宗教国家の住人、宗教を騙る

本人自ら「妄想的考察」と認める通り、評する価値もないデタラメに過ぎませんが、つれづれに。

日本に限らず、死生観と生活を律するルールは風土が造り、それが土着の宗教・信仰的骨子に発展する。

日本の場合は、毎年20回以上襲い来る台風と水害、頻繁だがいつ起きるかわからない地震、何もかも舐め尽くす津波・噴火という抗いがたい自然災害(罰)が常にあって、罰そのものは罪の心当たりに拘わらず発生する。
このため、「自分が至らなかったことを、誰かが怒っている」という捉え方をする。
その中に「何をやっても無駄」という諦観的な受け止め方、「積み重ねたものは長くは保たない」諸行無常という刹那的な考え方、そしてそれらの天災を下すのは無念を抱えて死んだ死者であり、肉体を持った生者は死者の怒りに決して抗えない、という概念を作り出した。

先の震災などでも地震津波そのものは憎悪の対象にならず、「何らかの怒りに触れた」「それに備えなかった責任者が祟られ、無辜の民がその祟りの巻き添えになった」という受け止め方の延長線上に、電力会社叩きが存在している。
明確にそれと意識していなくても、このロジックを踏まえている「誰か叩き」と「死者への不敬とその怒り」が繋がる日本でよく見られる概念が、たぶん靖国参拝の根底にもあるんじゃないかなー、という妄想的考察です(・ω・)

http://togetter.com/li/608584

この人の脳内では、韓国や中国は天災のない豊かな国になっているようですね。しかし、史記を紐解くまでもなく、中国が古来、旱魃や洪水などの天災に襲われたことは周知の事実ですし、大地震についても唐山地震(1976)や四川地震(2008)など珍しいわけではありませんので、天災を日本特有と考えるこの人の思考回路はかなり謎です。
「先の震災などでも地震津波そのものは憎悪の対象にならず、「何らかの怒りに触れた」「それに備えなかった責任者が祟られ、無辜の民がその祟りの巻き添えになった」という受け止め方の延長線上に、電力会社叩きが存在している。」などという思考回路はどちらかと言えば、“天が為政者の政に怒っている”と考え革命へとつながる易姓革命の考え方に近いように思えますね。

中華的死生観だと「死人は死後も罪は許されないし、死人を生者が徹底的に虐げる」し。日本的死生観だと「死人に生者は逆らえないのであって、死人が怨霊とならないように畏れ慰め鎮めるのが生者が取れる選択肢」っていう感じ。
azukiglg 2013-12-28 08:11:57

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こういうのも日本バンザイ右翼が好きそうな考え方ですが、とっくに死んでいる安重根の罪を許さず「犯罪者」呼ばわりしたのは現安倍政権ですよね。過去の事例でも、とっくに死んだ吉良上野介を悪役として虐げてきましたし、さらし首として刑死した者をさらに辱める刑罰だってありました。孝の人・高山彦九郎足利尊氏の墓に鞭打ちましたし、吉田松陰は斬首後も遺体の首をつなぐことを許されませんでした*1

「死人は死後も罪は許されないし、死人を生者が徹底的に虐げる」ことを「中華的死生観」などと断ずるのは無知の産物に過ぎません。
「死人に生者は逆らえないのであって、死人が怨霊とならないように畏れ慰め鎮めるのが生者が取れる選択肢」というのが「日本的死生観」というのもバカバカしい偏った知識ですね。冥福を祈り丁重に弔うのは、死者が死後の世界で苦しまないよう、供養しないことで現世の縁者を恨まないようにという行為であって、道教でも仏教でもある話です。

中国なんか、一族郎党を殺して墓を暴いて墓を壊して「痕跡も残さない」くらい徹底的にやるもんなあ(´Д`) 返信 RT お気に入り
azukiglg 2013-12-28 08:16:16

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結城合戦では足利春王丸、安王丸といった子供まで殺されてましたけど、きっと知らないんでしょうね。それに清朝最後の皇帝やその縁者は共産中国でも市民として存命したわけですが、それも知らないんでしょうね。


「いつ死ぬかわからない」「昨日までの日常が明日以降も続く確証がない」「それらの突然人生を終わらせる要因は天災(天が仇為す自然災害)で、生者はそれに抗えない」「天災は生者の手が届かない所から下される、死人・怨霊の怒りである」というのが日本の死生観を形作ってると思う。
azukiglg 2013-12-28 08:19:49

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この人の脳内では日本人以外は「いつ死ぬか」わかってて「昨日までの日常が明日以降も続く確証」があって「突然人生を終わらせる要因は天災(天が仇為す自然災害)」ではありえず、「生者は」天災にすら抗うことができ、「天災は生者の手が届かない所から下される、死人・怨霊の怒りである」とは思っていない、ということになるでしょうか。これが事実だとすれば、日本人だけ呪われてるんじゃねーの、とか言いたくなりますが・・・。

そもそも「いつ死ぬかわからない」「昨日までの日常が明日以降も続く確証がない」などというのは日本人であろうがなかろうが同じです。そして「天災は生者の手が届かない所から下される」が、それに抗うことで文明が発展したわけです。旱魃や洪水を制する行為が天子の役目だったわけで、中国なら堯・瞬、日本なら仁徳天皇あたりでしょうか。

*1:首を斬ることが刑であり、死後でも首をつなぐ行為は刑に服さないという意志表示とされたらしいです。by 「風雲児たち幕末編19巻」風雲児たち 幕末編 19 (SPコミックス)