「反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」に関する件

特に日本のネット上についてそう思うのですが、韓国の「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」を「親日派」の一族に対する迫害とみなす思考が強いように思います*1

例えば、こういう意見ですね。

財産没収の法的問題というのは、親・祖父母の「罪」が子・孫によって「償われる」という「個人」ではなく「血」に立脚した遡及罰である点。

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20111114/1321283841

「血」に立脚した遡及罰?

実際の韓国の法律では以下のようになっています。

親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法
第2条(定義)この法律で使用する用語の定義は、次のとおりとする。
 2."親日反民族行為者の財産(以下"親日財産"という。)"とは、親日反民族行為者が国権侵奪が開始された露・日戦争開戦時から1945年8月15日までに日本帝国主義に協力した代価として取得し、又はこれの相続を受けた財産又は親日財産であることを知りながら、遺贈・贈与を受けた財産をいう。この場合、露・日戦争開戦時から1945年8月15日までに親日反民族行為者が取得した財産は、親日行為の代価として取得した財産と推定する。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/9133/sinnitiha.html

対象となっているのは「露・日戦争開戦時から1945年8月15日までに日本帝国主義に協力した代価として取得し、又はこれの相続を受けた財産又は親日財産であることを知りながら、遺贈・贈与を受けた財産」であって、別に「親日財産」を形成した当事者の子孫に限定されていません。実際に対象となるのが子孫であることは当然に多いでしょうが、親の罪が子に及ぶが如き理解は間違っています。
なので、「親・祖父母の「罪」が子・孫によって「償われる」という「個人」ではなく「血」に立脚した遡及罰」*2というのは、明らかに法の主旨を外しています。

それに「遡及罰」と呼べるかどうかも微妙に思えます。そもそもこの法律は、親日派が「親日財産」を取得した時点に遡って、その時点から「親日財産」は国家所有とみなすもの*3であって、「親日財産」を取得した行為によって親日派やその子孫を罰しようとしているわけではありません。少なくとも刑事的な意味での罰とは思えません*4。言うなれば、過去に遡ってその取引は無効であった、と宣言しているようなものですが、その取引の行為そのものを罰している訳ではありません。

第3条(親日財産の国家帰属等)①親日財産(国際協約又は協定等により外国大使館若しくは軍隊が使用・占有又は管理している親日財産及び親日財産中国家が使用し、又は占有又は管理している財産も含む。)は、その取得・贈与等原因行為時にこれを国家の所有とする。ただし、第三者が善意で取得し、又は正当な代価を支払って取得した権利を害することができない。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/9133/sinnitiha.html

つまり、過去の行為を遡及的に罰しているわけではありませんので、遡及立法ではあっても「遡及罰」とは呼べないでしょう。財産の没収は、過去の行為に対する懲罰としてではなく、取引無効と見なされた結果です。親日反民族行為者が為した財産であっても、「日本帝国主義に協力した代価として取得」したものではないことを証明すれば、没収される事はありません。
ちなみに韓国の憲法裁判所は、2011年3月にこの法律を合憲と判定しています。

憲法裁「親日派財産の国家還収は合憲」
親日派日帝強占期前後に取得した財産を国家が還収することは憲法に反しないという憲法裁判所の決定が出された。

憲法裁判所は31日、閔泳徽(ミン・ヨンフィ)ら親日反民族行為者6人の子孫46人が「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」に対し出した憲法訴願審判請求事件で、9人の裁判官のうち合憲5、一部違憲・一部限定4という意見で合憲決定をした。「特別法は民族の正気を立て直し日本帝国主義に抵抗した3・1運動の憲法理念を具現するためのもの」という判断だ。
憲法裁判所は、▽1904年の日露戦争開戦から1945年の光復(解放)までに親日反民族行為者が取得した財産は親日行為の代価として得たと推定し、▽これらの財産を国家に帰属させる特別法条項に対し違憲かどうかを判断した。
合憲意見を出したキム・ジョンデ裁判官ら5人は「親日財産」推定条項に対し、「親日財産かどうかを国がひとつひとつ立証するのは難しい反面、個々人は取得内訳をよく知ることができ、行政訴訟を通じて親日財産ではないという点を立証できるため憲法に外れない」と話した。これに対してイ・ドンフプ裁判官ら4人は、「親日行為と関係なく数百年前の先祖から受け継いだ土地も1912年に日帝が土地登録をした際に新たに取得したかのように表示させられるという点を考慮しないなら違憲とみるべきだ」と主張した。
遡及立法をする方式で親日財産を国家に帰属させることに対しては、キム・ジョンデ裁判官ら7人が合憲と判断した。彼らは、「遡及立法を予想できた場合には例外的に正当化される。親日財産の民族離反的な性格と大韓民国臨時政府の法の正統継承を宣言した憲法前文などに照らしてみる時、親日反民族行為者などが後から財産を剥奪されることがあることを十分に予想できた」と説明した。しかしイ・ガングク所長ら裁判官2人は、「憲法は遡及立法で財産権を剥奪することをいかなる場合にも許容しないと規定している」と反対意見を出した。
◆遡及立法=ある法を作る以前のことまで遡及して適用できるようにすることをいう。法的安全性を崩すという点から原則的に禁止される。

親日財産国家帰属法、制定で合憲決定まで
2005年12月「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」制定
2006年7月 親日反民族行為者財産調査委員会発足
2010年7月 委員会活動終了
        親日行為者所有地約1300万平方メートル(2100億ウォン相当)還収
2011年3月 憲法裁判所、親日財産国家帰属法条項合憲決定
2011.04.01 09:59:16
中央日報/中央日報日本語版

