自体が対日関係より対中関係を重視する方向にシフトしつつあるようで、“俺に頼らなければ生活できまい”と高をくくって配偶者に暴力を振るっていた人が離婚届を突きつけられているかのような状況になるかもしれません。

ところで、2ヶ月前の産経新聞の社説はこんな感じでした。

【主張】
竹島問題 ICJへの提訴どうした
2012.11.2 03:24
 韓国による島根県竹島の不法占拠問題を、国際司法裁判所(ICJ)に単独でも提訴するという野田佳彦政権の決断は一体、何だったのか。
 李明博韓国大統領による8月の竹島上陸強行を受けて、この方針が打ち出されてから2カ月余、政府はいまだに実行に移していない。玄葉光一郎外相は、「韓国側の対応を注視している」と見送りともとれる発言さえした。野田政権の姿勢に強い疑念を抱かざるを得ない。
 竹島が日本固有の領土であることは明白だ。昭和27年、李承晩韓国大統領が境界線を一方的に設定して以来の不法占拠である。
 提訴をこれ以上先送りしては、日本の主張の本気度を疑われる。「方針は何一つ変わっていない」(藤村修官房長官)のであれば、速やかに提訴すべきだ。
 韓国側にも日本との緊張を緩和しようという動きはある。
 金星煥外交通商相は9月末の国連総会の演説で、「慰安婦」や「竹島」という言葉は使わず、日本を名指ししなかった。日韓外相会談も行われ、対北朝鮮で連携する方針を確認し、対立を表面化させなかった。
 李大統領は、天皇陛下訪韓に絡む謝罪要求発言について、10月に訪韓した麻生太郎元首相との会談では、「謝れなどと言ったことはない」と釈明したという。
 しかし、こと竹島問題に関しては、韓国側が軟化したとみるのは早計だ。韓国の国会議員15人は日本政府の中止要求を無視し、ヘリで竹島に上陸した。実効支配をアピールするため、今後も不法上陸は繰り返されるだろう。
 ICJに単独で提訴しても韓国が裁判を拒否すれば、審理は行われない。しかし、韓国には拒否理由を説明する義務が生じる。一連の手続きによって日本の竹島領有の正当性を国際社会に知らしめることに、大きな意義がある。
 10月に行われた国連安全保障理事会非常任理事国の改選で、日本が韓国に投票したことが明らかになった。北朝鮮の核問題などでの日米韓の連携や、日中関係が悪化する中での日韓関係の改善を優先する考えに立てば、やむを得ないとの意見もあるが、日本領土の不法占拠を認めたとの誤ったメッセージにもなりかねない。
 領土主権は外交判断などよりはるかに重いものである。日本は提訴をためらってはならない。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121102/plc12110203250005-n1.htm

安倍政権に対しても同じことを言うのか興味津々です。

*1:直近は民主党政権でしたが、否定論を煽っていたのが安倍氏などの現・自民党政権の中核にいる人物であることは当然に知られているでしょう。

*2:もし日本政府が従軍慰安婦に対して謝罪や補償に前向きな態度を示していれば、李政権は韓国内の反日世論を緩和させることができたかも知れません。