安倍自身が我慢できなかったらしい件と韓国政府の意向に関して

日韓合意外の追加要求である慰安婦移設に関しては、てっきり日本政府自らが発信することを控えて、手下の自民議員や右翼言論人・メディア・ネトウヨを使って流布していく目論見だと思ってましたが*1、安倍自身が我慢できなかったみたいですねぇ。

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毎日新聞 1月12日(火)11時29分配信
 慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決を確認した日韓合意に関しては、慰安婦を象徴する日本大使館前の少女像は「移転されると考えている」と述べ、韓国側の対応を見守る考えを示した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160112-00000035-mai-pol

毎日新聞は当然のように、慰安婦像“移転”が合意に明示されていないことを報じていません。そう書いても社内の自主検閲で記事には出来ないのかも知れませんが。
「韓国側の対応を見守る」といった表現はあたかもボールが韓国側にあるかのような表現ですが、実際には合意で明示されていないことを日本側か“勝手に”期待しているに過ぎません。それでもこの“合意外の勝手な期待”に反した場合は日本側は韓国側を誹謗中傷するぞ、という準備を着々と進めています。

ソウルの日本大使館前の慰安婦像は問題なのか?

そもそもソウルの日本大使館前の慰安婦像については、国内的にも国際的にも違法とは言えません。特に戦争法案が違憲だと指摘された際に違憲かどうかは最高裁が決めることだと主張していた連中には裁判所の判断が出ていない本件の違法性を指摘する資格はありませんね。
それをさておいても、慰安婦像そのものは安倍政権も認めざるを得なかった日本軍を消費者とする最大規模の性的人身売買被害者(先進国の人権感覚では性奴隷とみなされる)を記憶する記念碑であり、安倍政権はその「責任」を認めて謝罪しているわけです。それが大使館前にあったら「公館の安寧」や「威厳」が損なわれるというのは理解不能です。日本としては堂々と、性的人身売買に関与したことの責任を認め謝罪する姿勢を示せばよいだけです。実際、アメリカではそのようにしていますからそれが何故元慰安婦らの前ではできないのか、という話です。

外交関係に関するウィーン条約

第二十二条 2 接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する。

https://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/diplomat.htm

尤も日本政府がウィーン条約違反だと訴えたければ訴えればいいと思いますよ。慰安婦像自体が「公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害」にあたるのなら、12月28日の日韓合意の内容とは別個に撤去を要請できるでしょう。しかし、少なくとも日韓合意で明示的に撤去・移設が述べられていない以上、日韓合意を楯に慰安婦像の撤去・移設を日本政府が求めるのは問題の蒸し返しであり、「最終的かつ不可逆的」な解決を日本政府自ら否定することになりますね。
付け加えるなら、慰安婦像撤去・移設に応じない韓国を非難することも「今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」との合意内容に反するので止めるべきでしょうね。
韓国の国内法的にも2011年3月時点で鍾路区が設置申請に対して法的に問題ないと回答していますので、現状では合法、少なくとも違法とは言えない状況です。違法だと主張するなら裁判所の判断を待つべきでしょうね*2

韓国政府の意向

元々朴政権は慰安婦問題などに冷淡です。2011年8月の「韓国憲法裁判所決定」によって、韓国政府に慰安婦問題に関する日本との交渉が義務付けられていたため、やむなく交渉を続けていたに過ぎません。
嫌韓バカに代表される右傾化した日本社会における韓国認識では“韓国は反日で一枚岩”というファンタジーが蔓延していますが、実際には政界、財界、市民社会にそれぞれ様々な傾向が混在し、政界では反日より反共の方がよほど強いでしょうし、財界では対中貿易を主とする産業と対日貿易を主とする産業で思惑がずれていることもあるでしょう。市民社会にしても兵役を経験するため対北朝鮮の感情は複雑でしょうし、文化的交流を通じて対日感情が反日一色なんてこともありません。文化的には日本に好感を持っている市民の方が多いでしょうが、一方で歴史問題における日本側の異常な加害否定の態度には戸惑ってもいるでしょうね。
歴史問題に関して、韓国は反日一辺倒のように日本国内で報道という名の洗脳がされていますが、実態としては植民地期の対日協力や軍事政権期の政権協力で利益を挙げた現韓国の政界・財界が、植民地期の対日協力を正当化したり、軍事政権期の弾圧を否定したりする歴史修正主義に対する非難の方が強く、これが韓国の教科書問題となっているわけです。
こういった韓国国内の複雑な政治状況を一切無視して、“韓国は反日で一枚岩”というファンタジーをベースとした“韓国分析”が日本ではまかり通っています。軍事政権時代に比べれば明らかに容易に韓国国内の状況を知りえるようになったにも関わらず、韓国に対する認識が“韓国は反日で一枚岩”というファンタジーしか存在しないのは、日本側の理解能力の問題でしょう。日本国内における“韓国通”の研究者たちが、韓国の実態に真摯に向き合い日本に伝えようとする地道な努力を怠り、日本側の自尊心をくすぐる形での情報ばかりを伝えてきた、まるで漫然とモルヒネを投与し続けるかのような行為の結果でもあると思いますね。