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=138721

憲法裁判所では裁判官9人中7人が遡及立法を合憲とみなしていますが、その根拠は反民族行為であることは当時から予測可能であった、との理路です。記事の説明だけでは弱い理屈ですが、実際には法律で「親日財産」の定義がかなり狭く設定されていることも考慮されていると思われます。

さて、この予測可能だったという理路ですが、これは日本の法体系でも遡及適用の根拠となります。

法の不遡及」キリッ、の人にはわからないかもしれませんが、日本国憲法が遡及適用を禁止しているのは刑事罰に関してのみです*5。それ以外に租税法に関して、憲法84条が遡及適用を原則禁止*6しているという通説がありますが、この遡及適用禁止の理由として予測可能性を保障するためというものがあります*7

親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」で規定されているのは刑事罰ではありませんし、韓国憲法裁判所の多数意見のように反民族行為の対価として得た資産が後に剥奪されうることを予測可能であったとするなら、遡及効を持つこと自体、特に問題とすべきことではないでしょう。

日本における遡及適用の事例

現実問題として一般国民の利害に直接関係がない場合には、日本でもよく法の遡及適用が行われています(省庁の定員を定めた法律など)。一般国民の利害に関するもので日本政府自身が証券取引法の改正の事例を遡及適用に近い事例としてあげています。

遡及適用と経過措置
 新しい法令を制定し、あるいは既存の法令を改廃する場合、それまでの法制度から新しい法制度に円滑に移行できるようにすることは、社会生活の安定の上で極めて重要です。そこで、新法令をその施行前にされた行為に対してさかのぼって適用し、旧法令が与えた効力を覆すことは、法律秩序を混乱させ、社会生活を著しく不安定にする可能性が高いことから、厳に戒めなければならないといわれています。特に罰則については、憲法第39条が明文で遡及処罰の禁止を規定していますから、絶対に遡及適用はできません。そのため、法令の遡及適用は、それが一般国民の利害に直接関係がない場合や、むしろその利益を増進する場合について行われるのが原則です。

 しかし、社会の変化が急激で一般の価値観が大転換するような状況では、たとえ既得の権利や地位を侵害することがあっても、より高次の公共の福祉の観点から制度の改変が求められる場合があり得ます。もちろん、実際にはこのような事態の発生は滅多にないのですが、平成3年10月に行われた証券取引法の改正のケースはそれに近い貴重な例といえます。
 この法改正は当時、戦後最大級の証券不祥事として社会の大きな非難を浴びた証券会社の大口法人顧客に対する損失補填の事件に対応して、証券市場の公正性・健全性に対する投資者の信頼の確保を目的に行われたものです。証券会社による損失補填・損失保証等を禁止するとともに、顧客がこれらを要求する行為も禁止し、違反に対しては刑事罰を適用する(証券取引法50条の3、199条、200条)というかなり厳しい内容ですが、ここでは新たに損失補填等を刑事罰で禁止するにあたり、改正法施行前にされた損失保証契約について経過措置を講じていません。

 そのため、証券会社は改正法施行後に施行前の損失保証契約を履行すれば、損失補填として処罰され、顧客もその契約により損失補填を要求して受ければ処罰されるということで、結局、施行前の損失保証契約はすべて履行できないことになりました。

 もっとも、改正法は施行後の損失補填や損失保証を禁止しただけで、施行前の損失保証契約を無効とすることを規定しているのでもありません。ただ、何の手当もなしに損失補填を刑事罰で禁じたことによって事実上、施行前の損失保証契約が履行できなくなり、無効になったと等しい状態が出現したということです。

 改正法施行前は損失補填は合法であり、損失保証契約も私法上有効で履行すべしというのが通説・判例でしたから、通常の発想からすれば、施行前の損失保証契約に基づく損失補填には改正法の禁止規定は適用しない旨の経過規定を置きたいところなのですが、少し考えてみると、それは無理であることが分かります。顧客の処罰まで含めた厳罰による禁止を定める以上、損失補填は悪性の強い反社会的行為になったと言わざるを得ませんし、そうであれば、施行前の損失保証契約に基づく損失補填であっても許されない行為としなければならないのは当然だからです。反社会的行為を経過措置で合法的にできるようにするなど、法の正義から到底許されないことでしょう。改正法下では契約不履行が公共の福祉なのです。

http://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column009.htm

このように、公共の福祉と言う観点から法の遡及適用が行われる事もあるわけです。


親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」を法の制定前の反民族行為に対する刑事罰の遡及適用とみなすのは、当該法の文面だけでもおかしいことがわかるはずですが、特定国に対する色メガネをかけている人にはそれが見えないらしいですね。

参考:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20111114/1321283841

*1:一方で、そのようにとらえる人たちが、いわゆる「親日派」の人たちに対して、その実態を調べたり、人権保護を訴えたりしているところを見たことありませんけど・・・。大抵の場合、韓国人として一緒くたに侮蔑の対象として嘲笑している様しか、ネット上では見かけませんね。

*2:http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20111114/1321283841

*3:第3条参照

*4:私自身は韓国の法体系について詳しくありませんので断言できませんけど。

*5:第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

*6:納税者の利益になる場合には遡及適用が認められるため、”原則”禁止。不利益不遡及。

*7:金子宏教授 http://www7b.biglobe.ne.jp/~zushi_yoshinobu/ronnbunn2.html