流れを改ざんするのは良くない

こういうコメントがありました。

きど 2014/05/16 18:12
いや、これ持ち出してきた人っていわゆる「美味しんぼ擁護派」の人でしょ
ほら、証拠ならあるぞって
だからこれは証拠になるような物ではないって反論されてるだけでしょ
この論文が正しい論文か間違った論文かじゃなくて、被曝によって鼻血が増えたっていう証拠にはならないんじゃねーの?って反論でしょ
管理人さんだってまさかこの論文読んで確かに放射線によって鼻血が増えたなんて結論は導かないでしょ

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20140515/1400167399#c

私は「双葉町等を対象にした疫学調査の中間報告で鼻血等が有為に増加」のkinoryuichi氏が「美味しんぼ擁護派」かどうかは知りませんが、togetterのトップに書かれているのはこういう内容ですよね。

岡山大学広島大学熊本学園大学が実施した、双葉町宮城県丸森町滋賀県木之本町を対象にした疫学調査で、双葉町丸森町木之本町に比べて、頭痛やめまい、鼻血、吐き気などの症状が有為に増加(中間報告)。なんだか、双葉町の抗議文と食い違ってないですか?
by kinoryuichi

http://togetter.com/li/667009

双葉町の抗議文と食い違ってないですか」というのが主題で、その双葉町の抗議文がこれですね。

 平成 26 年 4月 28 日に貴社発行「スピリッツ」の「美味しんぼ」の第604話において、前双葉町長の発言を引用する形で、福島県において原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いると受け取られる表現がありました 。
 双葉町は、福島第一原子力発電所の所在町であり、事故直後から全町避難を強いられておりますが、現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません。

http://www.town.fukushima-futaba.lg.jp/item/5924.htm

双葉町の抗議文は「美味しんぼ」の「原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いると受け取られる表現」を問題視しているようですが、実際には「原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実」を否定しているだけで、これはこれで話のすり替えになってます。普通、鼻血が出たからと言って病院まで行く人は少ないでしょうし、それを役場に訴えに行く人はさらに少ないでしょう。
それはともかく双葉町の抗議文は、「原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いると受け取られる表現」に対して抗議していて、「原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いる」ことを否定しているかのような論旨になっています。
そして、kinoryuichi氏の指摘は、疫学調査の結果を挙げて「双葉町の抗議文と食い違ってないですか」と言うものです。

実際、疫学調査の結果は、双葉町丸森町木之本町に比べて鼻血等の症状が有意に多かったことを示しているわけですから「双葉町の抗議文と食い違って」るという指摘は間違ってはいないと思います。

双葉町は“被曝による鼻血”が増えてないと言ったわけじゃなく、「原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢いる」ことを否定しているわけですから、「被曝によって鼻血が増えたっていう証拠にはならないんじゃねーの?」って反論自体が的外れなんですよ。
そもそも双葉町の抗議文の「現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません。」という一文は、無意味な上に余計です。伝染病でもなく、医師にかかるとも限らない症状の情報が町役場に集約されるわけでもありませんから、せいぜい、“そのような事実を把握していません”程度に留め、風評被害や差別につながらないよう配慮を求めておけば良かったと思います。

結局のところ、双葉町が脇の甘い抗議文を出し*1、それに対して疫学調査を挙げて指摘されただけに過ぎないにも拘らず、「「美味しんぼ擁護派」の人」というレッテルから、疫学調査自体を誹謗中傷したり、「被曝によって鼻血が増えたっていう証拠にはならないんじゃねーの?」と的外れの揶揄が蔓延したということです。

あまりにもバカバカしすぎますね。

*1:それ以外にも自治体が名指しで抗議したこと自体の有する表現規制に関する問題がありますが、それはここでは述べません。

一応、双葉町役場の方も弁護しておきます

例の騒動の前後関係がだいぶ明らかになったようです。

 双葉町の健康福祉課では、取材に対し、町が岡山大などに調査を依頼し、調査結果の報告も受けたことは認めた。報告を受けたのは、現職の伊澤史朗町長のときになってからだが、なぜ美味しんぼ側に抗議したのか。こうした点などを聞こうとしたが、「担当者が退職するなどしており、詳しくは当時の書類を調べないと分からない」とし、5月16日夕までに回答はなかった。
 町の秘書広報課では、「鼻血を出す人がそんなに大勢いないことは、保健所の聞き取り調査で分かっています。岡山大などからの報告を受けたわけではありませんが、町民の健康管理については今後検討していきます」と話している。

http://www.j-cast.com/2014/05/16204959.html?p=2

これ、前半部分に関しては、明らかに双葉町役場のミスだと思います。ですが、後半部分に関しては、止むを得ないところもあるかな、と考えてます。「鼻血を出す人がそんなに大勢いない」という表現から、一般の感覚で想像するのは患者の絶対数が多いという印象でしょう。しかし疫学調査でわかるのは、統計的に有意な差があるというもので絶対数は必ずしも多いとは限りません。

以前「無知と無理解による医療関係デマ」という記事を書きました。エイズ感染予防薬のニュースをネット民が誤読して、3〜4割の被験者をエイズに感染させたと騒いだ件について、指摘した記事です。この薬は有意に効果があったのですが、治療群とプラセボ群の感染率はそれぞれ、0.82%と2.96%と言ったレベルでした。
感染率3%が1%に減ったが、リスクに曝露されている当事者にとって感覚的に改善されたと実感できるかというと、まあ難しいでしょう。多くの感染があったか、と言われても絶対数として多いとは感じにくいと思います。
しかし、統計学的にはその差を拾うことができるわけです。

双葉町の件も同じようなもので、「鼻血を出す人がそんなに大勢いないことは、保健所の聞き取り調査で分かっています。」というのはそれはそれで実感としては事実なのでしょう*1。ですので、その件で双葉町役場を責めるつもりはありません。しかし、そういった実感で拾えないような差を疫学調査では拾ったということです。

で、以上を踏まえて個人的には、「統計学が最強の学問である」と多くの人に知ってほしいところと思いますね。

*1:それこそ保健所の聞き取り調査が震災前から行なわれいて経時的なデータで変動を把握しているのでもない限り