それはさておき韓国政府の意向ですが、朴政権にとっては政治的には日米との協力関係を強化し経済的には日米中との協力関係を強化したいというのが基本です。韓国内で慰安婦問題を訴えている団体は、ベトナム戦争時の韓国軍の残虐行為や朝鮮戦争後の米軍慰安婦などに対しても追求する朴政権にとっては好ましくない連中です。朴政権の本音では慰安婦問題など無視したいわけですから、憲法裁判決に対して違背しない形での決着が出来ればそれで良く、慰安婦問題に対する市民感情もある程度満足させられればそれ以上は政府としては望んでもいないでしょう。
「日本政府は責任を痛感」「日本国の内閣総理大臣として...心からおわびと反省」「日本政府の予算で資金を一括で拠出」という言質が取れれば、韓国政府としては御の字ですし、「少女像に対し...適切に解決されるよう努力」であれば韓国政府の責務としても許容範囲で、「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されること」は憲法裁判決の手前、韓国政府としても望ましい文言だったとも言えます。
現在、韓国政府は市民団体の抗議を受けていますが、対外的には「適切に解決されるよう努力」している状況だと説明できます。韓国政府にとっては慰安婦像の去就は大した問題ではなく、日本がそれを理由として資金拠出を拒んでも大した問題ではなく、国際的にはいずれも説明可能です。
それでも韓国政府は内心としては、対日関係の面倒を避けるために慰安婦像を移設する方向で調整したいと考えているでしょうね。方法としては基本的に、移設に反対する市民団体を分断した上で移設を強行する方法、まともに協議して政府・市民団体共に合意できる移設案を模索する方法の二つのパターンがありえますが、いずれも現状では実行困難です*3。そこで第三の方法を考慮する必要があります。

日韓合意とは“全く関係の無い”理由での撤去・移設

この件です。

ソウル・日本大使館の建て替え工事中断 敷地から遺物発見

聯合ニュース 1月11日(月)19時10分配信
【ソウル聯合ニュース】建て替え工事中のソウル・鍾路日本大使館の敷地内で朝鮮王朝時代後期のものと推定される遺物が見つかった。
 韓国文化財庁は11日、日本大使館の敷地で試掘調査を行った結果、朝鮮王朝時代後期から近代のものとみられる遺構が見つかったため、詳しい発掘調査に入ると発表した。
 同庁関係者によると、遺構のほかに朝鮮王朝時代後期の陶磁器の破片なども出土した。
 興仁之門(東大門)、崇礼門(南大門)、粛靖門(北大門)、敦義門(西大門)のソウル4大門の内側の地域で建設工事を行う際は、埋蔵されている遺物がないか調べなければならない。
 日本大使館での試掘調査は昨年末に始まった。詳しい発掘調査が終わるまで建て替え工事は中断となる。
 同庁関係者は発掘調査の期間について「遺構の面積などを踏まえて決定する」と説明した。
hjc@yna.co.kr
最終更新:1月11日(月)19時10分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160111-00000031-yonh-kr&pos=4

つまり、遺構調査の名目での慰安婦像撤去ならば、韓国政府としては法的権限を行使しつつ、日韓合意とは無関係とも主張でき、日本側の要望にも適うわけです。韓国政府の慰安婦問題に対するスタンスを考慮すると、こういった策謀は十分にありえることだと思いますし、油断すべきではないでしょう。
朴政権ならば、このくらいのことはやりそうに思います。

*1:http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20160111/1452533086

*2:裁判が行われるかどうか自体不明ですが、戦争法案の違憲判断に対しては、平気で裁判所の判断を待つべきと主張した連中にはこれに反論する資格はないでしょう。

*3:移設強行は、現状の朴政権の求心力では難しいでしょうし、市民団体との協議も現状の反発とこれまでやってきた分断工作(挺対協の切断処理)を考慮するとまとまるとはちょっと思えません。